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7. 10月 雨の日
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私が松原植物園で働いて一か月ほどが経った雨の日、そのお客さんはやってきた。
時刻は16時過ぎ。
淡い青色の傘を差してやってきたのは、30代前後のフレームレスめがねの男性だった。
「大人一人です」
「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」
チケットを手渡すと、男性は軽く頭を下げた。
目元にかかるほどの長めのショートヘアで、毛先にパーマをかけているのか、毛先のハネに遊び心が感じられる。
肌が私より白くて、きらきらと輝き、透き通っているように見えた。
唇の血色がとても良く、メイクをしているのかと思った。
喫茶の隣の植物園に向かう背中が、壁にさえぎられて見えなくなる。
「あ、雨の日にだけ現れる、アンニュイな人」
窓から彼の姿を見つけた美鈴さんが言った。
お客さんは傘を差して、雨に濡れる花や葉を、優しい表情で見ている。
「アンニュイな人、ですか」
「なんかミステリアスじゃない? 物憂げで気だるそうで。雨の降る日にだけ来るっていうのが、余計にアンニュイなのよ」
「雨の日だけなんですか。どうしてなんでしょうね」
「さあ、それは知らないけどね。前のスタッフ間で『雨の君』って呼ばれてたみたいよ」
男性の姿が窓から見えなくなると、美鈴さんはキッチンに戻った。
20分ほどが経って、喫茶の裏手にある植物園とを繋ぐドアが開いた。
入ってきたさっきのお客さんが、一番奥の着に座る。
注文を取りに行く美鈴さんに、ホットコーヒーを注文する。
美鈴さんがコーヒーを作っている間、私はさりげなく男性を観察した。
雨に濡れたのか、めがねを外してハンカチで顔を少し押さえてから、めがねを丁寧に拭いた。
それから前髪をかきあげて、めがねをかけた。
とくん
私の胸が、小さく波打つ。
あれ? なんだろ。
初めての感覚だった。
自分の胸にそっと手を当てる。
痛みはない。でも、違和感はある。
少しだけ息苦しい感じがして、私は息をたくさん吸い込んだ。
深呼吸。
治まった、かな。
「お待たせいたしました」
美鈴さんの声につられて顔を上げた。
彼が視界に入ると、また波打つ感覚が始まる。
男性はコーヒーを飲みながら、本を読み始め――。
そのお客さんが17時30分の閉店時間の少し前に店を出るまで、呼吸がしづらいままだった。
次回⇒8. 初恋の足音
時刻は16時過ぎ。
淡い青色の傘を差してやってきたのは、30代前後のフレームレスめがねの男性だった。
「大人一人です」
「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」
チケットを手渡すと、男性は軽く頭を下げた。
目元にかかるほどの長めのショートヘアで、毛先にパーマをかけているのか、毛先のハネに遊び心が感じられる。
肌が私より白くて、きらきらと輝き、透き通っているように見えた。
唇の血色がとても良く、メイクをしているのかと思った。
喫茶の隣の植物園に向かう背中が、壁にさえぎられて見えなくなる。
「あ、雨の日にだけ現れる、アンニュイな人」
窓から彼の姿を見つけた美鈴さんが言った。
お客さんは傘を差して、雨に濡れる花や葉を、優しい表情で見ている。
「アンニュイな人、ですか」
「なんかミステリアスじゃない? 物憂げで気だるそうで。雨の降る日にだけ来るっていうのが、余計にアンニュイなのよ」
「雨の日だけなんですか。どうしてなんでしょうね」
「さあ、それは知らないけどね。前のスタッフ間で『雨の君』って呼ばれてたみたいよ」
男性の姿が窓から見えなくなると、美鈴さんはキッチンに戻った。
20分ほどが経って、喫茶の裏手にある植物園とを繋ぐドアが開いた。
入ってきたさっきのお客さんが、一番奥の着に座る。
注文を取りに行く美鈴さんに、ホットコーヒーを注文する。
美鈴さんがコーヒーを作っている間、私はさりげなく男性を観察した。
雨に濡れたのか、めがねを外してハンカチで顔を少し押さえてから、めがねを丁寧に拭いた。
それから前髪をかきあげて、めがねをかけた。
とくん
私の胸が、小さく波打つ。
あれ? なんだろ。
初めての感覚だった。
自分の胸にそっと手を当てる。
痛みはない。でも、違和感はある。
少しだけ息苦しい感じがして、私は息をたくさん吸い込んだ。
深呼吸。
治まった、かな。
「お待たせいたしました」
美鈴さんの声につられて顔を上げた。
彼が視界に入ると、また波打つ感覚が始まる。
男性はコーヒーを飲みながら、本を読み始め――。
そのお客さんが17時30分の閉店時間の少し前に店を出るまで、呼吸がしづらいままだった。
次回⇒8. 初恋の足音
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