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第三話 桐生蓮音(きりゅう れおん) ~噓と真実~
ピアノ 前半
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私の前を通り過ぎて行く人々の装いが秋めいてきた。長袖長ズボンになり、一枚多く羽織る人が増えた。
空が高くなり、木々が色づくのを思い出した。地下にいると季節の変化がわからなくなる。
代わりに人々の服装で季節を感じることが、今の私の楽しみでもあった。
毎日私のメンテナンスに来てくれる男性が、今日は新しい看板をひとつ置いていった。取材があるらしく、午後五時から一時間貸し切りだと知らせていた。
私は六年この駅にいるが、取材の経験など初めてだ。とはいえ、私が主人公であるはずはないから、取材対象は演奏者であろう。さて、いったい誰が来るのか。
楽しみにしながら、その時を待っていた。
予定の時刻の少し前に、カメラを携えた男性と、インタビューアーなのか女性に伴われて、青年がやってきた。
学生服らしき青色のブレザーに身を包み、同色のネクタイを結んでいる。中のシャツは白で、パンツはグレー。
この駅では見かけないが、おそらく高校の制服であろう。
高身長ですらりと細く、清潔感の漂う好青年といった風貌。緊張気味の顔で、女性の話に耳を傾けている。
「先に弾いていただいてからインタビューの方が、リラックスできますか?」
「たぶん変わらないと思います。予定通りでお願いします」
「では、インタビューからお願いします。ピアノと一緒の写真を撮りたいので、こちらを向いてお掛けになってください」
「はい」
彼は私に背を向けて座り、女性は少し離れたところに持参したパイプイスを置いて座る。
カメラマンは立ったまま、あちこち移動しながらシャッターを切る。女性はレコーダーを構えてから口を開いた。
「まずは、ベールマー国際ピアノコンクール最優秀賞受賞おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ご自身初めての国際ピアノコンクール出場で一位という結果を残されたわけですが、名前を呼ばれた瞬間のお気持ちはいかがでしたか?」
「もちろん嬉しかったです。食事も寝る間も惜しんで練習してきましたから。まあ、みんなそうなんでしょうけど。その中で最高の評価をしていただけて、報われました。驚きましたけど」
「一日どれくらいの練習をなさっていたのでしょうか」
「朝から晩までですよ。一度弾きだすと十時間くらい平気なんです。家族に止められないとずっと弾いています」
「ご家族に食事や寝る時間を教えてもらって、ようやく休憩を取る。ピアノ漬けの生活を続けていらっしゃったのですね」
「ピアノばかりの生活で身体を崩さないのは、母が管理栄養士の資格を持っているお陰ですね。家族がいないと、人らしい生活を送れないんですよ。情けないですが」
「素晴らしい集中力だと思います」
「いえいえ。ダメ人間ですよ、僕」
「ご謙遜を。では、ご家族の喜びは大きかったのではないですか」
「ええ。そうですね。僕以上に興奮していました」
「ご家族も現地でお聴きだったのでしょうか」
「僕が未成年なので母には仕事を休んで、ついて来てもらいました。父は仕事が休めませんし、弟も学校がありますから」
「お父様のご職業をお伺いしても差し支えございませんか」
「父は公務員です。中学校で社会科の教師をしています」
「ご立派なお仕事です。桐生さんがピアノを始めたのは何歳のときでしたか? またそのきっかけを教えてください」
「父方の祖父母宅にあったピアノを遊びに行く度触っていたそうです。伯母がピアノを習っていたそうで。ピアノ教室で教わることになったのは三歳の六月です。弟がお腹にいたとき、母の容体が少し良くなかったみたいで入院をしたので、僕は祖父母に預けられました。そんなにピアノが好きならと、祖母が大手楽器屋さんの音楽教室の体験入学に連れて行ってくれたんです。教室の先生によると音程がしっかりとれて歌えていたそうです。それでピアノが好きなら、とピアノ教室を勧められて」
「国内コンクールの初出場が五歳で、一位を受賞なさっておられますね。習い始めて二年ほどで結果を出し、その後コンクールのランクを上げながら五年続けて一位。華々しい受賞歴ですね。学校ではいかがでしたか。みんなすごいって褒めてくれたんじゃないですか」
「そんなでもないですよ。ピアノに興味のない子がほとんどでしたから」
「ピアノの練習と学校の勉強、忙しかったのではないですか。お友達と遊ぶ時間はありましたか」
「あまりなかったのは確かですね。学校が終わってすぐにレッスンに行っていましたから」
「友達は理解してくれていましたか」
「してくれてましたよ」
「楽器屋さんのピアノ教室にはいくつまで通っていらっしゃったのですか」
「卒園までです。小学校からは個人レッスンを受けていました」
「現在は前田晴己先生に師事なさっておられますよね。その頃からですか」
「いえ。前田先生は小学校五年生の秋からです。音楽科のある中学校を受験するために紹介してもらいました」
「その頃から本格的に学ぼうと思われていたのですね」
「正確に言うと、その頃に、になりますね」
「なにか、出来事などがあったのですか」
「はい。ある方と出会って、その人に少しでも近づきたくて、決心しました」
「その方というと」
「ちょっと言いにくいんですけど、大澤香さんです」
