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第五話 櫻木陽美 ~出逢い~
プロポーズ~結婚
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七月二十日。
わたしも彼も仕事だったけど、誕生日のお祝いをしようと誘われ、終業後二人で待ち合わせて食事に向かった。
場所は初めてデートをしたホテルのフレンチレストラン。
実はこっそりマナー教室に通ったので、以前ほどは緊張していない。
真っ赤な夕日に照らされる街を見下ろしながら乾杯し、ゆっくり話をしながらコース料理を堪能しているうちにすっかり陽は暮れ、ビルの灯りが煌々と輝いていった。
ラフマニノフの交響曲第二番第三楽章のピアノ編曲された演奏が耳に届く。
落ち着いた雰囲気と、きれいな旋律にうっとりしてしまう。
デザートとシャンパンが運ばれてくる。
そっと前に置かれたプレートに目をやって、わたしは息を呑んだ。
デコレーションの一部として円錐型の装飾品があり、ダイヤモンドが燦然と輝く指輪が嵌っていた。
「か、一馬さん……」
目を見張ったまま、正面の彼を見つめる。
一馬さんは微笑んで、指輪をつまみ上げた。手を取るように左手を差し出され、わたしはおずおずと左手を上げ、薬指に嵌っていく指輪を目で追った。
はあー、きれい。
サイズもぴったり。
一馬さんはいつのまに、わたしの指輪のサイズを測ったんだろう。わたしだって知らないのに。
「陽美さん。僕と結婚してください」
わたしは嬉しさのあまり、飛び上がりそうだった。
お見合いの日から、わたしは一日千秋の思いでこの日を待っていた。
いざ言われると嬉しすぎてのぼせそうだった。
「喜んでお受けいたします」
それから慌ただしい日々の始まりとなった。
両親に報告し、超多忙な双方とお仲人さんのスケジュールを合わせて結納の日取りとお店を予約。
結婚式場の見学会に参加して、結婚式のイメージを話し合う。神前、教会、人前のどれがいいか。衣装は着物にするかドレスにするか。購入するのかレンタルするのか。
それから結婚指輪、家具家電の購入。
新居は櫻木家所有の土地に建設することになり、建築会社に勤めている一馬さんのすぐ上の次男、虎徹さんが一切を取り計らってくれた。
新婚旅行先の検討と申込。パスポート取得のために、結納後、式より先に入籍を済ませた。
苗字変更にともなう報告を上司にし、三月いっぱいで退職の旨を伝える。
ホテルでの披露宴の日が近づいてくると、招待客、料理や引き出物、衣装決めなど、より忙しくなった。
退職後にわたしは料理教室にも通い、一から勉強をし直した。
よく晴れた五月の大安、無事に挙式の日を迎えた。
近くの神社で神前式を執り行い、ホテルに戻る。
披露宴の招待客は千人近かった。
そのほとんどが櫻木グループの関連会社からだった。
白木百貨店からも幾人か来て下さったが、皆さん身を縮こまらせていた。
長男の龍治さんのときは取引のある会社からも出席があり、二千人にもなったらしい。
学生時代からの友人も何人か来てくれた。
一番来て欲しかった響子ちゃんは、スイスの音楽大学に在籍している。
大学での演奏会の準備のため帰国は難しいと残念がっていた。
一馬さんのご両親とわたしがクラシック好きだからと、ピアノとヴァイオリンとチェロの生演奏に合わせて式が進んだ。
白無垢から色ドレスにお色直しを済ませ、キャンドルサービスで各テーブルを回って高砂のメインキャンドルに明りを灯し終えたとき、大広間の扉ががたんと開いた。
招待客やホテルのスタッフさんたちの注目が集まる。
そんな中を悪びれもせずに一人の女性が悠然と歩いてきた。
あまりの堂々っぷりにプログラムの一部と思われているのか、誰も止めようとしなかった。
