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19. 彼の人柄
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「私、そろそろ失礼します」
18時半を回ろうとしていたので、私は立ち上がった。
本をどうやって持って帰ろうかと思っていると、小野さんが紙袋を用意してくれていた。
紙袋に入れようとすると、夫人に待ってと止められる。
「雨だから、紙袋は濡れて破けてしまうじゃないの。他に良い袋はないかしら。ねえ、井上さん」
「エコバッグはいかがですか?」
探して持って来てくれた。
エコバッグに借りた本を収め、玄関に向かう。
「突然お邪魔して、すみませんでした」
見送りに来てくれた小野さんと夫人に挨拶をする。
「いいえ。またいらしてね。歓迎します」
夫人がにこやかに返してくれた。
礼を言って玄関を出て、階段を下りる。
「暗くなりましたから、ご自宅まで車でお送りにします。本も重いですから」
「え、いえ。大丈夫です。本を貸していただいた上に、車まで出してもらうなんて」
「気になさらないでください。ドライブ好きなので。あ、ご自宅がバレるのは怖いですよね。それなら最寄駅まで行きます」
「自宅バレは、頭になかったです」
「よく考えたら、見ず知らずの客の家に上がるのも怖かったですよね。母とお手伝いさんがいるので気が緩んでいました。すみません」
「あ、いえ。私こそ、厚かましくてすみませんでした」
階段下で互いに頭をぺこぺこと下げることになった。
「いつも使っている道ですし、今の時間は帰ってくる人がいますよね。植物園まで戻れれば、駅はそんなに遠くないので、ここで」
「せめて植物園まで送らせてください。迷うといけませんから」
迷うと困るなと思ったので、その言葉に甘えることにした。行きは小野さんと並んで歩くことに緊張していたから、周囲を見る余裕はなかった。だから、植物園まで戻れるか自信がない。
「それじゃあ、お願いします」
「本は僕がお持ちします」
提げていた本を奪われるように小野さんに渡し、傘を差して並んで歩く。
「立派な家で、驚きました」
「立派なのは建てた父で、僕は住まわせてもらっているだけです」
「そんな……控え目すぎませんか?」
「事実ですよ。僕の収入では、あの家の税金なんて払えませんから。いずれ出ようとは思っているんです。いつになるかはわかりませんが」
「あの……体質のこと、聞きました。紫外線のことを考えると、あのお家で過ごされるのが、安全だと思うのですが。それにお母さまが寂しいと思います」
小野さんに向ける夫人の愛情は、とても微笑ましかった。
息子を愛しているけど、親子として当たり前に思える程度で、過干渉だと思わなかった。
「母は寂しがるでしょうね。体のことを考えるとありがたい環境ではあるんですけどね」
「大変ですか? 外出できる時間や季節が制限されるのは?」
「不便ではありますが、今は24時間営業のお店がありますし、紫外線予防のできる服がたくさん作られていますから。なんとかなっています。薬も効いてくれているので」
「お父様がお医者様だと聞きました」
「僕は恵まれています。父の仕事のお陰ですぐに判明して、環境を整えてくれて、学校に通えなくても家庭教師を雇ってくれて。室内で出来る仕事にも就けました。フリーランスなので、いつまで書かせてもらえるかは、わかりませんけど」
「私、応援します。本当は本を買いたいし、家族や友達に薦めて応援したいですけど、ペンネームがわからないので、言葉だけになっちゃいますけど」
「ありがとうございます。こんな不誠実な僕に」
「不誠実だなんて思いません。顔見知りに読まれるのが恥ずかしいっていうのは、なんとなくわかります。日記みたいな感覚かなって。もちろん、小説と日記はぜんぜん違いますけど」
「不特定多数の人に向けて書いてますから、たくさんの方に読んでもらえるのは嬉しいですよ。読んでもらえないと、次が出せないですし。でも顔見知り相手だと、なんだか照れるというか。本当に、目の前で日記を読まれているのに近いですよ」
感覚が似ていた。それだけで、嬉しくなってしまう。
実家がお金持ち、というのはあまりに環境が違っていて畏れ多い。カップを持つ仕草がきれいで、ぱっと出てくるお茶請けが一流ホテルの商品で。
だけど小野さんは謙虚な方で、自身の恵まれた環境を自慢するのではなく感謝する心を持っている。
人柄も良さそう。
