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47. 不審な手紙
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変な手紙が投函されているのに気がついたのは、土曜日の夜だった。
休日出勤をした母と待ち合わせて外食してから帰宅し、私がポストを開けた。
「なにこれ?」
集合ポストには、いらないチラシが入っていることがあるから、さらっと内容を確認している。
白いシンプルな封筒、宛名は滝川様のみ。裏返すと、差し出し人の名前が書かれていない。
警戒して、先にエレベーターを呼びに行っていた母に見せた。
「また来てる」
母の顔が曇る。
「また? 前にも来てたの?」
「彩綺は見ないほうがいい」
母は手紙を奪うように取って、ドアが開いたエレベーターに乗り込む。
私も追いかけて乗り込んだ。
「何が書いてあるの?」
「気分が良くなる内容じゃないのはたしかよ」
「気になる」
エレベーターが5階に到着し、出る直前に母から奪い返した。
「あ、ちょっ‥‥‥彩綺」
封は糊付けされていなくて、さっと中の紙を取り出せた。
「なに、これ‥‥‥」
「だから言ったじゃない。彩綺は見ないほうがいいって」
立ち止まった私の体を抱えるようにして、母に連れられ帰宅する。
へなへなと力が抜けて、リビングに向かう途中で座りこんでしまった。
「大丈夫じゃないのはわかるけど、とにかくリビングに来なさい」
母は先に向かい、私はなんとか立ち上がって、壁に手をつきながら歩いた。
ダイニングテーブルに腰掛けると、母が水を用意してくれていた。
私は震える手でコップをつかみ、ひとくち飲む。
「先月と今月、今日で3通目。捨てようかと思ったんだけど、一応残しておいた」
テーブルに同じような封筒が3通置かれた。
ものさしを使って書いたような、まっすぐの宛名。
中は印刷された文字だった。
「今日の分、見ておくわね」
母が3通目の中を取り出して見る。
「前の2通とほとんど同じ内容。前の見ておく?」
私は首を激しく振って拒絶する。
あんなの、見れない。見たくない。
「周防荘兼っていうのは、俊介さんの作家名よね」
確認されて、私は頷く。
「内容の真偽は、こっちにはわからない。こんな卑怯な手を使うのは、悪意以外考えられないけど、動揺させられているのは事実。お母さんも、とても驚いた。確認する方法ないかしらね。探偵に調べてもらうなんて、気が引けるし」
「俊介さんが、こんなことするわけないじゃない!」
探偵という言葉が母の口から出てきて、私は瞬間的に大きな声を上げていた。
母がびっくりしたように、私を見る。
「ありえない‥‥‥俊介さんが、こんな不誠実なことするわけない。絶対」
動揺はまだしている。でも、大声を出したことで、金縛りにかかっていたようだった心と体が動いた。
そうだよ。俊介さんは、手紙に書いてあることをする人じゃない。
病気を理由に女性を連れ込んで遊んでるだなんて。
「お母さんだって信じたい。彩綺が好きになった人だし、実際に話をして誠実な人だと思った。だからこういう行為はないとは思う。だけど、誰かの恨みを買うような出来事があったんだと思ってしまうじゃない。過去はわからないもの」
「わからないけど、彼は恨みを買うほど、人との接点は少ないんだよ。学校は通信教育だし、仕事はオンラインでできるし」
「編集さんが自宅に来ることだって、あるんじゃない? 知らないけど」
「仕事の関係者が、こんなモノを書いてるってこと? どうして私の家を知っているの?」
「お母さんだってわからないわよ。お母さんはね、あなたに傷ついて欲しくないの。泣かせるような人とは、付き合って欲しくないの」
「私は俊介さんが好きなの! 彼と一緒にいたいの! 彼が私の人生からいなくなるなんて、考えられない」
「彩綺の気持ちはわかるわよ。初めて好きになった人だもんね。でもね、どんなに好きでも、一緒にいないほうがいい相手もいるの。落ち着いて、冷静になって、観察してみなさい」
「私、舞い上がってなんかないよ。俊介さんを信じてるのは、好きだからだけじゃないの。毎日たくさん話をして、たまに会って、嘘がつける器用な人じゃないってわかったから、信じたの。こんなの嘘に決まってる」
「内容は嘘かもしれないけど、3通も、しかも直接ポストに入れてくるなんて、怖いじゃない」
「郵便じゃないの? 直接入れられてるの?」
「切手もないし、消印もない。作家の周防荘兼と付き合っているのは滝川という女性だと知っている人が、家を調べて、ポストに直接投函して警告した。真実はどうであれ、そこは事実でしょ」
