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39. 母と対面
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戻る途中で、母にメッセージを送っておいた。
知人と遊んでいた。家に着くのは日付を越える頃になるので、先に寝ていてと。
「お母さんに、叱られませんか?」
メッセージを送信して、スマホから顔を上げた私に、俊介さんが心配そうな口調で訊ねる。
「私もうじき26になるんですよ。さすがに怒らないと思います」
「遅い帰りは初めてですか?」
「そうですね。終電にも乗ったことないです」
飲み会に参加しても、私はいつも一次会で帰るので、日付を越えたことは一度もなかった。
「それは心配なさっていますね。安全運転で急ぎます」
母から返信がきた。タクシー代払ってあげるから、気をつけて帰ってきなさいと。
文面からでは、怒っているかはわからなかった。
「彩綺さんの誕生日はいつですか?」
さっき私がもうじきと言ったから、気に留めてくれていたみたい。
私も俊介さんの誕生日をゲットできるチャンス。
「5月9日です」
「お祝いさせてください。何か欲しい物はありますか?」
「欲しいものですか? んー、なんだろう」
ぱっと出てこなくて考える。一番の望みは、俊介さんと過ごす時間だけど。
「初めてですからね。何でも言ってください」
おねだりを待ってくれているように見えるから、形に残るものをお願いしようかな。
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて考えます。俊介さんはいつですか?」
「僕は9月6日です」
「憶えておきます。お家でパーティとかなさってたんですか?」
「母がはりきって、お手伝いさんとしてくれてました。中学を卒業するまで。それ以降は、さすがにやめて欲しいとお願いしました」
「お母様なら、大人になってもしたがっていたんじゃないですか?」
「そのとおりです。非常に残念がられました」
一時間ほどして自宅近辺に着き、道を伝えてマンションの前に車を止めた。
「俊介さん、今日は楽しかったです。ありがとうございました」
残念だけど、お別れの時間。気持ちは降りたくないけれど。
「僕もとても楽しかったです。でも遅くなってしまって、すみませんでした」
「スタートが遅かったんですから、気にしないでください。家まで送ってくださってありがとうございました。本当は上がっていただきたいですけど」
「それは遠慮しておきます。でも、扉の前まで送らせてください。何かあるといけませんから」
目の鼻の先だけど、お言葉に甘えて一緒に車を降りる。
手を繋いでエレベーターに乗る。家は五階。あっという間に到着してしまった。
どちらかともなく手を離し、廊下を進む。通りを見下ろすと、俊介さんの青いミニクーパーが、ちょこんと主の帰りを待っていた。
「ここです」
もう深夜なので、抑えた声量で伝える。
「これ、お母さんとどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
俊介さんは、またお土産を買ってくれていた。この人は気が利きすぎる。
ありがたく受け取って、鍵を取り出そうとしたら、鍵が開く音がして扉が開いた。
「彩綺、おかえり」
「お母さん、ただいま」
母は起きていたのか、パジャマ姿で私を出迎えてくれた。
隣に立つ俊介さんに視線を送り、びっくりしたのか目を丸くした。
「深夜に恐れ入ります。彩綺さんとお付き合いをさせていただいております、小野俊介と申します。本日は遅くまで娘さんを連れ回してしまい、申し訳ありません」
すごく丁寧に挨拶をしてくれる俊介さんに、母ははっと表情を変えた。
「彩綺の母です。こんな格好ですみません。娘がお世話になりました。送ってくださってありがとうございます」
姿勢を正して、俊介さんにぺこりと頭を下げた。
「いずれちゃんとご挨拶をさせていただきます。本日は失礼いたします。おやすみなさい」
俊介さんは母と私に、順に頭を下げてから、身をひるがえした。
「おやすみなさい」
彼の背に声をかけると、振り返って手を振って、エレベータホールに向かっていった。
廊下から彼が出てくるのを待っていると、車に乗ろうとした俊介さんが顔を上げてくた。
お互いに手を振り合う。
そして、彼は車を出した。
