【完結】雨の日に会えるあなたに恋をした。 第7回ほっこりじんわり大賞奨励賞受賞

衿乃 光希

文字の大きさ
上 下
37 / 63

37. 距離の近さ

しおりを挟む
 石化をなんとか自分で溶き、俊介さんの車に乗り込む。
 果実シトラス系の爽やかな香りがして、高揚しすぎていた気持ちが少しだけ落ち着いた。

 実は私、男性が運転する車に乗るのは初めて。
 運転席に戻ってきた俊介さんは、後方を確認したあと、車を発進させた。

「この車かわいいですね。なんていう車ですか」
「ミニクーパーです。ミニミニ大作戦という映画で使われている車です」

「見たことないです」
「じゃ、いつか一緒に見ましょう」

「はい。ぜひ」
「彩綺さんは、どんな映画が好きですか?」

「感動系とか、女性が大活躍するようなお話が好きです。見終わった後、強くなれるような気がするんです」
「わかります。影響受けますよね」

「俊介さんは、どうですか?」
「僕は、仕事柄たくさん見ています。アクションやサスペンス、ホラー、コメディ、ドキュメンタリー。いろいろですね」

「たくさんのジャンルですね。ホラーは私、ダメです。ゾンビとか予告見るだけで気持ち悪くなっちゃって」
「スプラッタなものは、見る人を選びますよね。無理しない方がいいですよ。楽しいものを観ましょう」

「はい。いつか一緒に観ましょうね」
 目の前の信号が赤になったタイミングで、俊介さんがこっちに向いて、微笑んでくれた。

 毎日のようにテレビ電話をしているからか、俊介さんと話すのに以前ほど緊張はしなくなった。楽しむ余裕もあって、私、本当に彼女になったんだなあと実感する。

 俊介さんの運転は、性格どおり優しい。スピードは早過ぎないし、ブレーキも穏やか。雨ということもあってか、特に気を付けて運転をしているように思えた。

「あ、そうだ。お店でお菓子を買ってきたんです。日持ちをするものを選んだので、持って帰ってくださいね」

「本当ですか! 嬉しいですね。後で一緒に食べましょう。飲み物をいくつか買ってきているので、お好きなものを選んでください。後部座席に置いてあります。彩綺さんの荷物も置いてくださいね」

「はい、ありがとうございます」
 運転席側から振り返って、カバンとケーキの入った袋を後部座席に置かせてもらった。

 傾けないように慎重に置いて、体を戻そうとした時、俊介さんと距離が近くて、どきっとした。

 やっぱり余裕なんてなかった。

 正面よりも、隣のほうがよりドキドキするのは、どうしてなんだろう。距離が近くなるから、かな。

「どうかされましたか?」

 体を前に戻し、外を見ているフリでちらちらと視線を送っていたら、俊介さんに見抜かれていた。
 正面を向いているのに、どうして私の行動がわかるの?!

「えと、ちょっと、ドキがムネっとしちゃって‥‥‥」

「‥‥‥ええ?」
 くすっと笑った俊介さんが、笑い崩れるのは一瞬だった。

 どうして? 私なにかおもしろいこと、言ったかな?

「ちょっ、運転中に笑わせないでください。彩綺さん」
「笑わせてないですよ? どうして?」

 私は胸がドッとしちゃって、って正直に言っただけなのに。

 ん? ちょっと待って。私、なんて言った?
 口にした言葉が逆になっていたような気がして、はっとして俊介さんを見る。

「ええ、逆でしたね。や、ありますよ。あるあるですね」

 彼は笑いをこらえながら、目尻を薄く拭っていた。

 体中の毛穴が開いて汗が吹き出しそうなほど、恥ずかしかった。



   次回⇒38. 夜景デート
しおりを挟む
第7回ほっこり・じんわり大賞奨励賞を頂きました。応援ありがとうございました。                                                                          
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】人生で一番幸せになる日 ~『災い』だと虐げられた少女は、嫁ぎ先で冷血公爵様から溺愛されて強くなる~

八重
恋愛
【全32話+番外編】 「過去を、後ろを見るのはやめます。今を、そして私を大切に思ってくださっている皆さんのことを思いたい!」  伯爵家の長女シャルロッテ・ヴェーデルは、「生まれると災いをもたらす」と一族で信じられている『金色の目』を持つ少女。生まれたその日から、屋敷には入れてもらえず、父、母、妹にも虐げられて、一人ボロボロの「離れ」で暮らす。  ある日、シャルロッテに『冷血公爵』として知られるエルヴィン・アイヒベルク公爵から、なぜか婚約の申し込みがくる。家族は「災い」であるシャルロッテを追い出すのにちょうどいい口実ができたと、彼女を18歳の誕生日に嫁がせた。  しかし、『冷血公爵』とは裏腹なエルヴィンの優しく愛情深い素顔と婚約の理由を知り、シャルロッテは彼に恩返しするため努力していく。  そして、一族の中で信じられている『金色の目』の話には、実は続きがあって……。  マナーも愛も知らないシャルロッテが「夫のために役に立ちたい!」と努力を重ねて、幸せを掴むお話。 ※引き下げにより、書籍版1、2巻の内容を一部改稿して投稿しております

処理中です...