22 / 60
22. 私の好きなこと
しおりを挟む
院長先生から電話をもらって、四日が経つ。
私は喫茶店で働きながら、一人でどうしようか考え続けた。
誰にも相談をしていない。母にも那美ちゃんにも。
アルバイトか正社員かで悩む中に、小野さんのことが絡んでいるから、相談がしづらかった。
私に恋か仕事かで悩む日が来るなんて、想像もしてなかった。
すごくモテて、仕事もできる、ドラマの登場人物が悩むことだと思っていたのに。
でも私の人生だから、ちゃんと考えないといけない。
これまで、深く考えたことがなかった。
高校受験は、私の学力で行ける自宅から近い学校を選んだ。
高校生になり、周囲が大学受験のため塾に通いだす中、私は大学に行って何がしたいんだろうと疑問に感じて、結局就職を選んだ。
就職は、いくつか先生が薦めてくれる中で、病院ってなんだかいいなあと思って、高村歯科医院の面接を受けに行き、採用の連絡をもらった。
22年、流されてきたつもりはないけど、なんとなく緩く生きてきたなあと、反省した。
改めて、私は何がしたいのかな、何ができるのかなと考えてみた。
答えがでなくて、何が好きなのかに的を絞ってみると、お菓子作りが楽しくて好き、という答えがでた。
お菓子作りをするようになってから、パティシエに憧れた。ケーキ屋さんは買うだけじゃなくて、見るのも楽しい場所だった。
カラフルで、丸や四角や長方形など形もさまざまで、きれいなものからかわいいものまで、ショーケースの中は胸が躍る空間だった。
小5の時に、子ども用のお菓子作り教室に通わせてもらった。失敗をたくさんしたし、熱い鉄板で火傷をしかけたこともあったけど、あの二年間はとても楽しい時間だった。
中学進学時にやめたけど、母や友だちの誕生日に、ケーキやクッキーを作った。
みんな喜んでくれて、「ケーキ屋さんになったらいいのに」とよく言われた。
ショーケースに私が作ったケーキを並べるのを、夢見た日もあった。
ある時、パティシエのドキュメンタリー番組を見て、私にはムリだと思ってしまった。
早朝から働き、重い物を使うし、高温だし、立ち仕事だし。
体力だけじゃなくて、忍耐力も必要。
大変の度合いが、その頃の私の想像を越えていた。
あれから10年が経ち、私は趣味でお菓子作りを続けている。
今は喫茶店でお菓子を作らせてもらうこともある。
お店で作ったお菓子に頬を緩ませてもらえると、とても幸せな気持ちになる。
ここではオーナーのレシピを再現したお菓子のみだから、自分のレシピでは作れない。
お客さんがいない時間、美鈴さんに訊ねてみた。美鈴さんの経歴と、パティシエの仕事について。
美鈴さんは、高校卒業後、製菓専門学校に通い勉強した後、ケーキ屋さんで五年働いていた。けれど、体を崩してやむなく退職し、療養期間を経て、結婚出産。
三年前、知り合いの紹介でこの植物園の喫茶でパティシエールとしてパート勤務を始めた。自宅では子どもや夫のために、お菓子を作っている。と教えてくれた。
詳しくは話していないのに、私が悩んでいることを察してくれたのか、パティシエ時代のことや、友人たちの現状をいろいろ教えてくれた。
有名パティシエに男性が多いのは、女性では体力的に厳しいことや、結婚出産をするとそれまでと同じ環境で働くのは難しく、キャリアを築く前に働き方を代えるケースが多いから、だそうだ。
それでも、自分のお店を持って頑張っている人もいる。
賞味期限の長い焼き菓子専門店、数を限定にしたパフェ専門店やかき氷専門店など、自分の生活スタイルに合わせた方法があることも教えてもらった。
製菓学校は昼間だけでなくて、夜間部を設置している学校もあって、働きながらも可能だとわかった。
大好きなお菓子作りを仕事にする。
その可能性を改めて考えてみて、胸にぽっと温かい炎が宿ったのを感じた。
小学生の頃憧れ、中学生で諦めた世界。
私は運動部に入ったことはないけれど、風邪をあまり引かない体質で、大きな病気をしたこともない。そこそこ頑強な体をしていると思う。
メンタルは強くはないかもしれない。けれど、覚えるのが大変だった歯医者の仕事を、メモをたくさん取って覚えた。大変で、泣きたい夜や夢でうなされたこともある。だけど三年やってこれた。
意地悪だった三井さんからは逃げたけど、お菓子が相手なら、私は耐えられるかな?