家に入ると、母がリビングのテーブルに座っていた。ノートパソコンが置いてあるので、仕事をしていたみたい。
「心配かけてごめんね。連絡忘れてて」
斜向かいに腰をかけた。お風呂に入りたいけど、先に俊介さんのことを伝えておかないといけない。
「パティスリーの人?」
「ううん、違うよ。松原植物園のお客さん」
「お客さん?」
母に今までの経緯を簡単に話し、二週間前から付き合い始めたと伝えた。
俊介さんの仕事と体質のことも。
「じゃあ、基本的に夜しか会えないってこと?」
「そういうことになるね」
「ハードルの高い人を好きになったわね」
「別に高くなんてないよ。少し制限があるだけだよ。とってもきっちりした人なんだから」
「それはね、さっきの挨拶だけでわかったわよ。でも小説家って、フリーランスじゃない。ちょっと心配よ」
「何が心配なの? 映画化だってされてるんだよ」
「収入が不安定だと、審査が通りにくいことがあるのよ。例えばクレジットカード、家を借りる時、ローンを組む時」
母の口調はいつもと変わらない。でも、やんわりと反対されているような気がした。
「お母さんは、反対なの?」
「ううん。そうじゃない。お付き合いはかまわない。結婚となるとっていう話」
結婚。
彼は告白をしてくれた時、いずれ家族になりたいと言ってくれた。私も同じ気持ちだと伝えた。
私とのことを真剣に考えてくれたのだと思って、嬉しかった。
でも、まだまだ先の話だともわかっている。
お互いのことを知ろうとしている最中だから。
未来がどうなるかなんてわからないし、未来を考えて、今をなしにするなんて嫌。
三年の月日を経て、好きだった人とやっとお付き合いできたのに。
なんだか水を差されたようで、少し悲しくなった。
「喜んでくれると思ってた」
「もちろん喜んでるわよ。彩綺に初めてできた彼氏なんだから。そういうお仕事っていうことは、頭に入れておきなさいってことが言いたいの。親として、子どもに苦労して欲しくないだけ」
私が黙っていると、
「初めての彼氏、おめでとう。今度、ちゃんと会わせてね」
にこりと微笑んだ。
その言葉は本心からだと思えて、私は頷いた。
次回⇒40. 私は天然の人たらし?
知人と遊んでいた。家に着くのは日付を越える頃になるので、先に寝ていてと。
「お母さんに、叱られませんか?」
メッセージを送信して、スマホから顔を上げた私に、俊介さんが心配そうな口調で訊ねる。
「私もうじき26になるんですよ。さすがに怒らないと思います」
「遅い帰りは初めてですか?」
「そうですね。終電にも乗ったことないです」
飲み会に参加しても、私はいつも一次会で帰るので、日付を越えたことは一度もなかった。
「それは心配なさっていますね。安全運転で急ぎます」
母から返信がきた。タクシー代払ってあげるから、気をつけて帰ってきなさいと。
文面からでは、怒っているかはわからなかった。
「彩綺さんの誕生日はいつですか?」
さっき私がもうじきと言ったから、気に留めてくれていたみたい。
私も俊介さんの誕生日をゲットできるチャンス。
「5月9日です」
「お祝いさせてください。何か欲しい物はありますか?」
「欲しいものですか? んー、なんだろう」
ぱっと出てこなくて考える。一番の望みは、俊介さんと過ごす時間だけど。
「初めてですからね。何でも言ってください」
おねだりを待ってくれているように見えるから、形に残るものをお願いしようかな。
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて考えます。俊介さんはいつですか?」
「僕は9月6日です」
「憶えておきます。お家でパーティとかなさってたんですか?」
「母がはりきって、お手伝いさんとしてくれてました。中学を卒業するまで。それ以降は、さすがにやめて欲しいとお願いしました」
「お母様なら、大人になってもしたがっていたんじゃないですか?」
「そのとおりです。非常に残念がられました」
一時間ほどして自宅近辺に着き、道を伝えてマンションの前に車を止めた。
「俊介さん、今日は楽しかったです。ありがとうございました」
残念だけど、お別れの時間。気持ちは降りたくないけれど。
「僕もとても楽しかったです。でも遅くなってしまって、すみませんでした」
「スタートが遅かったんですから、気にしないでください。家まで送ってくださってありがとうございました。本当は上がっていただきたいですけど」
