27 / 63
27. 小野さんからの返事
しおりを挟む
小野さんから話がしたいと連絡があったのは、初デートの一週間後。
二日後の、最後の仕事の日に会う約束をした。
その日は植物園も年内の営業が最後だったこともあり、オーナーもお店に来ていた。
お世話になったお礼を伝えると、正社員での雇用をしてあげられなくてごめんなさいね、と謝られた後、疲れたらいつでも戻っていらっしゃいねと、優しい言葉をもらった。
美鈴さんとは連絡先を交換しているから、お菓子作りについて悩みがあったらいつでも連絡頂戴ね、と温かい言葉をかけてもらった。
四ヶ月という短い間だったけど、私の未来を決めるきっかけをもらえた職場だった。それに小野さんとも出会えた。
彼の返事がどういうものであっても、すでにフラれたと思って泣いた後だから、しっかり受け止める心の準備はしてきた。
今日も冷たい雨がしとしとと降っている。
お店に迎えに来てくれた小野さんとそれぞれに傘を差して駅に向かい、線路を越えたとこにあるレトロな喫茶店に入った。新聞を広げている男性の一人客がいるだけ。
小野さんはホットコーヒーを、私は紅茶を頼み、運ばれてくるまでお互い無言だった。
今日は甘い物は頼まなかった。どんな話をされるのか、緊張で入る余裕がなかった。
「先日は、ありがとうございました」
小野さんが、ゆっくりと話し出す。
中世的で、優しい声。最後になるかもしれない声に、私は耳を傾ける。
「私の方こそ、ありがとうございました。あと、先に帰ってしまって、すみませんでした」
「いえ。気の利いた言葉のひとつもかけられず、すみません。滝川さんが勇気を出してくださったのに」
私は無言で首を振る。彼の目を直視しづらくて、少し下、血色の良い唇をなんとなく見る。
「滝川さんもご存知のように、僕は紫外線アレルギーで、ほとんど外に出られません。春から秋にかけては、夜も控えています。家中UVカットフィルムで紫外線を防止して、部屋でもUVカットの服を着ています。発症したのは中学一年生の夏、林間合宿の直前でした」
小野さんのお母さんから、中学生の頃だと聞いてはいたけど、より詳細に教えてくれるようだ。
「体育の授業のあと痒みを感じて、日焼け止めなんて塗らなかったので、日焼けしただけと思っていました。何日経っても痒みは治まらず、それどころか酷くなる一方で。毎日かきむしっていると、みみず腫れや湿疹ができて、耐えられなくなって両親に相談しました。父の仕事のお陰ですぐに判明して、薬と日焼け止めで通学していたのですが、肌が弱かったのか日焼け止めでかぶれるようになって。僕は外に出ることが怖くなってしまいました」
喉が渇いたのか、小野さんはコーヒーを口に含んだ。今日はブラックで飲んでいる。
ブラックコーヒーの時は、どんな小説を合わせるのかなと、頭の片隅で考えた。
「そのまま中学に通わないまま卒業しましたが、家庭教師を雇ってくれていたので、自宅学習で、通信制の高校に入学しました。自宅から一歩もでない世界は狭かったですが、子どもの頃から本を読んでいたので、まったく苦にならなかった。それどころか、本の世界に没頭できる環境を喜んでもいました。そのせいで、僕には友人がいません。小学校時代の友人とも、連絡を取っていません。歳だけは重ねましたが、滝川さんの方が、社会経験は豊富だと思います」
私はふるふると首を横に振る。
「そんなことは。私も、友人は少ないですよ。社会経験で言うと、お仕事をされている小野さんの方がちゃんとあると思うんですけど」
「オンラインでできる仕事ですからね。作家や編集さんとの付き合いはありますが、SNSやメールだけの付き合いです。ですので、こんな僕を好きになってくれる人は初めてで、反応の仕方がわからなかったというか。長い前置きですみません」
再びカップに口をつける。
私が緊張しているように、小野さんも緊張しているのかもしれない。
「今まで、好きになった方はいましたか?」
私が訊ねると、
「いましたけど、小学生の頃ですよ」
小野さんは笑いながら言った。
表情が少し柔らかくなってほっとする。
「僕にとって滝川さんは、家族や仕事以外で話をする唯一の方です。他人と一定以上の距離に近づくことは、僕にはないと思っていたので、あなたと話す時間が楽しかった。人と直に話す時間も大切だなと、感じていました。刺激をもらって、新作に活かせました。とても感謝しています」
小野さんが、頭を下げた。
やっぱりわかってしまった。私はフラれるんだなと。
「あなたがあのお店からいなくなるのだと知らされて、残念に思っています。でも、やりたいことがあるのなら、その道に進んだ方がいいです。応援したいと、思っています。だけど、僕は夜間しか外出ができない。あなたは夜間の学校に通う。例え付き合ったとしても、会う時間などなくなるでしょう。恋愛に気持ちを持っていかれるより、やりたい事に邁進して欲しいです。ですので、あなたの気持ちはとても嬉しいのですが、受け取れません。申し訳ありません」
彼はもう一度、頭を下げた。
次回⇒28. その後
二日後の、最後の仕事の日に会う約束をした。
その日は植物園も年内の営業が最後だったこともあり、オーナーもお店に来ていた。
お世話になったお礼を伝えると、正社員での雇用をしてあげられなくてごめんなさいね、と謝られた後、疲れたらいつでも戻っていらっしゃいねと、優しい言葉をもらった。
美鈴さんとは連絡先を交換しているから、お菓子作りについて悩みがあったらいつでも連絡頂戴ね、と温かい言葉をかけてもらった。
四ヶ月という短い間だったけど、私の未来を決めるきっかけをもらえた職場だった。それに小野さんとも出会えた。