私は良い印象を持った。
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18時半を回ろうとしていたので、私は立ち上がった。
本をどうやって持って帰ろうかと思っていると、小野さんが紙袋を用意してくれていた。
紙袋に入れようとすると、夫人に待ってと止められる。
「雨だから、紙袋は濡れて破けてしまうじゃないの。他に良い袋はないかしら。ねえ、井上さん」
「エコバッグはいかがですか?」
探して持って来てくれた。
エコバッグに借りた本を収め、玄関に向かう。
「突然お邪魔して、すみませんでした」
見送りに来てくれた小野さんと夫人に挨拶をする。
「いいえ。またいらしてね。歓迎します」
夫人がにこやかに返してくれた。
礼を言って玄関を出て、階段を下りる。
「暗くなりましたから、ご自宅まで車でお送りにします。本も重いですから」
「え、いえ。大丈夫です。本を貸していただいた上に、車まで出してもらうなんて」
「気になさらないでください。ドライブ好きなので。あ、ご自宅がバレるのは怖いですよね。それなら最寄駅まで行きます」
「自宅バレは、頭になかったです」
「よく考えたら、見ず知らずの客の家に上がるのも怖かったですよね。母とお手伝いさんがいるので気が緩んでいました。すみません」
「あ、いえ。私こそ、厚かましくてすみませんでした」
階段下で互いに頭をぺこぺこと下げることになった。
「いつも使っている道ですし、今の時間は帰ってくる人がいますよね。植物園まで戻れれば、駅はそんなに遠くないので、ここで」
「せめて植物園まで送らせてください。迷うといけませんから」
迷うと困るなと思ったので、その言葉に甘えることにした。行きは小野さんと並んで歩くことに緊張していたから、周囲を見る余裕はなかった。だから、植物園まで戻れるか自信がない。
「それじゃあ、お願いします」
「本は僕がお持ちします」
提げていた本を奪われるように小野さんに渡し、傘を差して並んで歩く。
「立派な家で、驚きました」
「立派なのは建てた父で、僕は住まわせてもらっているだけです」
「そんな……控え目すぎませんか?」
「事実ですよ。僕の収入では、あの家の税金なんて払えませんから。いずれ出ようとは思っているんです。いつになるかはわかりませんが」
「あの……体質のこと、聞きました。紫外線のことを考えると、あのお家で過ごされるのが、安全だと思うのですが。それにお母さまが寂しいと思います」
小野さんに向ける夫人の愛情は、とても微笑ましかった。
息子を愛しているけど、親子として当たり前に思える程度で、過干渉だと思わなかった。
「母は寂しがるでしょうね。体のことを考えるとありがたい環境ではあるんですけどね」
「大変ですか? 外出できる時間や季節が制限されるのは?」
「不便ではありますが、今は24時間営業のお店がありますし、紫外線予防のできる服がたくさん作られていますから。なんとかなっています。薬も効いてくれているので」
「お父様がお医者様だと聞きました」
「僕は恵まれています。父の仕事のお陰ですぐに判明して、環境を整えてくれて、学校に通えなくても家庭教師を雇ってくれて。室内で出来る仕事にも就けました。フリーランスなので、いつまで書かせてもらえるかは、わかりませんけど」
「私、応援します。本当は本を買いたいし、家族や友達に薦めて応援したいですけど、ペンネームがわからないので、言葉だけになっちゃいますけど」
「ありがとうございます。こんな不誠実な僕に」
「不誠実だなんて思いません。顔見知りに読まれるのが恥ずかしいっていうのは、なんとなくわかります。日記みたいな感覚かなって。もちろん、小説と日記はぜんぜん違いますけど」
「不特定多数の人に向けて書いてますから、たくさんの方に読んでもらえるのは嬉しいですよ。読んでもらえないと、次が出せないですし。でも顔見知り相手だと、なんだか照れるというか。本当に、目の前で日記を読まれているのに近いですよ」
感覚が似ていた。それだけで、嬉しくなってしまう。
実家がお金持ち、というのはあまりに環境が違っていて畏れ多い。カップを持つ仕草がきれいで、ぱっと出てくるお茶請けが一流ホテルの商品で。
だけど小野さんは謙虚な方で、自身の恵まれた環境を自慢するのではなく感謝する心を持っている。
人柄も良さそう。
私は良い印象を持った。
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