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45. 8月 親への思い

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『引っ越しが決まりました』
 俊介さんからビデオ通話でそう伝えられたのは、お盆を過ぎた頃。
 紫外線対策のための窓の入れ替え工事が終わり、鍵の引き渡しも完了した。

『とはいっても、昼間の移動は僕が無理なので、引っ越し作業は父に頼みました。僕が移動するのは9月に入ってからですが』
 顔には出ていないけど、口調が少し残念そう。お預け状態になるからかな。

「どんな家ですか?」
『築30年の一軒家で、やや年数は経っていますが、リフォーム済みの上、好きにしていいというおおらかな大家さんでした』

「内覧は行かれたんですか?」
『昼間、父が見てくれて、僕は無理を言って夜に見させてもらいました』

 俊介さん、とても楽しそう。声が弾んでいる。

『彩綺さん、遊びに来てくれますよね』
「もちろんです。お菓子を作って持って行きます」

『いえいえ。家で作ってください。出来立てを食べたいです』
「お菓子作りができる電子レンジを買っていただくことになりますけど」
『買います。一緒に買いに行きましょう。夜遅くまでやってるお店を探します』

 食い気味の俊介さんが見られるなんて、珍しい。

「一緒にお買い物に行くのは、難しいのかなと思っていました」
『夜なら大丈夫です。彩綺さんには、たくさん我慢をしてもらっていますよね。夏場はぜんぜん会えませんし、昼間は冬でも一緒にでかけられませんし』

 楽しそうだったのが一転、しゅんと申し訳なさそう姿を見せた。
 近くにいるのに遠距離恋愛をしているみたい。それを不満に思ったら、俊介さんとは付き合えない。
 電話もなかったらとても寂しいけど、俊介さんは私が寂しくならないようにマメに連絡をくえる。だから、寂しくても耐えられる。

「わかった上で、俊介さんとのお付き合いを決めたんです。だから平気です」
「ありがとうございます」

「いいえ。楽しみにしています。お買い物も、一人暮らしも。お家を出るの、寂しくはないですか?」
『育ててもらった家を出る寂しい気持ちはありますが、やっと独り立ちが出来ると思うと、嬉しい気持ちが強くて。母の三回忌法要も無事にすんで、いい区切りだと思うんです』

「良さそうな物件がみつかって、良かったです。お父様、寂しがっておられないですか?」
『どうでしょうね。陽気な人なので、見せないんですよね。ラテンの血が流れてるとか言いますからね』

「ハーフとかクォーターですか?」
『純日本人です』

 楽しいお父様だったから、ラテンの血が流れていても違和感がない気がする。

『父には、とても感謝しています。血の繋がりのない子どもの父親になろうと精一杯のことを僕にしてくれました。仕事が忙しい上、母の体調も気がかりだっただろうに、運動会や親子遠足は必ず付き添ってくれて、幼稚園と小学校はPTAの会長を引き受けてくれていました』

「お母様が行けないからですか?」
『そうです。よく調整がついたなと思いますが、職場や患者さんの理解を得られたんでしょう。そのために、父がどんな努力をしていたのか僕にはわかりませんが、きっと大変だったろうと思います。明るくふるまって、決して見せませんけどね』

「笑顔の患者さんが、目に浮かぶようです」
 お父様は愚痴や弱音を家では言わない方のような気がする。心配をかけないようにと明るくふるまって、疲れを吹き飛ばしてしまいそうな方。

「私、良い事を思いつきました」
『なんですか』

「引っ越しの前に、お父様にお手紙を書くのはどうですか? 俊介さんの感謝の気持ちを綴るんです」
『手紙を? 結婚式みたいじゃないですか』
 俊介さんが苦笑して、うーんと首を捻る。

「感極まって、泣いちゃうかもしれませんね、お父様」
『それは、ちょっと。恥ずかしいです』

 却下されてしまった。良い案だと思ったのに。

『彩綺さんこそ、お母様に手紙を書くことはなかったんですか?』
「そういえば、改めて感謝を伝えたことはないですね」

『お母様もおひとりで子育て、大変だったかと思います』
「そうだと思います。母は父が大好きで、今でも大好きなんです。子供の頃からすてきだなと思っていました。そういう人に出会えたことや、一途に想い続けているのを」

「すてきですね。伝えたら、お母様喜びますよ」
「泣きますね、きっと。いつか伝えたいです。俊介さんも」

「まあ、そうですね。考えておきます」
 彼は気恥ずかしそうに微笑んだ。



   次回⇒46. 9月 初めての訪問
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