彼の返事がどういうものであっても、すでにフラれたと思って泣いた後だから、しっかり受け止める心の準備はしてきた。
今日も冷たい雨がしとしとと降っている。
お店に迎えに来てくれた小野さんとそれぞれに傘を差して駅に向かい、線路を越えたとこにあるレトロな喫茶店に入った。新聞を広げている男性の一人客がいるだけ。
小野さんはホットコーヒーを、私は紅茶を頼み、運ばれてくるまでお互い無言だった。
今日は甘い物は頼まなかった。どんな話をされるのか、緊張で入る余裕がなかった。
「先日は、ありがとうございました」
小野さんが、ゆっくりと話し出す。
中世的で、優しい声。最後になるかもしれない声に、私は耳を傾ける。
「私の方こそ、ありがとうございました。あと、先に帰ってしまって、すみませんでした」
「いえ。気の利いた言葉のひとつもかけられず、すみません。滝川さんが勇気を出してくださったのに」
私は無言で首を振る。彼の目を直視しづらくて、少し下、血色の良い唇をなんとなく見る。
「滝川さんもご存知のように、僕は紫外線アレルギーで、ほとんど外に出られません。春から秋にかけては、夜も控えています。家中UVカットフィルムで紫外線を防止して、部屋でもUVカットの服を着ています。発症したのは中学一年生の夏、林間合宿の直前でした」
小野さんのお母さんから、中学生の頃だと聞いてはいたけど、より詳細に教えてくれるようだ。
「体育の授業のあと痒みを感じて、日焼け止めなんて塗らなかったので、日焼けしただけと思っていました。何日経っても痒みは治まらず、それどころか酷くなる一方で。毎日かきむしっていると、みみず腫れや湿疹ができて、耐えられなくなって両親に相談しました。父の仕事のお陰ですぐに判明して、薬と日焼け止めで通学していたのですが、肌が弱かったのか日焼け止めでかぶれるようになって。僕は外に出ることが怖くなってしまいました」
喉が渇いたのか、小野さんはコーヒーを口に含んだ。今日はブラックで飲んでいる。
ブラックコーヒーの時は、どんな小説を合わせるのかなと、頭の片隅で考えた。
「そのまま中学に通わないまま卒業しましたが、家庭教師を雇ってくれていたので、自宅学習で、通信制の高校に入学しました。自宅から一歩もでない世界は狭かったですが、子どもの頃から本を読んでいたので、まったく苦にならなかった。それどころか、本の世界に没頭できる環境を喜んでもいました。そのせいで、僕には友人がいません。小学校時代の友人とも、連絡を取っていません。歳だけは重ねましたが、滝川さんの方が、社会経験は豊富だと思います」
私はふるふると首を横に振る。
「そんなことは。私も、友人は少ないですよ。社会経験で言うと、お仕事をされている小野さんの方がちゃんとあると思うんですけど」
「オンラインでできる仕事ですからね。作家や編集さんとの付き合いはありますが、SNSやメールだけの付き合いです。ですので、こんな僕を好きになってくれる人は初めてで、反応の仕方がわからなかったというか。長い前置きですみません」
再びカップに口をつける。
私が緊張しているように、小野さんも緊張しているのかもしれない。
「今まで、好きになった方はいましたか?」
私が訊ねると、
「いましたけど、小学生の頃ですよ」
小野さんは笑いながら言った。
表情が少し柔らかくなってほっとする。
「僕にとって滝川さんは、家族や仕事以外で話をする唯一の方です。他人と一定以上の距離に近づくことは、僕にはないと思っていたので、あなたと話す時間が楽しかった。人と直に話す時間も大切だなと、感じていました。刺激をもらって、新作に活かせました。とても感謝しています」
小野さんが、頭を下げた。
やっぱりわかってしまった。私はフラれるんだなと。
「あなたがあのお店からいなくなるのだと知らされて、残念に思っています。でも、やりたいことがあるのなら、その道に進んだ方がいいです。応援したいと、思っています。だけど、僕は夜間しか外出ができない。あなたは夜間の学校に通う。例え付き合ったとしても、会う時間などなくなるでしょう。恋愛に気持ちを持っていかれるより、やりたい事に邁進して欲しいです。ですので、あなたの気持ちはとても嬉しいのですが、受け取れません。申し訳ありません」
彼はもう一度、頭を下げた。
次回⇒28. その後
46
第7回ほっこり・じんわり大賞奨励賞を頂きました。応援ありがとうございました。
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。

シャルパンティエ公爵家の喫茶室
藍沢真啓/庚あき
恋愛
私──クロエ・シャルパンティエが作るお菓子はこの国にはこれまでなかった美味しいものらしい。
そう思うのも当然、だって私異世界転生したんだもん!(ドヤァ)
実はその過去のせいで、結婚願望というのがない。というか、むしろ結婚せずに美味しいスイーツを、信頼してるルーク君と一緒に作っていたい!
だけど、私はシャルパンティエ公爵令嬢。いつかは家の為に結婚をしなくてはいけないそうだ。
そんな時、周囲の声もあって、屋敷の敷地内に「シャルパンティエ公爵家の喫茶室」をオープンすることに。
さてさて、このままお店は継続になるのか、望まない結婚をするのかは、私とルーク君にかかっているのです!
この話は、恋愛嫌いの公爵令嬢と、訳り執事見習いの恋物語。
なお、他サイトでも掲載しています。


結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる