上 下
8 / 60

8. 初恋の足音

しおりを挟む
「それは、恋だね。恋」
 レモンチューハイのグラスをテーブルにどしんと置いて、確信のある口調で、那美ちゃんが言う。

「やっぱりそうなのかなあ? まだ数回しかお店に来てないのに」
 私は汗の流れる青りんごチューハイのグラスを、意味なくお手拭きで拭う。

「一目惚れだね」
「一目惚れ、かあ」

 恋愛経験のある那美ちゃんが言うんだからと、私はすんなり受け入れた。

 美鈴さんが『雨の君』と呼ぶあの男性がお店に来て一カ月ほどが経った。来店があったのは初めて私が会った日を入れて3回。すべて雨の日。

 青い傘を見かけるとはっとしてしまうほど、意識してしまっている。
 窓から見えないかなと、つい姿を追ってしまうし、庭から喫茶店のドア開くと、どきどきしてしまう。

 まさか私が恋なんて。
 違うと思っていたけれど、やっぱり恋に落ちているみたい。

「気がつけば姿を追ってるのは、気になってる証拠。あたしがあの男子良いと思わない? って言ったのと同じだよ」
「そっか。同じなんだ」

 那美ちゃんとの付き合いは、小学校三年生からと、とても長い。その頃から恋多き女子だった。
 小学校六年生の時から彼氏がいたし、一途というよりは、いろんな人と付き合っていた。時期は被ってなかったと思うけど。

 私は自分の体の反応に戸惑い、休みが合った今日、那美ちゃんに相談に乗ってもらった。
 那美ちゃんは四年目の美容師。技術の練習で忙しくしているのに、夜、時間を空けてくれた。
 個室のある居酒屋で、二人でご飯を食べている。
 テーブルにはシーザーサラダ、チヂミ、たこの唐揚げ、だし巻き卵が並んでいる。

「失礼しまーす。冷やしトマトおまたせでーす」
 居酒屋の男性スタッフが顔を出し、注文の品をテーブルに置いていった。

「いまのお兄さん、けっこうイケメンだけど、何も思わない?」
「え? うん。何も」

 那美ちゃんに言われて、私は男性スタッフを目で追う。
 お兄さんは、爽やかな笑顔で女性客と話している。でも、私は何も思わない。イケメンなのかどうかも、よくわからない。

「わかりやすい爽やかイケメンで、モテるだろうねえ。声かけてこよっかな」
「那美ちゃんは気が多すぎ」

「いい人がいたら縁繋いでおきたいじゃん」
 那美ちゃんには、たしか彼氏がいたはずだけど。

「あの人とは別れたの?」
「うん。別れた。男友達、全部切れって言ってくるからさあ、じゃお前を切ってやんよって」

 明るくけらけらと笑う。
 私はため息をつく。

「那美ちゃんが好きだからだよ」
「束縛男は嫌なんだよね」

 那美ちゃんは男女関わらず付き合う人が多いから、なかには嫉妬をする人もいるんだろう。
 つくづく同性で良かったと思う。同性なら頼もしい相談相手だから。

「それで、その人とどうなりたいの? 付き合いたい?」
 那美ちゃんはトマトをぱくっと口に入れる。

「まだ、よくわかんなくて」
 私はだし巻き卵をぱくり。わ、美味しい。ふんわり柔らかいのに、卵と出汁の味はしっかりしている。

「お店にこなくなったら、もう会えなくなるかもしれないじゃん。それ、嫌じゃない?」
 出勤日は天気予報と空をチェックする癖がついた。雨以外だと、落胆してしまう。

「そうだね。雨の日が待ち遠しくって」
「雨が待ち遠しいって‥‥‥乙女だね」

 一瞬口を閉じた那美ちゃんは、にやりと右側の口角を上げた。

「からかわないで」
 むううと私が唇を尖らせると、那美ちゃんがまたけらけらと笑う。

「かわいいって言ってんの。それって会いたいってことでしょ。お店以外の繋がりがあれば、安心じゃない?」
「そうだけど‥‥‥お客さんに連絡先教えたり、聞いたりって、ハードル高いよ」

「まあ、さいちゃんには難しいだろうなあ」
「私にも恋ができるってわかっただけで、今は十分かなあ」
 青りんごチューハイをこくり。

「あたしは自分で縁を繋ぎに行くタイプだけど、彩ちゃんは、縁を待つタイプなんだろうね」
 縁を待つタイプと言われて、納得した。

「そうだと思う。今のアルバイトもお母さんからの縁だし」

 チヂミをレモンチューハイでごくりと流し込んだ那美ちゃんに、

「何かきっかけがあったら、話しかけてみなよ。連絡先の交換は先でも、その人に彩綺っていう人間を認識してもらわないと、縁も繋がりようがないし」
 と背中を押された。

「そうだね。美鈴さんがお休みで、他にお客さんがいない時とかに、勇気出してみようかなあ」

「そうしなよ。どんな本読んでるんですかとか、好きな植物はあるんですかとか」

「やってみる」

 那美ちゃんにアドバイスをもらって、頑張ってみようかなという気になった。


   次回⇒9. 10月 きれいな瞳
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...