右肩を出した黒のロングドレスに身を包み、ワンショルダーから垂れ下がった薄い布が、彼女の速度に合わせてひらひらと舞う。マーメイドラインがスタイルの良さを強調していた。
彼女はわたしたちの前までやってくると、真っ赤な唇の端をぐいと引き上げた。
わたしの前に出ようとする一馬さんを止め、慌てだしたホテルスタッフも手で制した。
突然の乱入者と対峙する。
怖くなんてない。だってこの人は――
「ひろみー! 結婚おめでとう!」
「響子ちゃーん。来てくれたのね。嬉しいっ!」
わたしと大澤響子ちゃんは、熱い抱擁を交わした。
響子ちゃんとわたしが十六年もの付き合いのある親友であり、今回響子ちゃんが来られないことを知っていた家族がしてくれた拍手が、きょとんとしている皆さんを巻き込んで大広間に広がった。
わたしはマイクを借りて、
「来られないはずだった大親友がスイスから駆け付けてくれた」と紹介した。
響子ちゃんは時間がなくてすぐに戻らないといけない中、わたしを祝福するためにリスト愛の夢第三番をしっとりと情熱的に演奏してくれた後、颯爽と帰って行った。その演奏は招待客の涙を誘った。
響子ちゃんの演奏で崩壊した涙腺のせいでメイクが崩れ、わたしは再度入退場する運びとなったけれど、すごく感動的だった。わたしの人生できっと一番の愛の夢になると思う。
響子ちゃん以外のハプニングはなく、披露宴は終了。
友人たちによる二次会に出席してから、わたしたちは式を挙げたホテルに宿泊し、翌日新婚旅行のためハワイに向かった。
実は海外旅行が初めてのわたし。得意ではない英語に緊張し、頭痛を引き起こした。
一馬さんが鎮痛剤を用意してくれていたお陰ですぐに抑えられた。
ボリューミーな食事は一馬さんとシェアしながら、美味しいものをたくさんいただいた。
マリンスポーツを楽しむ一馬さんを眺めたり、観光に向かったり。
何度も訪れている一馬さんはとても頼りになる存在で、わたしは彼を何度好きになるんだろうと思うくらい幸せを感じ、夢のような時間を過ごした。
わたしも彼も仕事だったけど、誕生日のお祝いをしようと誘われ、終業後二人で待ち合わせて食事に向かった。
場所は初めてデートをしたホテルのフレンチレストラン。
実はこっそりマナー教室に通ったので、以前ほどは緊張していない。
真っ赤な夕日に照らされる街を見下ろしながら乾杯し、ゆっくり話をしながらコース料理を堪能しているうちにすっかり陽は暮れ、ビルの灯りが煌々と輝いていった。
ラフマニノフの交響曲第二番第三楽章のピアノ編曲された演奏が耳に届く。
落ち着いた雰囲気と、きれいな旋律にうっとりしてしまう。
デザートとシャンパンが運ばれてくる。
そっと前に置かれたプレートに目をやって、わたしは息を呑んだ。
デコレーションの一部として円錐型の装飾品があり、ダイヤモンドが燦然と輝く指輪が嵌っていた。
「か、一馬さん……」
目を見張ったまま、正面の彼を見つめる。
一馬さんは微笑んで、指輪をつまみ上げた。手を取るように左手を差し出され、わたしはおずおずと左手を上げ、薬指に嵌っていく指輪を目で追った。
はあー、きれい。
サイズもぴったり。
一馬さんはいつのまに、わたしの指輪のサイズを測ったんだろう。わたしだって知らないのに。
「陽美さん。僕と結婚してください」
わたしは嬉しさのあまり、飛び上がりそうだった。
お見合いの日から、わたしは一日千秋の思いでこの日を待っていた。
いざ言われると嬉しすぎてのぼせそうだった。
「喜んでお受けいたします」
それから慌ただしい日々の始まりとなった。
両親に報告し、超多忙な双方とお仲人さんのスケジュールを合わせて結納の日取りとお店を予約。