本名でなく、作家名を書いているから、出版関係者がしたのかもしれないけど。
「そんな嫌がらせになんか、負けない。私は俊介さんを百パー信じてる。お母さんが私を信じてくれないなら、私、家を出ていく」
「ちょっと待ちなさい!」
自室に駆け込んだ私は、旅行カバンに数日分の着替えと、スマホの充電器を入れた。
ドアにかけていた鍵を外して開けると、廊下で母が待っていた。
「彩綺、本気で家を出るつもりなの?」
母は相当怒ってる。
だけど、私も怒ってる。
私は今まで反抗をしたことがなかった。父親の役割もしてくれていた母は絶対の存在だったから、感謝しているし、尊敬もしている。
だけど、俊介さんのことが絡むと、母が別人みたいに思える。
「那美ちゃんのとこに行ってくる」
それだけを告げて、私は母の横をすりぬけた。
悲しくて悔しくて、涙が出てくる。
どうして、母は俊介さんに厳しいんだろう。
フリーランスだから結婚は慎重にとか、誰かの恨みを買っているとか。
彼はとても誠実な人なのに、どうしてわかってくれないんだろう。
誕生日パーティの時にわかってもらえたと思ってたのに。
一人暮らしの家探しだって部下に任せたとはいえ、請け負ってくれたのに。
母がわからなくなった。
那美ちゃんに電話をかけたけど、出なかった。美容院の閉店時間になっているけど、掃除とか練習とかしてるのかな。
那美ちゃんは実家暮らしだから、今晩だけなら泊めてもらえると思うけど、数日となるといづらい。
他に泊めてくれる友人はいないし、ネカフェや漫喫は行ったことがないから怖い。
そうなると、私が頼れる人は、彼しかいない。
どうしよう。家出してきたなんて言ったら、送り返されそう。
理由を話さないわけにもいかないし。
勢いで出てきてしまったけど、行くところがない。
へこんでいると、スマホに着信。
母かと思ったけど、俊介さんだった。
『彩綺さん。こんばんは。あれ? どうかされました? 彩綺さん?』
彼の声を聞いて、私は泣いてしまった。
「今から、行っても、いいですか?」
『何かあったんですね。いいですよ。気をつけて来てください』
とても、とても優しくて温かい声が、心に染みわたる。
泣いた顔で電車に乗りたくなくて、私はタクシーを使った。
出迎えてくれた俊介さんの顔を見ると、タクシーで止まっていた涙が再び溢れてしまって、私は彼の胸に飛び込んだ。
次回⇒48. 彼の胸で泣いて
休日出勤をした母と待ち合わせて外食してから帰宅し、私がポストを開けた。
「なにこれ?」
集合ポストには、いらないチラシが入っていることがあるから、さらっと内容を確認している。
白いシンプルな封筒、宛名は滝川様のみ。裏返すと、差し出し人の名前が書かれていない。
警戒して、先にエレベーターを呼びに行っていた母に見せた。
「また来てる」
母の顔が曇る。
「また? 前にも来てたの?」
「彩綺は見ないほうがいい」
母は手紙を奪うように取って、ドアが開いたエレベーターに乗り込む。
私も追いかけて乗り込んだ。
「何が書いてあるの?」
「気分が良くなる内容じゃないのはたしかよ」
「気になる」
エレベーターが5階に到着し、出る直前に母から奪い返した。
「あ、ちょっ‥‥‥彩綺」
封は糊付けされていなくて、さっと中の紙を取り出せた。
「なに、これ‥‥‥」
「だから言ったじゃない。彩綺は見ないほうがいいって」
立ち止まった私の体を抱えるようにして、母に連れられ帰宅する。
へなへなと力が抜けて、リビングに向かう途中で座りこんでしまった。
「大丈夫じゃないのはわかるけど、とにかくリビングに来なさい」
母は先に向かい、私はなんとか立ち上がって、壁に手をつきながら歩いた。
ダイニングテーブルに腰掛けると、母が水を用意してくれていた。
私は震える手でコップをつかみ、ひとくち飲む。
「先月と今月、今日で3通目。捨てようかと思ったんだけど、一応残しておいた」
テーブルに同じような封筒が3通置かれた。
ものさしを使って書いたような、まっすぐの宛名。
中は印刷された文字だった。
「今日の分、見ておくわね」
母が3通目の中を取り出して見る。
「前の2通とほとんど同じ内容。前の見ておく?」
私は首を激しく振って拒絶する。
あんなの、見れない。見たくない。
「周防荘兼っていうのは、俊介さんの作家名よね」
確認されて、私は頷く。
「内容の真偽は、こっちにはわからない。こんな卑怯な手を使うのは、悪意以外考えられないけど、動揺させられているのは事実。お母さんも、とても驚いた。確認する方法ないかしらね。探偵に調べてもらうなんて、気が引けるし」
