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15. 並んで歩く雨の道
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美鈴さんに挨拶をしてお店を出、小野様と並んで歩く。
一緒に並んで歩く現実があるなんて。
夢見てはいても、実際にあるとは思ってなかった。
お互いに傘を差しているので、隣といっても、拳三つ分ぐらいは離れているけれど。
私の心臓はばくばくしていた。
お店で話す時は私が見下ろしているのでわからなかったけど、小野さんは高身長だった。
見上げる先に、ほっそりとした顎先がある。
「どんなジャンルが好きですか」
話しかけてくれるぅ。
浮足立ちそうになる心を抑えて答える。
「えっと、ジャンルとかは、あまりわからなくて‥‥‥。映画とかドラマの本を読んでみた程度なんです」
小野様は呆れるんじゃないかと、少し怖くて恐縮してしまう。
「ノベライズや原作ですね。世の中にはたくさん本がありますからね。メディアきっかけでもいいと思いますよ。何かの賞を受賞された作品や、気に入った作家さんから読み始めて、幅を広げていくのも、いいと思います」
否定されたりミーハーだと嗤われたり、バカにされるかと思ったけれど、まったくなかった。
優しい人だと、思ってもいいんじゃないのかな。
「小野様は、どんなジャンルが好きなんですか」
「様はいりませんよ。僕はいろいろ読みます。物語が好きだから以外に、勉強のためでもあるので」
「勉強ですか? 何かの研究者さんとかですか?」
「いえ。物書きなんです」
「え? 物書きということは?」
「小説を書いています」
「作家さんだったんですか。すごい」
「すごくはないです。専業で食べていくのは大変なので、28歳にもなっていまだに実家住まいで」
小野さんは、はははと笑う。謙虚さからくる笑いなのか、自虐なのか、判断がつかない。
どっちにしても、私が笑うのは失礼だろう。
「28歳なんですね。もう少し上かと思っていました」
私は話題を変えた。
お仕事が作家だとわかっただけで、今は充分だった。
掘り下げられるほどの知識が私にないから、話を広げられない。
こんなことなら、もっと本を読めばよかった。
好きな作家の話とか、あの本はよかったなんて、共通の話題で盛り上がれたかもしれないのに。
「老けてみられるんですよね、僕」
「落ち着いてるからだと思います」
「滝川さんも落ち着いて見えますが、大学生ですか?」
「いえ。これでも社会人四年目なんですよ。22歳です。落ち着いて見えますか?」
内心は慌てているのに、バレてないってことは、心臓のばくばくも隠せてるってことかな。
恥ずかしいところは見られたくないけど、私の気持ちが伝わらないのは、少しだけ寂しいかも。
「ゆっくりとお茶を淹れてくださるので、温かい心地になります。あのカフェは、まるで自宅のように落ち着けるので、お気に入りなんです。居心地の良い空間を、ありがとうございます」
「あ‥‥‥いえ」
だから通ってるんだ。家が近いのに、わざわざお金を出してお茶にくる理由がわかった。
でも、それが雨の日限定というのは、どうしてなんだろう。
決まった日にちや曜日でなくて、足元の悪い雨の日に。
雨に濡れた植物が好きなのかな。情緒があっていいなと思うけど。
出掛けるとなったら、雨は面倒だなと思う。濡れるし、傘が荷物になるし。室内や雨が止んだ後、傘が当たりそうで怖いなと思ったこともある。
「着きました。ここです」
雨の日限定の理由を訊ねてみようかなと思ったタイミングで、小野さんの自宅に到着した。
「!‥‥‥ステキなお家ですね」
でかっ! と大声を上げなかった自分を褒めてあげたい。
顔を上げると、それはそれは立派な邸宅が、目の前にそびえていた。
ベージュと白のレンガっぽい塀で囲われ、玄関とシャッターの降りた広い駐車場がある。見上げた先に建物が見えるけど、塀が高いので、全貌がわからない。
敷地は、うちのマンションよりたぶん広い。
彼と歩くことと、話をすることに夢中になっていて、周辺に目をやってなかったから忘れていた。さすが高級住宅街。
「どうぞ」
「いいいいいえいえ。私はここで待たせてもらいますです」
さっき落ち着いて見えると褒められたけど、今の私は動揺を隠せなかった。どもってるし、口調もおかしいのはわかっているけど、想像以上の事態に落ち着いていられない。
一瞬不思議そうな顔をした小野さんは、扉を開けた。その先はコンクリートの階段。雨が入らないように透明の屋根が設置されている。
「どうぞ。濡れてしまうので、上がってください」
気後れしながらも、好奇心が勝った私は、その扉に向けて一歩踏み出した。
次回⇒16. 小野家