逃げてばかりも悔しいなと思う私がいる。
22歳。まだ若いよね。だったら、頑張って食らいついてみてもいいかもしれない。
勉強して、いろんなお菓子を作れるようになったら、小野さんにプレゼントできるといいな。誕生日とか。
それを考えると、うふふと自然に笑みが零れた。
次回⇒23. ケーキ屋デート
私は喫茶店で働きながら、一人でどうしようか考え続けた。
誰にも相談をしていない。母にも那美ちゃんにも。
アルバイトか正社員かで悩む中に、小野さんのことが絡んでいるから、相談がしづらかった。
私に恋か仕事かで悩む日が来るなんて、想像もしてなかった。
すごくモテて、仕事もできる、ドラマの登場人物が悩むことだと思っていたのに。
でも私の人生だから、ちゃんと考えないといけない。
これまで、深く考えたことがなかった。
高校受験は、私の学力で行ける自宅から近い学校を選んだ。
高校生になり、周囲が大学受験のため塾に通いだす中、私は大学に行って何がしたいんだろうと疑問に感じて、結局就職を選んだ。
就職は、いくつか先生が薦めてくれる中で、病院ってなんだかいいなあと思って、高村歯科医院の面接を受けに行き、採用の連絡をもらった。
22年、流されてきたつもりはないけど、なんとなく緩く生きてきたなあと、反省した。
改めて、私は何がしたいのかな、何ができるのかなと考えてみた。
答えがでなくて、何が好きなのかに的を絞ってみると、お菓子作りが楽しくて好き、という答えがでた。
お菓子作りをするようになってから、パティシエに憧れた。ケーキ屋さんは買うだけじゃなくて、見るのも楽しい場所だった。
カラフルで、丸や四角や長方形など形もさまざまで、きれいなものからかわいいものまで、ショーケースの中は胸が躍る空間だった。
小5の時に、子ども用のお菓子作り教室に通わせてもらった。失敗をたくさんしたし、熱い鉄板で火傷をしかけたこともあったけど、あの二年間はとても楽しい時間だった。
中学進学時にやめたけど、母や友だちの誕生日に、ケーキやクッキーを作った。
みんな喜んでくれて、「ケーキ屋さんになったらいいのに」とよく言われた。
ショーケースに私が作ったケーキを並べるのを、夢見た日もあった。
ある時、パティシエのドキュメンタリー番組を見て、私にはムリだと思ってしまった。
早朝から働き、重い物を使うし、高温だし、立ち仕事だし。
体力だけじゃなくて、忍耐力も必要。
大変の度合いが、その頃の私の想像を越えていた。
あれから10年が経ち、私は趣味でお菓子作りを続けている。
今は喫茶店でお菓子を作らせてもらうこともある。
お店で作ったお菓子に頬を緩ませてもらえると、とても幸せな気持ちになる。
ここではオーナーのレシピを再現したお菓子のみだから、自分のレシピでは作れない。
お客さんがいない時間、美鈴さんに訊ねてみた。美鈴さんの経歴と、パティシエの仕事について。
美鈴さんは、高校卒業後、製菓専門学校に通い勉強した後、ケーキ屋さんで五年働いていた。けれど、体を崩してやむなく退職し、療養期間を経て、結婚出産。
三年前、知り合いの紹介でこの植物園の喫茶でパティシエールとしてパート勤務を始めた。自宅では子どもや夫のために、お菓子を作っている。と教えてくれた。
詳しくは話していないのに、私が悩んでいることを察してくれたのか、パティシエ時代のことや、友人たちの現状をいろいろ教えてくれた。
有名パティシエに男性が多いのは、女性では体力的に厳しいことや、結婚出産をするとそれまでと同じ環境で働くのは難しく、キャリアを築く前に働き方を代えるケースが多いから、だそうだ。
それでも、自分のお店を持って頑張っている人もいる。
賞味期限の長い焼き菓子専門店、数を限定にしたパフェ専門店やかき氷専門店など、自分の生活スタイルに合わせた方法があることも教えてもらった。
製菓学校は昼間だけでなくて、夜間部を設置している学校もあって、働きながらも可能だとわかった。
大好きなお菓子作りを仕事にする。
その可能性を改めて考えてみて、胸にぽっと温かい炎が宿ったのを感じた。
小学生の頃憧れ、中学生で諦めた世界。
私は運動部に入ったことはないけれど、風邪をあまり引かない体質で、大きな病気をしたこともない。そこそこ頑強な体をしていると思う。
メンタルは強くはないかもしれない。けれど、覚えるのが大変だった歯医者の仕事を、メモをたくさん取って覚えた。大変で、泣きたい夜や夢でうなされたこともある。だけど三年やってこれた。
意地悪だった三井さんからは逃げたけど、お菓子が相手なら、私は耐えられるかな?
逃げてばかりも悔しいなと思う私がいる。
22歳。まだ若いよね。だったら、頑張って食らいついてみてもいいかもしれない。
勉強して、いろんなお菓子を作れるようになったら、小野さんにプレゼントできるといいな。誕生日とか。
それを考えると、うふふと自然に笑みが零れた。
次回⇒23. ケーキ屋デート
39
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる