5 / 60
5. アルバイトのすすめ
しおりを挟む
「うちの会社の会長の奥さんが趣味で、私設植物園をしてるんだって。そこに小さな喫茶店があって、スタッフを探してるって聞いたの」
私は渡された書類に目を落とす。
松原植物園の受付と喫茶スタッフ募集、勤務条件が書いてある。
アルバイトだから、正社員だった歯科に比べると、時給は低い。
「あまり人はこないから、忙しくはないって聞いた。穏やかな性格で、調理のできる人がいいんだって。彩綺なら気が長いし、料理もお菓子も作れる。問題ないでしょう」
「できるっていっても、お金をもらえる腕じゃないよ」
「パティシエはいるから、教えてもらえるでしょう。もし、そこで働いているうちに、本格的に料理とかお菓子作りを勉強したいって思ったら、お金出してあげるよ。彩綺は大学行かなかったから、貯金あるし」
今まで調理師やパティシエになろうとは思ったことがなかった。
趣味で満足していたし、厳しいプロの世界に踏み込む勇気はなかったから。
でも逃げているだけなのかも、という思いが過った。
喫茶店に勤めたからといって、考えが変わるかはわからないけれど、社会復帰への一歩になるかもしれない。
「もしくは、結婚する? お見合いとかしてもいいよ?」
考え込んでいる私に、母がとんでもないことを言った。
「結婚!? お見合い!? 」
びっくりして大声を上げると、母がけらけらと笑った。
「あたしたちの頃は、25歳が結婚適齢期なんて言われてたんだよ。まだまだなんて思ってたら、あっという間にきちゃうよ」
「でも、まだそんな気になれないよ」
「それは相手がいないからじゃない? 好きな人ができたら、一緒にいたいって思うもんよ」
母の言うとおり。22年の人生で、彼氏どころか、好きになった人もいない。
「お母さんも、そうだったの?」
「そうだよ。お父さんと30で出会って。この人しかいないと思って、あたしからガンガンいったんだよ。あんなにあっさりいなくなるとは思ってなかったけど」
後半、寂しそうに呟いて、棚の上のお仏壇に目をやった。
写真の中の父は、私たちに向かって照れたように微笑んでいる
父は写真があまり好きじゃなかったらしい。
私を連れて公園に行った時に、母がなんとか撮った写真だそうだ。
1年後、この写真は遺影になった。
仕事でミスをして落ち込む母を、なぐさめ寄り添った父。
最愛の夫を亡くして落ち込む母を助けたのは、仕事だった。
そしてバリキャリ主婦真弓ができあがった。
私は母に感謝している。心配をかけたくない。
「わかった。面接行ってみる」
後日、面接を受けた私は、採用の連絡をもらった。
次回⇒6. 松原植物園
私は渡された書類に目を落とす。
松原植物園の受付と喫茶スタッフ募集、勤務条件が書いてある。
アルバイトだから、正社員だった歯科に比べると、時給は低い。
「あまり人はこないから、忙しくはないって聞いた。穏やかな性格で、調理のできる人がいいんだって。彩綺なら気が長いし、料理もお菓子も作れる。問題ないでしょう」
「できるっていっても、お金をもらえる腕じゃないよ」
「パティシエはいるから、教えてもらえるでしょう。もし、そこで働いているうちに、本格的に料理とかお菓子作りを勉強したいって思ったら、お金出してあげるよ。彩綺は大学行かなかったから、貯金あるし」
今まで調理師やパティシエになろうとは思ったことがなかった。
趣味で満足していたし、厳しいプロの世界に踏み込む勇気はなかったから。
でも逃げているだけなのかも、という思いが過った。
喫茶店に勤めたからといって、考えが変わるかはわからないけれど、社会復帰への一歩になるかもしれない。
「もしくは、結婚する? お見合いとかしてもいいよ?」
考え込んでいる私に、母がとんでもないことを言った。
「結婚!? お見合い!? 」
びっくりして大声を上げると、母がけらけらと笑った。
「あたしたちの頃は、25歳が結婚適齢期なんて言われてたんだよ。まだまだなんて思ってたら、あっという間にきちゃうよ」
「でも、まだそんな気になれないよ」
「それは相手がいないからじゃない? 好きな人ができたら、一緒にいたいって思うもんよ」
母の言うとおり。22年の人生で、彼氏どころか、好きになった人もいない。
「お母さんも、そうだったの?」
「そうだよ。お父さんと30で出会って。この人しかいないと思って、あたしからガンガンいったんだよ。あんなにあっさりいなくなるとは思ってなかったけど」
後半、寂しそうに呟いて、棚の上のお仏壇に目をやった。
写真の中の父は、私たちに向かって照れたように微笑んでいる
父は写真があまり好きじゃなかったらしい。
私を連れて公園に行った時に、母がなんとか撮った写真だそうだ。
1年後、この写真は遺影になった。
仕事でミスをして落ち込む母を、なぐさめ寄り添った父。
最愛の夫を亡くして落ち込む母を助けたのは、仕事だった。
そしてバリキャリ主婦真弓ができあがった。
私は母に感謝している。心配をかけたくない。
「わかった。面接行ってみる」
後日、面接を受けた私は、採用の連絡をもらった。
次回⇒6. 松原植物園
45
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
人生負け組のスローライフ
雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした!
俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!!
ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。
じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。
ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。
――――――――――――――――――――――
第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました!
皆様の応援ありがとうございます!
――――――――――――――――――――――
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる