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22. 私の好きなこと

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 院長先生から電話をもらって、四日が経つ。
 私は喫茶店で働きながら、一人でどうしようか考え続けた。
 誰にも相談をしていない。母にも那美ちゃんにも。
 アルバイトか正社員かで悩む中に、小野さんのことが絡んでいるから、相談がしづらかった。

 私に恋か仕事かで悩む日が来るなんて、想像もしてなかった。
 すごくモテて、仕事もできる、ドラマの登場人物が悩むことだと思っていたのに。

 でも私の人生だから、ちゃんと考えないといけない。
 これまで、深く考えたことがなかった。

 高校受験は、私の学力で行ける自宅から近い学校を選んだ。
 高校生になり、周囲が大学受験のため塾に通いだす中、私は大学に行って何がしたいんだろうと疑問に感じて、結局就職を選んだ。

 就職は、いくつか先生が薦めてくれる中で、病院ってなんだかいいなあと思って、高村歯科医院の面接を受けに行き、採用の連絡をもらった。

 22年、流されてきたつもりはないけど、なんとなく緩く生きてきたなあと、反省した。

 改めて、私は何がしたいのかな、何ができるのかなと考えてみた。

 答えがでなくて、何が好きなのかに的を絞ってみると、お菓子作りが楽しくて好き、という答えがでた。

 お菓子作りをするようになってから、パティシエに憧れた。ケーキ屋さんは買うだけじゃなくて、見るのも楽しい場所だった。
 カラフルで、丸や四角や長方形など形もさまざまで、きれいなものからかわいいものまで、ショーケースの中は胸が躍る空間だった。

 小5の時に、子ども用のお菓子作り教室に通わせてもらった。失敗をたくさんしたし、熱い鉄板で火傷をしかけたこともあったけど、あの二年間はとても楽しい時間だった。

 中学進学時にやめたけど、母や友だちの誕生日に、ケーキやクッキーを作った。

 みんな喜んでくれて、「ケーキ屋さんになったらいいのに」とよく言われた。
 ショーケースに私が作ったケーキを並べるのを、夢見た日もあった。

 ある時、パティシエのドキュメンタリー番組を見て、私にはムリだと思ってしまった。
 早朝から働き、重い物を使うし、高温だし、立ち仕事だし。
 体力だけじゃなくて、忍耐力も必要。
 大変の度合いが、その頃の私の想像を越えていた。

 あれから10年が経ち、私は趣味でお菓子作りを続けている。
 今は喫茶店でお菓子を作らせてもらうこともある。
 お店で作ったお菓子に頬を緩ませてもらえると、とても幸せな気持ちになる。

 ここではオーナーのレシピを再現したお菓子のみだから、自分のレシピでは作れない。

 お客さんがいない時間、美鈴さんに訊ねてみた。美鈴さんの経歴と、パティシエの仕事について。

 美鈴さんは、高校卒業後、製菓専門学校に通い勉強した後、ケーキ屋さんで五年働いていた。けれど、体を崩してやむなく退職し、療養期間を経て、結婚出産。
 三年前、知り合いの紹介でこの植物園の喫茶でパティシエールとしてパート勤務を始めた。自宅では子どもや夫のために、お菓子を作っている。と教えてくれた。

 詳しくは話していないのに、私が悩んでいることを察してくれたのか、パティシエ時代のことや、友人たちの現状をいろいろ教えてくれた。

 有名パティシエに男性が多いのは、女性では体力的に厳しいことや、結婚出産をするとそれまでと同じ環境で働くのは難しく、キャリアを築く前に働き方を代えるケースが多いから、だそうだ。

 それでも、自分のお店を持って頑張っている人もいる。
 賞味期限の長い焼き菓子専門店、数を限定にしたパフェ専門店やかき氷専門店など、自分の生活スタイルに合わせた方法があることも教えてもらった。

 製菓学校は昼間だけでなくて、夜間部を設置している学校もあって、働きながらも可能だとわかった。

 大好きなお菓子作りを仕事にする。
 その可能性を改めて考えてみて、胸にぽっと温かい炎が宿ったのを感じた。

 小学生の頃憧れ、中学生で諦めた世界。

 私は運動部に入ったことはないけれど、風邪をあまり引かない体質で、大きな病気をしたこともない。そこそこ頑強な体をしていると思う。

 メンタルは強くはないかもしれない。けれど、覚えるのが大変だった歯医者の仕事を、メモをたくさん取って覚えた。大変で、泣きたい夜や夢でうなされたこともある。だけど三年やってこれた。

 意地悪だった三井さんからは逃げたけど、お菓子が相手なら、私は耐えられるかな?
 逃げてばかりも悔しいなと思う私がいる。

 22歳。まだ若いよね。だったら、頑張って食らいついてみてもいいかもしれない。

 勉強して、いろんなお菓子を作れるようになったら、小野さんにプレゼントできるといいな。誕生日とか。

 それを考えると、うふふと自然に笑みが零れた。


   次回⇒23. ケーキ屋デート
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