「俊介さんが、こんなことするわけないじゃない!」
探偵という言葉が母の口から出てきて、私は瞬間的に大きな声を上げていた。
母がびっくりしたように、私を見る。
「ありえない‥‥‥俊介さんが、こんな不誠実なことするわけない。絶対」
動揺はまだしている。でも、大声を出したことで、金縛りにかかっていたようだった心と体が動いた。
そうだよ。俊介さんは、手紙に書いてあることをする人じゃない。
病気を理由に女性を連れ込んで遊んでるだなんて。
「お母さんだって信じたい。彩綺が好きになった人だし、実際に話をして誠実な人だと思った。だからこういう行為はないとは思う。だけど、誰かの恨みを買うような出来事があったんだと思ってしまうじゃない。過去はわからないもの」
「わからないけど、彼は恨みを買うほど、人との接点は少ないんだよ。学校は通信教育だし、仕事はオンラインでできるし」
「編集さんが自宅に来ることだって、あるんじゃない? 知らないけど」
「仕事の関係者が、こんなモノを書いてるってこと? どうして私の家を知っているの?」
「お母さんだってわからないわよ。お母さんはね、あなたに傷ついて欲しくないの。泣かせるような人とは、付き合って欲しくないの」
「私は俊介さんが好きなの! 彼と一緒にいたいの! 彼が私の人生からいなくなるなんて、考えられない」
「彩綺の気持ちはわかるわよ。初めて好きになった人だもんね。でもね、どんなに好きでも、一緒にいないほうがいい相手もいるの。落ち着いて、冷静になって、観察してみなさい」
「私、舞い上がってなんかないよ。俊介さんを信じてるのは、好きだからだけじゃないの。毎日たくさん話をして、たまに会って、嘘がつける器用な人じゃないってわかったから、信じたの。こんなの嘘に決まってる」
「内容は嘘かもしれないけど、3通も、しかも直接ポストに入れてくるなんて、怖いじゃない」
「郵便じゃないの? 直接入れられてるの?」
「切手もないし、消印もない。作家の周防荘兼と付き合っているのは滝川という女性だと知っている人が、家を調べて、ポストに直接投函して警告した。真実はどうであれ、そこは事実でしょ」
本名でなく、作家名を書いているから、出版関係者がしたのかもしれないけど。
「そんな嫌がらせになんか、負けない。私は俊介さんを百パー信じてる。お母さんが私を信じてくれないなら、私、家を出ていく」
「ちょっと待ちなさい!」
自室に駆け込んだ私は、旅行カバンに数日分の着替えと、スマホの充電器を入れた。
ドアにかけていた鍵を外して開けると、廊下で母が待っていた。
「彩綺、本気で家を出るつもりなの?」
母は相当怒ってる。
だけど、私も怒ってる。
私は今まで反抗をしたことがなかった。父親の役割もしてくれていた母は絶対の存在だったから、感謝しているし、尊敬もしている。
だけど、俊介さんのことが絡むと、母が別人みたいに思える。
「那美ちゃんのとこに行ってくる」
それだけを告げて、私は母の横をすりぬけた。
悲しくて悔しくて、涙が出てくる。
どうして、母は俊介さんに厳しいんだろう。
フリーランスだから結婚は慎重にとか、誰かの恨みを買っているとか。
彼はとても誠実な人なのに、どうしてわかってくれないんだろう。
誕生日パーティの時にわかってもらえたと思ってたのに。
一人暮らしの家探しだって部下に任せたとはいえ、請け負ってくれたのに。
母がわからなくなった。
那美ちゃんに電話をかけたけど、出なかった。美容院の閉店時間になっているけど、掃除とか練習とかしてるのかな。
那美ちゃんは実家暮らしだから、今晩だけなら泊めてもらえると思うけど、数日となるといづらい。
他に泊めてくれる友人はいないし、ネカフェや漫喫は行ったことがないから怖い。
そうなると、私が頼れる人は、彼しかいない。
どうしよう。家出してきたなんて言ったら、送り返されそう。
理由を話さないわけにもいかないし。
勢いで出てきてしまったけど、行くところがない。
へこんでいると、スマホに着信。
母かと思ったけど、俊介さんだった。
『彩綺さん。こんばんは。あれ? どうかされました? 彩綺さん?』
彼の声を聞いて、私は泣いてしまった。
「今から、行っても、いいですか?」
『何かあったんですね。いいですよ。気をつけて来てください』
とても、とても優しくて温かい声が、心に染みわたる。
泣いた顔で電車に乗りたくなくて、私はタクシーを使った。
出迎えてくれた俊介さんの顔を見ると、タクシーで止まっていた涙が再び溢れてしまって、私は彼の胸に飛び込んだ。
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