結婚式場の見学会に参加して、結婚式のイメージを話し合う。神前、教会、人前のどれがいいか。衣装は着物にするかドレスにするか。購入するのかレンタルするのか。
それから結婚指輪、家具家電の購入。
新居は櫻木家所有の土地に建設することになり、建築会社に勤めている一馬さんのすぐ上の次男、虎徹さんが一切を取り計らってくれた。
新婚旅行先の検討と申込。パスポート取得のために、結納後、式より先に入籍を済ませた。
苗字変更にともなう報告を上司にし、三月いっぱいで退職の旨を伝える。
ホテルでの披露宴の日が近づいてくると、招待客、料理や引き出物、衣装決めなど、より忙しくなった。
退職後にわたしは料理教室にも通い、一から勉強をし直した。
よく晴れた五月の大安、無事に挙式の日を迎えた。
近くの神社で神前式を執り行い、ホテルに戻る。
披露宴の招待客は千人近かった。
そのほとんどが櫻木グループの関連会社からだった。
白木百貨店からも幾人か来て下さったが、皆さん身を縮こまらせていた。
長男の龍治さんのときは取引のある会社からも出席があり、二千人にもなったらしい。
学生時代からの友人も何人か来てくれた。
一番来て欲しかった響子ちゃんは、スイスの音楽大学に在籍している。
大学での演奏会の準備のため帰国は難しいと残念がっていた。
一馬さんのご両親とわたしがクラシック好きだからと、ピアノとヴァイオリンとチェロの生演奏に合わせて式が進んだ。
白無垢から色ドレスにお色直しを済ませ、キャンドルサービスで各テーブルを回って高砂のメインキャンドルに明りを灯し終えたとき、大広間の扉ががたんと開いた。
招待客やホテルのスタッフさんたちの注目が集まる。
そんな中を悪びれもせずに一人の女性が悠然と歩いてきた。
あまりの堂々っぷりにプログラムの一部と思われているのか、誰も止めようとしなかった。
右肩を出した黒のロングドレスに身を包み、ワンショルダーから垂れ下がった薄い布が、彼女の速度に合わせてひらひらと舞う。マーメイドラインがスタイルの良さを強調していた。
彼女はわたしたちの前までやってくると、真っ赤な唇の端をぐいと引き上げた。
わたしの前に出ようとする一馬さんを止め、慌てだしたホテルスタッフも手で制した。
突然の乱入者と対峙する。
怖くなんてない。だってこの人は――
「ひろみー! 結婚おめでとう!」
「響子ちゃーん。来てくれたのね。嬉しいっ!」
わたしと大澤響子ちゃんは、熱い抱擁を交わした。
響子ちゃんとわたしが十六年もの付き合いのある親友であり、今回響子ちゃんが来られないことを知っていた家族がしてくれた拍手が、きょとんとしている皆さんを巻き込んで大広間に広がった。
わたしはマイクを借りて、
「来られないはずだった大親友がスイスから駆け付けてくれた」と紹介した。
響子ちゃんは時間がなくてすぐに戻らないといけない中、わたしを祝福するためにリスト愛の夢第三番をしっとりと情熱的に演奏してくれた後、颯爽と帰って行った。その演奏は招待客の涙を誘った。
響子ちゃんの演奏で崩壊した涙腺のせいでメイクが崩れ、わたしは再度入退場する運びとなったけれど、すごく感動的だった。わたしの人生できっと一番の愛の夢になると思う。
響子ちゃん以外のハプニングはなく、披露宴は終了。
友人たちによる二次会に出席してから、わたしたちは式を挙げたホテルに宿泊し、翌日新婚旅行のためハワイに向かった。
実は海外旅行が初めてのわたし。得意ではない英語に緊張し、頭痛を引き起こした。
一馬さんが鎮痛剤を用意してくれていたお陰ですぐに抑えられた。
ボリューミーな食事は一馬さんとシェアしながら、美味しいものをたくさんいただいた。
マリンスポーツを楽しむ一馬さんを眺めたり、観光に向かったり。
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