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29. 25歳 春
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勉強に、技術の習得に、と多忙な毎日を送っていた私に、本を読む時間はなくなっていた。
お菓子作りに関する本だけは読んでいたけれど、小野さんが貸してくれていたジャンルの本はぜんぜん読めていない。
もともと読書の趣味があったわけではないし、小野さんと共通の話題が欲しかったという下心もあったから、時間がないのを理由に続かなかった。
その日も、お菓子作りの本でも見ようと、時間つぶしの感覚で入った商業ビルの大型書店。
目につく場所にどんと平積みされている書籍があった。映画化されるということで、『周防壮兼』という作家の本が一か所に集められていた。
知らない作家だったけど、映画が公開中だという表紙が目に留まった。淡い青と淡いピンクが使われている、とてもきれいな表紙。青色を見ると、小野さんの青い傘を思い出して切なくなるけれど。
パソコンのモニターが置いてあって、映画の予告映像が流れている。切なそうな感じの恋愛映画だった。
久しぶりにエンタメ小説を読んでみようかな、ふと思って、その書籍を手に取った。
予告が何パターンか流れるのかなと思ってモニターを見ていると、切り替わった画面の中に、見知った顔を見た。
「え? 小野さん!?」
思わず声を上げてしまい、口を隠して周囲を窺う。幸い、視線を向けてくる人はいなかった。
動揺したまま、画面を見つめる。
小野さんがホテルのような場所で、インタビューに答えていた。原作者、周防荘兼として。
ボリュームは絞ってあるけど、テロップが出ている。でも内容が頭に入ってこなかった。
三年振りに見る小野さんに驚きつつ、私は見惚れていた。
小野さんはぜんぜん変わっていない。白い肌に血色の良い唇。長めのショートヘアに、フレームレスめがね。中世的で、ミステリアスな雰囲気。
三年前の映像なのかなと思ってしまう。
緩んでしまいそうになる口元を意識して引き締めて、本を持ってレジに向かった。
「明日、サイン会がありますが、参加されますか」
店員さんに訊かれて、サイン会があることを知り、「はい!」と喜んで返事をした。
もらった整理番号は73。明日の18:00スタートで、私の番号では、19:30までに列に並ぶように書いてあった。
やっぱり夜の開催なんだ。彼の体質を思い出した。
明日なら来れる。
連絡はしないでいきなり行こう。びっくりするかな。気づいてもらえなかったら、悲しいな。
私は浮かれて、ふわふわした心地になっていた。明日が待ち遠しかった。
次回⇒30. サイン会
お菓子作りに関する本だけは読んでいたけれど、小野さんが貸してくれていたジャンルの本はぜんぜん読めていない。
もともと読書の趣味があったわけではないし、小野さんと共通の話題が欲しかったという下心もあったから、時間がないのを理由に続かなかった。
その日も、お菓子作りの本でも見ようと、時間つぶしの感覚で入った商業ビルの大型書店。
目につく場所にどんと平積みされている書籍があった。映画化されるということで、『周防壮兼』という作家の本が一か所に集められていた。
知らない作家だったけど、映画が公開中だという表紙が目に留まった。淡い青と淡いピンクが使われている、とてもきれいな表紙。青色を見ると、小野さんの青い傘を思い出して切なくなるけれど。
パソコンのモニターが置いてあって、映画の予告映像が流れている。切なそうな感じの恋愛映画だった。
久しぶりにエンタメ小説を読んでみようかな、ふと思って、その書籍を手に取った。
予告が何パターンか流れるのかなと思ってモニターを見ていると、切り替わった画面の中に、見知った顔を見た。
「え? 小野さん!?」
思わず声を上げてしまい、口を隠して周囲を窺う。幸い、視線を向けてくる人はいなかった。
動揺したまま、画面を見つめる。
小野さんがホテルのような場所で、インタビューに答えていた。原作者、周防荘兼として。
ボリュームは絞ってあるけど、テロップが出ている。でも内容が頭に入ってこなかった。
三年振りに見る小野さんに驚きつつ、私は見惚れていた。
小野さんはぜんぜん変わっていない。白い肌に血色の良い唇。長めのショートヘアに、フレームレスめがね。中世的で、ミステリアスな雰囲気。
三年前の映像なのかなと思ってしまう。
緩んでしまいそうになる口元を意識して引き締めて、本を持ってレジに向かった。
「明日、サイン会がありますが、参加されますか」
店員さんに訊かれて、サイン会があることを知り、「はい!」と喜んで返事をした。
もらった整理番号は73。明日の18:00スタートで、私の番号では、19:30までに列に並ぶように書いてあった。
やっぱり夜の開催なんだ。彼の体質を思い出した。
明日なら来れる。
連絡はしないでいきなり行こう。びっくりするかな。気づいてもらえなかったら、悲しいな。
私は浮かれて、ふわふわした心地になっていた。明日が待ち遠しかった。
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