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37. 距離の近さ

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 石化をなんとか自分で溶き、俊介さんの車に乗り込む。
 果実シトラス系の爽やかな香りがして、高揚しすぎていた気持ちが少しだけ落ち着いた。

 実は私、男性が運転する車に乗るのは初めて。
 運転席に戻ってきた俊介さんは、後方を確認したあと、車を発進させた。

「この車かわいいですね。なんていう車ですか」
「ミニクーパーです。ミニミニ大作戦という映画で使われている車です」

「見たことないです」
「じゃ、いつか一緒に見ましょう」

「はい。ぜひ」
「彩綺さんは、どんな映画が好きですか?」

「感動系とか、女性が大活躍するようなお話が好きです。見終わった後、強くなれるような気がするんです」
「わかります。影響受けますよね」

「俊介さんは、どうですか?」
「僕は、仕事柄たくさん見ています。アクションやサスペンス、ホラー、コメディ、ドキュメンタリー。いろいろですね」

「たくさんのジャンルですね。ホラーは私、ダメです。ゾンビとか予告見るだけで気持ち悪くなっちゃって」
「スプラッタなものは、見る人を選びますよね。無理しない方がいいですよ。楽しいものを観ましょう」

「はい。いつか一緒に観ましょうね」
 目の前の信号が赤になったタイミングで、俊介さんがこっちに向いて、微笑んでくれた。

 毎日のようにテレビ電話をしているからか、俊介さんと話すのに以前ほど緊張はしなくなった。楽しむ余裕もあって、私、本当に彼女になったんだなあと実感する。

 俊介さんの運転は、性格どおり優しい。スピードは早過ぎないし、ブレーキも穏やか。雨ということもあってか、特に気を付けて運転をしているように思えた。

「あ、そうだ。お店でお菓子を買ってきたんです。日持ちをするものを選んだので、持って帰ってくださいね」

「本当ですか! 嬉しいですね。後で一緒に食べましょう。飲み物をいくつか買ってきているので、お好きなものを選んでください。後部座席に置いてあります。彩綺さんの荷物も置いてくださいね」

「はい、ありがとうございます」
 運転席側から振り返って、カバンとケーキの入った袋を後部座席に置かせてもらった。

 傾けないように慎重に置いて、体を戻そうとした時、俊介さんと距離が近くて、どきっとした。

 やっぱり余裕なんてなかった。

 正面よりも、隣のほうがよりドキドキするのは、どうしてなんだろう。距離が近くなるから、かな。

「どうかされましたか?」

 体を前に戻し、外を見ているフリでちらちらと視線を送っていたら、俊介さんに見抜かれていた。
 正面を向いているのに、どうして私の行動がわかるの?!

「えと、ちょっと、ドキがムネっとしちゃって‥‥‥」

「‥‥‥ええ?」
 くすっと笑った俊介さんが、笑い崩れるのは一瞬だった。

 どうして? 私なにかおもしろいこと、言ったかな?

「ちょっ、運転中に笑わせないでください。彩綺さん」
「笑わせてないですよ? どうして?」

 私は胸がドッとしちゃって、って正直に言っただけなのに。

 ん? ちょっと待って。私、なんて言った?
 口にした言葉が逆になっていたような気がして、はっとして俊介さんを見る。

「ええ、逆でしたね。や、ありますよ。あるあるですね」

 彼は笑いをこらえながら、目尻を薄く拭っていた。

 体中の毛穴が開いて汗が吹き出しそうなほど、恥ずかしかった。



   次回⇒38話 夜景デート
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