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第二話 遠野眞子 ~初期衝動~

異動の挨拶

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 あーもう。イライラする。
 あの店長とやっていけるのかな。

 冠婚葬祭の女性服を取り扱っている会社に入社して三年。
 先日配置転換があり、担当の店舗が変わった。
 そして今日、初めての挨拶に行ってきた。

 この店舗の店長は、電話でも少しつんけんした対応に冷たいところのある女性だったから、少し嫌な予感はしていた。
 けれど仕事だから、仕方がない。性格が合わなくても、手を取り合わなければいけない。大人の対応をしようと決めての挨拶だった。

「遠野さん、同い年って聞いてたんだけど、なんか頼りなさそうね。就職してまだ三年なら仕方がないか。あたしに任せてください。あたしこの店、長いんで」

 初対面で喧嘩売ってますか?
 自分のこめかみに四つ角が立ったことを自覚しながらも、わたしは平静を装った。

 店長の水瀬みなせ琴美ことみは短大時代のアルバイトから八年この店舗で働いていて、二年前に店長に抜擢された。
 正社員になったのは四年前。早生まれのわたしは年が明けてから、彼女と同じ二十七歳になる。
 水瀬店長はたしかに先輩になるわけだけど、ここまでマウントを取る理由がわからない。

「水木くんと同期なんでしょう。異動の意味わからなくない?」
 半笑いに腹が立つ。

 会社の判断についてわたしに文句を言われても、理由なんてわたしだって知らないよ。
 水木くんがなにかやらかしたわけではない。
 大きなミスをしたわけでもないし、モールの服飾担当者を怒らせたわけでもない。
 彼が担当になり、水瀬さんが店長になったこの二年、あまり売上が振るわなかっただけ。

 彼女の当たりが強い理由に一つだけ心当たりがあった。
「なんか鼻声で甘えてくるんすよ。あの人」
 二歳下の水木くんが困った顔で、軽くぼやいていたのを思い出した。
 たぶん水瀬さんのお気に入りだったんだろう。

「ディスプレイは水瀬さんが?」
 通路に面するショーケースに足を向ける。
 お客様の目を惹き、店舗に足を向けてもらうとても大切な場所。
 従業員用の扉から店舗まで行く間、装飾が気になっていた。

「ええ、そうよ。水木くんもこれでいいって、任せてくれてたの」
 それは、わたしに口を出すなと言いたいのかな。

「テーマは何ですか?」
「見てわからない? 秋よ」
 水瀬店長は、悦に入ったようにディスプレイを見てほほ笑んでいる。

 わたしは内心で溜め息を吐いた。
 一言で表すなら『派手』。

 細身でスタイルの良い二体のマネキンが、サテンのスーツを着てポーズをつけている。
 色はバーガンディとネイビー。
 上には紅葉している枝、足元には落ち葉やどんぐり、リスのフィギュアを置いている。
 秋を表現しようとする意図は理解できるものの、森の中の結婚パーティに列席しているのかしら、と思ってしまう。ちぐはぐな印象を持った。

「このマネキンは以前からですか」
「あたしが取り入れたの。前の店長は子供や親子をよく飾っていたけど、ただ突っ立ってるだけでもっさかったから。こっちのほうが目を惹くでしょう」
 水瀬店長が一新したのだと分かった。自分の趣味の方向に転換したのだと。

 たしかに目を惹くディスプレイではある。ただし、逆の意味で。

 今彼女が着ている深緑のスーツはディスプレイの商品の色違いだとわかる。
 マネキンばりに着こなせているのはすごいスタイルだし、素晴らしい愛社精神だけれど、はたして客層に合っているのか。

 仕事帰りにOLさんが立ち寄りそうな街中にある店舗なら、この展開でもいい。
 でもここは郊外のショッピングモールほど大型ではないものの、家族での来店を見込んでいる。
 客層に合わせて替えたほうがいいだろうな。

 店舗内は商品に合わせて区分けされていて見やすい。
 冠婚葬祭用のブラックフォーマル、派手目なパーティ衣装、親子向けのフォーマルとドレス。
 入店さえして頂けたら目的のものを探してもらえるはず。
 でも、このディスプレイでは派手さを好まない方は足を踏み入れにくいかも。

「以前のマネキンはありますか?」
「え……? 一応裏に置いてるけど、替えるの?」
 水瀬店長の顔色が変わる。
 ショックなら可愛いものだけど、明らかに不機嫌顔。
 キャリアの浅いわたしに指図されるのが嫌なんだろうな。

「これ気に入ってるんだけど」
「このお衣装は店舗の中のほうが向いています。ここにはあれを飾りましょう」
 わたしが目を向けたのは、グレーのワンピース。袖はシースルーで、スカートの丈は膝上五センチほど。幅広のプリーツが入っている。清涼感と清楚な雰囲気がある。

 もう一点目を惹きそうな商品はないかなと店内に目をやった。
 店長はその場を動こうとしない。

「あなたのほうが上なの?」
 腕を組み、睨み上げてくる。
 きっと上から睨みつけたかったんだろう。わたしのほうが身長が高いから、精いっぱい顎を上げて、えらそうに見えるポーズをしている。

「えっと、上とは下とかではなくて、客観的な目でアドバイスを……」
「本当にアドバイス? ゼロからやり替えようとしてるじゃないの」

 ごもっとも。
 店長のセンスが客層と合っているなら、わたしだって異動早々、取り換えなんて言い出さない。
 でも、ここで強行してしまうとこの人はへそを曲げるのが、簡単に見えた。
 辞めるとは言いださないだろうけど、今後がやりにくくなる。
 いつまでここの担当になるかわからないから、それは避けたいかな。

「わかりました。ではせめてここにもマネキンを置きましょう」
 通路に面した目立つところにグレーのワンピースを配置しようと提案した。
 これなら落ち着いた商品もあるとわかるはずだ。

「これでしばらく様子を見ましょう」
 マネキンをセットして、服を着せて配置する。
 水瀬店長はまだ不満そうな顔をしていたけれど、それ以上は何も言ってこなかった。それはそれで怖い。

 仕入の数やシフトの相談などの打合せを終わらせた頃、正午を過ぎた。
 懇親を兼ねてランチに誘おうと考えていたけれど、やめにした。今日は水瀬店長とはもう話したくない。
 わたしは疲れ切って、店舗を後にした。

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