上 下
23 / 34

23. ケーキ屋デート

しおりを挟む
 未来を考えて悩んだ末に決断した私は、母に報告し、高村歯科医院にも連絡をすませた。

 それから、小野さんにメッセージを送った。

『本のお礼をしたいので、夜の営業をしているケーキ屋さんに行きませんか』と。

 美鈴さんが教えてくれたお店で、イートインもできるケーキ屋さん。朝が苦手だという美鈴さんの先輩がオーナーパティシエで、14時~21時の営業をしていた。

 夜なら小野さんが外出できるし、お店で食べられるなら、ケーキや本の感想を話せる時間が過ごせるかもと期待した。

 小野さんからの返事が届いたのは、三時間後だった。
 迷惑だったかな、メッセージを削除しようか、と悩みかけていたタイミングだった。

 どきどきしながら、震える指先で小野さんのメッセージを開く。

『返信が遅くなってすみません。お礼は気にしなくていいですが、すてきなケーキ屋さんに興味があります。ぜひ一緒に行きましょう』

「やった!」
 スマホを放り出して、クッションを強く抱きしめた。

 デートだよね。デートのOKをもらえたんだよね。
 しばらく喜びに浸ったあと、返事を送って、日時を決めた。

 デートの日を迎え、私はおしゃれをして出勤した。
 全体は落ち着いたピンク色のワンピースで、襟と袖が色。襟は大きいのがレトロでかわいい。胸の下で茶色のベルトを締めて、下はフレアスカートになっている。
 くつは茶色のショートブーツを合わせた。

 この日のために忙しい那美ちゃんに付き合ってもらって、服屋さんをはしごした。
 朝、美鈴さんからも、かわいいと言ってもらえた。

 今日の空はくもり。快晴じゃなくて良かったと、ほっとしている。
 待ち合わせの時間は18時。掃除や後片付けを終え、着替えて喫茶店の扉を開けると、小野さんがすでに待っていた。

「こんばんは」
 小野さんが白い息を吐いて、ぴょんと頭を下げた。

「こんばんは。お待たせしました」
「いえ、今来たところです」

 挨拶を交わし合う。今日は傘がない。傘を持つ姿を見慣れているせいか、青色がないのが少し寂しく思える。

 戸締り中の美鈴さんが、「忘れ物をしたから、先に行って」と言って喫茶店に戻ってしまった。

 美鈴さんが気を使ってくれたのだとわかったので、私たちは行きましょうかと足を動かした。

 目的のお店は五駅先。夕食はとらずに、ケーキ屋さんに直行する。
 小野さんとどうしようかとなった時、ケーキが目的なので、ご飯はいらない、とすぐに結論がでた。

 お店はマンションの一階部分にあった。Bonne soiree(ボンヌ ソワレ)という店名で、フランス語で『良い夜を』を意味する挨拶なんだと、小野さんが調べて教えてくれた。

 以前はコンビニでもあったのか、前面ガラス張りで、店内がよく見える。
 入ってすぐにショーケースがあって、ケーキセット3種プレートを注文して、ケーキを選んでから席に案内された。

「悩んじゃいました」

「僕もです。この時間なのに種類が豊富で。夜しか外出できない僕にはとても嬉しいことです」
 小野さんは照れたような笑みを見せた。

 おまたせいたしましたの声とともに、ケーキプレートが届く。
 私は感嘆の声を上げた。

 3種のケーキが乗るお皿に、クリスマスが溢れていた。
 緑のチョコペンでメリークリスマスと書いてあり、お皿のふちにはチョコで描かれた雪の結晶。
 チョコプレートにはソリを引くサンタの姿。

「かわいい。写真撮っていいですか? インスタに上げてもいいですか?」
 紅茶の準備をしてくれている店員さんから許可を得て、私は角度を変えた写真を何枚か撮る。

「滝川さんは、インスタグラムされてるんですね」
 話しかけられて、小野さんを置き去りにしていたことに気がついた。

「ごめんなさい。つい夢中になっちゃって」
 慌ててスマホから顔を上げる。

「いえ。ステキなプレートですから、気持ちはわかります。僕も資料用に一枚撮りましたから」
 小野さんが、画面を私に向けて、撮影した画像を見せてくれた。

「とてもかわいいですよね。こんな風に描けたらなあって憧れます。食べちゃうのがもったいないです」
 かわいくて、ついぼーっとお皿を見つめていると、

「僕はいただきますよ」
 小野さんが手を合わせていた。

「もちろん、私もいただきます」
 私も手を合わせて、フォークを取った。

 私たちは同じ商品を注文していた。ドリンクは紅茶。

 私が選んだケーキは、イチゴのタルト・雪だるまのレアチーズケーキ・キャラメルロールケーキ。
 小野さんはガトーショコラ・生クリームのロールケーキ・イチゴのミルフィーユ。

 フォークとスプーンを使って迷いなくミルフィーユをそっと倒したのを見て、(勇者だ!)と思ったのは秘密。

 私はミルフィーユ大好きだけど、外では食べない。特に小野さんとの初めてのデートで、汚い食べ方になったら恥ずかしいもん。


   次回⇒24. デート後半戦
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

その日は雨が降っていた。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:0

辺境伯のグルメ令嬢は、婚約破棄に動じない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,077pt お気に入り:136

【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:2,629

結婚二年目、夫は離婚を告げました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:33,938pt お気に入り:715

【完結】希望のあかり

現代文学 / 完結 24h.ポイント:2,932pt お気に入り:1

無敗の闘士

SF / 完結 24h.ポイント:575pt お気に入り:1

筋肉幻想 -マッスルファンタズム-

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:369pt お気に入り:3

引退した元生産職のトッププレイヤーが、また生産を始めるようです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:790

電波人形

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:198pt お気に入り:1

ゴジラが地球を侵略しにきた

SF / 連載中 24h.ポイント:702pt お気に入り:0

処理中です...