「あら、少し前に週刊誌に。そうでしたか、大澤香さんとの出会いが、今回の受賞に繋がっていたのですね」
ーーーーーーーーーーーーー
長いので分けました。
後半へ続きます。
空が高くなり、木々が色づくのを思い出した。地下にいると季節の変化がわからなくなる。
代わりに人々の服装で季節を感じることが、今の私の楽しみでもあった。
毎日私のメンテナンスに来てくれる男性が、今日は新しい看板をひとつ置いていった。取材があるらしく、午後五時から一時間貸し切りだと知らせていた。
私は六年この駅にいるが、取材の経験など初めてだ。とはいえ、私が主人公であるはずはないから、取材対象は演奏者であろう。さて、いったい誰が来るのか。
楽しみにしながら、その時を待っていた。
予定の時刻の少し前に、カメラを携えた男性と、インタビューアーなのか女性に伴われて、青年がやってきた。
学生服らしき青色のブレザーに身を包み、同色のネクタイを結んでいる。中のシャツは白で、パンツはグレー。
この駅では見かけないが、おそらく高校の制服であろう。
高身長ですらりと細く、清潔感の漂う好青年といった風貌。緊張気味の顔で、女性の話に耳を傾けている。
「先に弾いていただいてからインタビューの方が、リラックスできますか?」
「たぶん変わらないと思います。予定通りでお願いします」
「では、インタビューからお願いします。ピアノと一緒の写真を撮りたいので、こちらを向いてお掛けになってください」
「はい」
彼は私に背を向けて座り、女性は少し離れたところに持参したパイプイスを置いて座る。
カメラマンは立ったまま、あちこち移動しながらシャッターを切る。女性はレコーダーを構えてから口を開いた。
「まずは、ベールマー国際ピアノコンクール最優秀賞受賞おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ご自身初めての国際ピアノコンクール出場で一位という結果を残されたわけですが、名前を呼ばれた瞬間のお気持ちはいかがでしたか?」
「もちろん嬉しかったです。食事も寝る間も惜しんで練習してきましたから。まあ、みんなそうなんでしょうけど。その中で最高の評価をしていただけて、報われました。驚きましたけど」
「一日どれくらいの練習をなさっていたのでしょうか」
「朝から晩までですよ。一度弾きだすと十時間くらい平気なんです。家族に止められないとずっと弾いています」
「ご家族に食事や寝る時間を教えてもらって、ようやく休憩を取る。ピアノ漬けの生活を続けていらっしゃったのですね」
「ピアノばかりの生活で身体を崩さないのは、母が管理栄養士の資格を持っているお陰ですね。家族がいないと、人らしい生活を送れないんですよ。情けないですが」
「素晴らしい集中力だと思います」
「いえいえ。ダメ人間ですよ、僕」
「ご謙遜を。では、ご家族の喜びは大きかったのではないですか」
「ええ。そうですね。僕以上に興奮していました」
「ご家族も現地でお聴きだったのでしょうか」
「僕が未成年なので母には仕事を休んで、ついて来てもらいました。父は仕事が休めませんし、弟も学校がありますから」
「お父様のご職業をお伺いしても差し支えございませんか」
「父は公務員です。中学校で社会科の教師をしています」
「ご立派なお仕事です。桐生さんがピアノを始めたのは何歳のときでしたか? またそのきっかけを教えてください」
「父方の祖父母宅にあったピアノを遊びに行く度触っていたそうです。伯母がピアノを習っていたそうで。ピアノ教室で教わることになったのは三歳の六月です。弟がお腹にいたとき、母の容体が少し良くなかったみたいで入院をしたので、僕は祖父母に預けられました。そんなにピアノが好きならと、祖母が大手楽器屋さんの音楽教室の体験入学に連れて行ってくれたんです。教室の先生によると音程がしっかりとれて歌えていたそうです。それでピアノが好きなら、とピアノ教室を勧められて」
「国内コンクールの初出場が五歳で、一位を受賞なさっておられますね。習い始めて二年ほどで結果を出し、その後コンクールのランクを上げながら五年続けて一位。華々しい受賞歴ですね。学校ではいかがでしたか。みんなすごいって褒めてくれたんじゃないですか」
「そんなでもないですよ。ピアノに興味のない子がほとんどでしたから」
「ピアノの練習と学校の勉強、忙しかったのではないですか。お友達と遊ぶ時間はありましたか」
「あまりなかったのは確かですね。学校が終わってすぐにレッスンに行っていましたから」
「友達は理解してくれていましたか」
「してくれてましたよ」
「楽器屋さんのピアノ教室にはいくつまで通っていらっしゃったのですか」
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「その方というと」
「ちょっと言いにくいんですけど、大澤香さんです」
「あら、少し前に週刊誌に。そうでしたか、大澤香さんとの出会いが、今回の受賞に繋がっていたのですね」
ーーーーーーーーーーーーー
長いので分けました。
後半へ続きます。
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読みに来てくださり、ありがとうございます。ほっこりじんわり大賞用の現代恋愛を28日から開始する予定です。初恋のドキドキを読みにきていていただけると、嬉しいです。
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