【完結】雨の日に会えるあなたに恋をした。 第7回ほっこりじんわり大賞奨励賞受賞

衿乃 光希

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27. 小野さんからの返事

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 小野さんから話がしたいと連絡があったのは、初デートの一週間後。
 二日後の、最後の仕事の日に会う約束をした。

 その日は植物園も年内の営業が最後だったこともあり、オーナーもお店に来ていた。

 お世話になったお礼を伝えると、正社員での雇用をしてあげられなくてごめんなさいね、と謝られた後、疲れたらいつでも戻っていらっしゃいねと、優しい言葉をもらった。

 美鈴さんとは連絡先を交換しているから、お菓子作りについて悩みがあったらいつでも連絡頂戴ね、と温かい言葉をかけてもらった。

 四ヶ月という短い間だったけど、私の未来を決めるきっかけをもらえた職場だった。それに小野さんとも出会えた。

 彼の返事がどういうものであっても、すでにフラれたと思って泣いた後だから、しっかり受け止める心の準備はしてきた。

 今日も冷たい雨がしとしとと降っている。

 お店に迎えに来てくれた小野さんとそれぞれに傘を差して駅に向かい、線路を越えたとこにあるレトロな喫茶店に入った。新聞を広げている男性の一人客がいるだけ。

 小野さんはホットコーヒーを、私は紅茶を頼み、運ばれてくるまでお互い無言だった。
 今日は甘い物は頼まなかった。どんな話をされるのか、緊張で入る余裕がなかった。

「先日は、ありがとうございました」
 小野さんが、ゆっくりと話し出す。
 中世的で、優しい声。最後になるかもしれない声に、私は耳を傾ける。

「私の方こそ、ありがとうございました。あと、先に帰ってしまって、すみませんでした」

「いえ。気の利いた言葉のひとつもかけられず、すみません。滝川さんが勇気を出してくださったのに」

 私は無言で首を振る。彼の目を直視しづらくて、少し下、血色の良い唇をなんとなく見る。

「滝川さんもご存知のように、僕は紫外線アレルギーで、ほとんど外に出られません。春から秋にかけては、夜も控えています。家中UVカットフィルムで紫外線を防止して、部屋でもUVカットの服を着ています。発症したのは中学一年生の夏、林間合宿の直前でした」

 小野さんのお母さんから、中学生の頃だと聞いてはいたけど、より詳細に教えてくれるようだ。

「体育の授業のあと痒みを感じて、日焼け止めなんて塗らなかったので、日焼けしただけと思っていました。何日経っても痒みは治まらず、それどころか酷くなる一方で。毎日かきむしっていると、みみず腫れや湿疹ができて、耐えられなくなって両親に相談しました。父の仕事のお陰ですぐに判明して、薬と日焼け止めで通学していたのですが、肌が弱かったのか日焼け止めでかぶれるようになって。僕は外に出ることが怖くなってしまいました」

 喉が渇いたのか、小野さんはコーヒーを口に含んだ。今日はブラックで飲んでいる。
 ブラックコーヒーの時は、どんな小説を合わせるのかなと、頭の片隅で考えた。

「そのまま中学に通わないまま卒業しましたが、家庭教師を雇ってくれていたので、自宅学習で、通信制の高校に入学しました。自宅から一歩もでない世界は狭かったですが、子どもの頃から本を読んでいたので、まったく苦にならなかった。それどころか、本の世界に没頭できる環境を喜んでもいました。そのせいで、僕には友人がいません。小学校時代の友人とも、連絡を取っていません。歳だけは重ねましたが、滝川さんの方が、社会経験は豊富だと思います」

 私はふるふると首を横に振る。

「そんなことは。私も、友人は少ないですよ。社会経験で言うと、お仕事をされている小野さんの方がちゃんとあると思うんですけど」

「オンラインでできる仕事ですからね。作家や編集さんとの付き合いはありますが、SNSやメールだけの付き合いです。ですので、こんな僕を好きになってくれる人は初めてで、反応の仕方がわからなかったというか。長い前置きですみません」

 再びカップに口をつける。
 私が緊張しているように、小野さんも緊張しているのかもしれない。

「今まで、好きになった方はいましたか?」
 私が訊ねると、

「いましたけど、小学生の頃ですよ」
 小野さんは笑いながら言った。

 表情が少し柔らかくなってほっとする。

「僕にとって滝川さんは、家族や仕事以外で話をする唯一の方です。他人と一定以上の距離に近づくことは、僕にはないと思っていたので、あなたと話す時間が楽しかった。人と直に話す時間も大切だなと、感じていました。刺激をもらって、新作に活かせました。とても感謝しています」

 小野さんが、頭を下げた。

 やっぱりわかってしまった。私はフラれるんだなと。

「あなたがあのお店からいなくなるのだと知らされて、残念に思っています。でも、やりたいことがあるのなら、その道に進んだ方がいいです。応援したいと、思っています。だけど、僕は夜間しか外出ができない。あなたは夜間の学校に通う。例え付き合ったとしても、会う時間などなくなるでしょう。恋愛に気持ちを持っていかれるより、やりたい事に邁進して欲しいです。ですので、あなたの気持ちはとても嬉しいのですが、受け取れません。申し訳ありません」

 彼はもう一度、頭を下げた。


   次回⇒28. その後
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第7回ほっこり・じんわり大賞奨励賞を頂きました。応援ありがとうございました。                                                                          
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