「それは遠慮しておきます。でも、扉の前まで送らせてください。何かあるといけませんから」
目の鼻の先だけど、お言葉に甘えて一緒に車を降りる。
手を繋いでエレベーターに乗る。家は五階。あっという間に到着してしまった。
どちらかともなく手を離し、廊下を進む。通りを見下ろすと、俊介さんの青いミニクーパーが、ちょこんと主の帰りを待っていた。
「ここです」
もう深夜なので、抑えた声量で伝える。
「これ、お母さんとどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
俊介さんは、またお土産を買ってくれていた。この人は気が利きすぎる。
ありがたく受け取って、鍵を取り出そうとしたら、鍵が開く音がして扉が開いた。
「彩綺、おかえり」
「お母さん、ただいま」
母は起きていたのか、パジャマ姿で私を出迎えてくれた。
隣に立つ俊介さんに視線を送り、びっくりしたのか目を丸くした。
「深夜に恐れ入ります。彩綺さんとお付き合いをさせていただいております、小野俊介と申します。本日は遅くまで娘さんを連れ回してしまい、申し訳ありません」
すごく丁寧に挨拶をしてくれる俊介さんに、母ははっと表情を変えた。
「彩綺の母です。こんな格好ですみません。娘がお世話になりました。送ってくださってありがとうございます」
姿勢を正して、俊介さんにぺこりと頭を下げた。
「いずれちゃんとご挨拶をさせていただきます。本日は失礼いたします。おやすみなさい」
俊介さんは母と私に、順に頭を下げてから、身をひるがえした。
「おやすみなさい」
彼の背に声をかけると、振り返って手を振って、エレベータホールに向かっていった。
廊下から彼が出てくるのを待っていると、車に乗ろうとした俊介さんが顔を上げてくた。
お互いに手を振り合う。
そして、彼は車を出した。
家に入ると、母がリビングのテーブルに座っていた。ノートパソコンが置いてあるので、仕事をしていたみたい。
「心配かけてごめんね。連絡忘れてて」
斜向かいに腰をかけた。お風呂に入りたいけど、先に俊介さんのことを伝えておかないといけない。
「パティスリーの人?」
「ううん、違うよ。松原植物園のお客さん」
「お客さん?」
母に今までの経緯を簡単に話し、二週間前から付き合い始めたと伝えた。
俊介さんの仕事と体質のことも。
「じゃあ、基本的に夜しか会えないってこと?」
「そういうことになるね」
「ハードルの高い人を好きになったわね」
「別に高くなんてないよ。少し制限があるだけだよ。とってもきっちりした人なんだから」
「それはね、さっきの挨拶だけでわかったわよ。でも小説家って、フリーランスじゃない。ちょっと心配よ」
「何が心配なの? 映画化だってされてるんだよ」
「収入が不安定だと、審査が通りにくいことがあるのよ。例えばクレジットカード、家を借りる時、ローンを組む時」
母の口調はいつもと変わらない。でも、やんわりと反対されているような気がした。
「お母さんは、反対なの?」
「ううん。そうじゃない。お付き合いはかまわない。結婚となるとっていう話」
結婚。
彼は告白をしてくれた時、いずれ家族になりたいと言ってくれた。私も同じ気持ちだと伝えた。
私とのことを真剣に考えてくれたのだと思って、嬉しかった。
でも、まだまだ先の話だともわかっている。
お互いのことを知ろうとしている最中だから。
未来がどうなるかなんてわからないし、未来を考えて、今をなしにするなんて嫌。
三年の月日を経て、好きだった人とやっとお付き合いできたのに。
なんだか水を差されたようで、少し悲しくなった。
「喜んでくれると思ってた」
「もちろん喜んでるわよ。彩綺に初めてできた彼氏なんだから。そういうお仕事っていうことは、頭に入れておきなさいってことが言いたいの。親として、子どもに苦労して欲しくないだけ」
私が黙っていると、
「初めての彼氏、おめでとう。今度、ちゃんと会わせてね」
にこりと微笑んだ。
その言葉は本心からだと思えて、私は頷いた。
次回⇒40. 私は天然の人たらし?
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第7回ほっこり・じんわり大賞奨励賞を頂きました。応援ありがとうございました。
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