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25. 告白

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 私たちは手を繋いで、イルミネーション輝く通りを戻り、公園を抜けて、ケーキ屋の近くに戻ってきた。
 この辺りは店舗が多くて、道は明るい。歩く人の数が増えていく。

 繋いだ手をいつ離そうか、離したくないな。このまま繋いでいたいな。
 思っていても、駅が見えてくると、すっと離れてしまった。

「すみませんでした」
「いえ‥‥‥」

 謝られてしまうのは、なんだか嫌だった。
 でも仕方がない。私たちは恋人同士じゃない。気持ちを伝えあってもいない。
 本の貸し借りをする、店員とお客よりは少しだけ近い距離にいる、でも店員とお客にすぎない。

 あ、だけど、今夜デートに付き合ってくれた。お礼という名目で、ケーキを餌にして。
 ただの店員とお客だったら、連絡の交換をしないし、デートに応じないよね。
 だったら、脈があるのかも。ほんの少しだけかもしれないけど。

「小野さん!」
 私は足を止めた。二歩先にいる小野さんの背中に声をかける。

 振り返った小野さんは、戸惑ったような表情を浮かべた。

「私、今まで誰かを好きになったことがないんです。同級生や先輩後輩、先生も芸能人でも、いいなと思った人がいないんです。だけど、恋愛に興味がないわけじゃないんです。好きな人ができたら、行きたい所がありました。映画を観たり、公園を散歩したり、夜景を見に行ったり。いつか一緒に楽しめる人ができたらいいなと、憧れていました」

 私が何を言おうとしているの察してくれたのか、小野さんは私の方を向いて姿勢を正した。

「今日は、その憧れが叶いました。ケーキを楽しんで、イルミネーションを見て。すごく楽しい時間でした。ありがとうございました。小野さんからしたら、私はただの店員かもしれません。でも、私から小野さんは、ただのお客さんではないです」

 私は熱に浮かされたように、語りかける。そんなつもりじゃなかったのに、どうしても今、伝えたくなってしまった。

「初めて見た時から、目が離せなくなりました。雨の日にしか現れないあなたに、恋をしているんです。小野さんのことを、ほとんど知りません。それなのに、とても惹かれているんです。私は、あなたが好きです」

 まっすぐに、私は自分の想いをぶつけた。
 迷惑かもしれない。こんな道端で告白する人なんて、いないよね、きっと。
 でも、溢れた想いを心に留めることができなかった。

「私、来週、植物園を辞めるんです」
 え? と告白でさえ動かなかった小野さんの表情が変わった。

「春から、製菓の専門学校に通うんです。お菓子のこと一からちゃんと勉強したいなと思って。夜間部なので働きながら通うんですが、学費のために社員で働ける、以前の職場に戻る決心をしたんです。植物園はアルバイトなので、母に負担をかけるのは、申し訳なくて。うちは父が他界していて、母ひとり子ひとりなので。そういうわけで、喫茶店で会えるのは、もうないかもしれません。だから、今日は付き合ってくださって、ありがとうございました。夢のようなすてきな時間を過ごさせてもらいました」

 下げた頭を上げると、小野さんはなにかを考えている様子だった。
 もう会えないかもしれないから、断りの返事を考えているのかもしれない。

 聞きたくないかも。
 ふと胸に過った。小野さんからの返事、聞きたくない。

「今借りている本は、読み終わったらお店に預かってもらいます。来店の時に、渡してもらえるように頼んでおきますね」

 小野さんが言葉を発する前に、私は言いたいことをすべて伝えた。
 思い残すことはもうない、かな。

「ここで失礼します。今日はありがとうございました」

 私は小野さんの横を通って、駅に向かって走った。
 私を呼び止める声は、聞こえなかった。



   次回⇒26. 大切な友だち
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