【完結】想いはピアノの調べに乗せて

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第五話 櫻木陽美 ~出逢い~

小学生時代

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 陽美さんはピアノの他に、習字も習い始めた。
 ピアノと同じように、ひとつの物事に集中することを得手としている性格であったため向いていたようだ。
 先生から赤の墨汁で手を入れられたものをお手本に、家でも練習をしていた。

 反対に運動は苦手。走ることが特に嫌いらしく、秋の運動会、その日の朝は顔つきが暗かった。
 和彦さんと明美さんを連れ、二段の重箱を包んだ風呂敷を抱えた辰雄さんと圭子さんは、体操服で通学した陽美さんの後に家を出た。

 一家が帰宅したとき、陽美さんは笑顔だった。
 運動会が終わってほっとしたというよりは、楽しかったという表情だった。
 転んで怪我をした様子はなく、玉入れが楽しかった、父兄参加の二人三脚がおもしろかった、外で食べるお弁当はいつもより美味しいと、興奮気味に話し、夕食の席はいつも以上に賑やかだった。
 翌日は休みだった陽美さんは、前日練習をしなかったからか、いつもより長く私を奏でてくれた。

 指先が器用な圭子さんは、子供たちに洋服を作ってあげていた。
 家事と子育ての合間に、買ってきた可愛らしい布を型紙に合わせて裁断し、ミシンをかけ、刺繍を施したりレース編みやアップリケをつけたり、セーターやマフラーを編んだり。きょうだいでお揃いの洋服を着ている姿は微笑ましかった。

 陽美さんも圭子さんが作った洋服を着ることを楽しみにしていた。
 次の発表会ではこんなデザインが着たいとリクエストを出すほど。
 それを着て自信に満ちた顔で発表会に向かっていた。

 圭子さんの器用さを受け継いだのは陽美さんだけだった。
 五歳になった時に弟妹もピアノを少し習ったものの、和彦さんは一カ月で、明美さんは三カ月で断念している。
 反対に身体を使うことが得意なようだ。同じ両親から生まれたきょうだいでも全然違う特性を持っていた。性格もあまり似ていない。

 陽美さんは自宅で過ごすのが好きなタイプで、集中力もある。圭子さんを手伝い料理の腕も上げている。
 和彦さんは外に行きたがり、家でじっとしているのは苦手。遊びにも集中力はなく、部屋には和彦さんのおもちゃがよく散らかる。陽美さんがおもちゃを片付けてやっていた。
 明美さんは甘えん坊で寂しがり屋。一人でいるのは苦手。いつも家族の誰かの横にいる。幼い頃は圭子さんにべったりだったが、大きくなると陽美さんを頼った。陽美さんもそんな明美さんを可愛がっていた。

 時にはきょうだい喧嘩もしたが、陽美さんは年が離れているせいか、仲裁役になるか、先に折れた。我慢をしていないか、ストレスを溜め込んでいないか心配になるほど、我を出さない控えめな人だった。

 陽美さんのこの控えめな性格は長所であり、短所でもあった。
 五年生の時だった。女子の間で揉め事が起こり、きょうだい喧嘩をいさめる感覚で仲裁に入った陽美さんは、どちらの味方なのか問われ、答えられないでいると八方美人とそしられ心を痛めた。なぐさめたのは大澤響子さんであった。

 クラスメイトでいがみあっている姿を見るのは悲しかったから、と介入した理由を響子さんに話すと、人の喧嘩に首を突っ込まないほうがいいと叱られたようだ。ただ、八方美人ではなく、優しすぎるだけとフォローもされていた。

 響子さんとは五年間同じクラスで信頼関係が出来上がっていたからこそ、陽美さんは素直に忠告を受け入れた。

 陽美さんは優しい。家で声を荒げた姿を見せたことがない。
 弟妹が間違ったことをし、圭子さんがとっさに叱った時は、陽美さんが逃げ道を作ってやり、圭子さんの代わりに怒らなければならない場面でも怒りはせず、頑張って説得しようとしていた。
 わかってくれることもあるが、わかってもらえないこともある。ただ、どんな時でも弟妹の味方でいるためか、大きくなった弟妹からの信頼を得ていた。

 学校でも友達に対して優しいのだろう。
 だが、相手は他人である。誰にでも優しいのは時に傷つけるのかもしれない。

 響子さんは陽美さんとは逆の性格で、気が強く自分の意見をはっきりと言うタイプのようだ。
 ピアノに関するこだわりと執着が凄まじいようで、ピアノのためなら学校を休むことも気にしないらしい。
 すでにプロになると決めて活動をしているようだ。

 響子さんが休むと陽美さんは寂しく感じるようだが、反面、響子さんのピアノに対する愛情と、ピアノに賭ける覚悟を尊敬してもいた。
 残念ながら響子さんが白木家を訪れたことはない。一度でいいから響子さんに弾いてもらいたかった。
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読みに来てくださり、ありがとうございます。ほっこりじんわり大賞用の現代恋愛を28日から開始する予定です。初恋のドキドキを読みにきていていただけると、嬉しいです。
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