【完結】雨の日に会えるあなたに恋をした。 第7回ほっこりじんわり大賞奨励賞受賞

衿乃 光希

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17. 彼の体質

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 互いに紅茶を一口飲む。
 夫人のカップのつまみ方が小野さんと同じ。優雅で品がある。親子なんだなと感じた。

 そのカップの持ち方、家で練習してみようかな。両手でカップを持つ私の姿は、夫人の目にはどう映っているんだろう。

「お店では、俊介とどんなお話をしてくださっているの?」

 零さないようにカップに集中していたら、話しかけられた。
 動揺で、紅茶が揺れる。慎重にカップをソーサーの上に置く。

「ほとんどお話をすることはないのですが、甘い物がお好きだそうで、お店でお出しするスイーツのことや、本のジャンルに合った飲み物で疑似体験なさっていると聞きました」

「本のジャンルで飲む物を代えているの? 知らなかったわ。例えば?」

 夫人は興味深そうに、顔をほころばせている。親子でも、知らないことがあるんだ。

「初めてお話をした時は、日本茶と和菓子のセットをご注文いただいて、本は時代小説と言っておられました」
「和で合わせたのね。私が日本茶を飲まないものだから、うちには日本茶の茶葉を置いていないのよ」

「紅茶がお好きなんですか」
「そうなの。コーヒーも好きよ。俊介は他にどんな組み合わせで飲んでいるの?」

「カフェオレとスフレチーズケーキをご注文の時は、サスペンス。紅茶とイチゴショートの時は、恋愛小説でした」
「恋愛とイチゴショートって、まるで乙女ね」

 夫人がうふふと微笑む。
 夫人の幸せそうな笑顔もかわいいですよ。と思いつつも、私は愛想笑いを浮かべるだけに留めた。

「よく覚えてくださっているのね。俊介を気にかけてくれているからかしら」

 恋心が見透かされてたのかと思って、ドキっとした。でも夫人の笑顔から、嫌味は感じない。
 例えば、息子を取られそうだから排除しよう、みたいな感情は見えなかった。

「ありがとうね。俊介は体質のせいで学校にもあまり通えなかったから、お友達が少ないのよ。お仕事関係でも、いないようだから」

「さっき作家さんだと知りました」

「ええ。そうなの。19歳の時に新人賞をいただいて、翌年デビューさせていただいたのよ。お家でできる仕事の才能があって、安心したの。外に働きに出ない方がいいと思っていたから」

「あの、立ち入ったことを訊いてもいいでしょうか?」

 夫人が言う、体質のせいというのが気になった。雨の日にしか来園しない理由が判明するんじゃないかなと。でもプライベートなことだから、今まで質問しづらかった。

「小野さんは、雨の日の夕方にのみ、来園されます。それと体質が、関係しているのですか」

「俊介はまだお話していなかったのね。あの子は紫外線アレルギーなの。中学生の時に急に発症して。日に当たった箇所に蕁麻疹が出て、酷いかゆみに襲われて」

 夫人が眉を寄せる。息子を心底、心配する様子が伝わってくる。

「日焼けというレベルでは、ないんですよね」

「海で日焼けをするのとは違うの。部屋にいるのに紫外線に当たればふつふつと蕁麻疹ができるの。日常ではありえないことでしょう」

「はい」

「家中の窓に紫外線カットフィルムを貼って、紫外線の発生しないライトに変えて、服にも紫外線カットが施されたものを着て。それでようやく日常生活が戻ってきたの。外出ができないのを、日常とは言わないかもしれないけれど」

「もしかしてメガネも紫外線がカットできるようになっているんですか」

「もちろんよ」

「お薬とかはないんですか」

「服用していても、私たちのような生活が送れないの。雨の日は紫外線量が減るから、気分転換と運動不足解消のために散歩をしてるけど。春から夏は、夜でも気をつけているのよ」

「そんな大変な理由があったなんて‥‥‥」

「ねえ、私も驚いたのよ。主人が医者で良かったわ」

「お父様がお医者様なんですか。それなら、心強いですね」

 さらりとこの家の主の職業が明かされた。だからこの豪邸、と納得する。

「そんな体質の子どもが医者の家に来てくれて、これは運命ね、なんて主人話してたわね。あ、ねえ、俊介のアルバム見ない? 井上さん、アルバム持ってきてくれない?」

 小野さんの子どもの頃! 見たい! 見たいけど、本人の許可なく見ていいのかな。
 私の中で悪魔と天使がせめぎ合う。

 夫人を止めた方がいいのか、流れに身を任せていいのか。悩んでいると、
「母さん、それはやめてよ」
 小野さんが苦笑いで部屋に入ってきた。




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