一緒に並んで歩く現実があるなんて。
夢見てはいても、実際にあるとは思ってなかった。
お互いに傘を差しているので、隣といっても、拳三つ分ぐらいは離れているけれど。
私の心臓はばくばくしていた。
お店で話す時は私が見下ろしているのでわからなかったけど、小野さんは高身長だった。
見上げる先に、ほっそりとした顎先がある。
「どんなジャンルが好きですか」
話しかけてくれるぅ。
浮足立ちそうになる心を抑えて答える。
「えっと、ジャンルとかは、あまりわからなくて‥‥‥。映画とかドラマの本を読んでみた程度なんです」
小野様は呆れるんじゃないかと、少し怖くて恐縮してしまう。
「ノベライズや原作ですね。世の中にはたくさん本がありますからね。メディアきっかけでもいいと思いますよ。何かの賞を受賞された作品や、気に入った作家さんから読み始めて、幅を広げていくのも、いいと思います」
否定されたりミーハーだと嗤われたり、バカにされるかと思ったけれど、まったくなかった。
優しい人だと、思ってもいいんじゃないのかな。
「小野様は、どんなジャンルが好きなんですか」
「様はいりませんよ。僕はいろいろ読みます。物語が好きだから以外に、勉強のためでもあるので」
「勉強ですか? 何かの研究者さんとかですか?」
「いえ。物書きなんです」
「え? 物書きということは?」
「小説を書いています」
「作家さんだったんですか。すごい」
「すごくはないです。専業で食べていくのは大変なので、28歳にもなっていまだに実家住まいで」
小野さんは、はははと笑う。謙虚さからくる笑いなのか、自虐なのか、判断がつかない。
どっちにしても、私が笑うのは失礼だろう。
「28歳なんですね。もう少し上かと思っていました」
私は話題を変えた。
お仕事が作家だとわかっただけで、今は充分だった。
掘り下げられるほどの知識が私にないから、話を広げられない。
こんなことなら、もっと本を読めばよかった。
好きな作家の話とか、あの本はよかったなんて、共通の話題で盛り上がれたかもしれないのに。
「老けてみられるんですよね、僕」
「落ち着いてるからだと思います」
「滝川さんも落ち着いて見えますが、大学生ですか?」
「いえ。これでも社会人四年目なんですよ。22歳です。落ち着いて見えますか?」
内心は慌てているのに、バレてないってことは、心臓のばくばくも隠せてるってことかな。
恥ずかしいところは見られたくないけど、私の気持ちが伝わらないのは、少しだけ寂しいかも。
「ゆっくりとお茶を淹れてくださるので、温かい心地になります。あのカフェは、まるで自宅のように落ち着けるので、お気に入りなんです。居心地の良い空間を、ありがとうございます」
「あ‥‥‥いえ」
だから通ってるんだ。家が近いのに、わざわざお金を出してお茶にくる理由がわかった。
でも、それが雨の日限定というのは、どうしてなんだろう。
決まった日にちや曜日でなくて、足元の悪い雨の日に。
雨に濡れた植物が好きなのかな。情緒があっていいなと思うけど。
出掛けるとなったら、雨は面倒だなと思う。濡れるし、傘が荷物になるし。室内や雨が止んだ後、傘が当たりそうで怖いなと思ったこともある。
「着きました。ここです」
雨の日限定の理由を訊ねてみようかなと思ったタイミングで、小野さんの自宅に到着した。
「!‥‥‥ステキなお家ですね」
でかっ! と大声を上げなかった自分を褒めてあげたい。
顔を上げると、それはそれは立派な邸宅が、目の前にそびえていた。
ベージュと白のレンガっぽい塀で囲われ、玄関とシャッターの降りた広い駐車場がある。見上げた先に建物が見えるけど、塀が高いので、全貌がわからない。
敷地は、うちのマンションよりたぶん広い。
彼と歩くことと、話をすることに夢中になっていて、周辺に目をやってなかったから忘れていた。さすが高級住宅街。
「どうぞ」
「いいいいいえいえ。私はここで待たせてもらいますです」
さっき落ち着いて見えると褒められたけど、今の私は動揺を隠せなかった。どもってるし、口調もおかしいのはわかっているけど、想像以上の事態に落ち着いていられない。
一瞬不思議そうな顔をした小野さんは、扉を開けた。その先はコンクリートの階段。雨が入らないように透明の屋根が設置されている。
「どうぞ。濡れてしまうので、上がってください」
気後れしながらも、好奇心が勝った私は、その扉に向けて一歩踏み出した。
次回⇒16. 小野家
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第7回ほっこり・じんわり大賞奨励賞を頂きました。応援ありがとうございました。
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