【完結】想いはピアノの調べに乗せて

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第一話 冴木 柚羽 ~目覚め~

保健室

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「落ち着いた?」
「うん。ユリちゃん、乃愛ちゃん、ありがとう」

 保健室のベッドで寝るのは初めて。
 おうちの布団ほどふかふかじゃなかった。

 ママはお休みの日に布団乾燥機をしてくれる。
 布団がふっかふかになって、寝心地がすごくいい。次のお休みのときにやってもらおう。
 パニック状態から抜け出した頭でそんなことを考えた。

「二人は、授業大丈夫?」
「授業より、柚羽ちゃんのほうが大事」
「ユリちゃんの言うとおりだよ」
 二人は初対面のはずなのに、仲良しに見えた。

「先生たちは?」
「教室に戻ったよ。ここには保健の先生だけ」
 ユリちゃんが答えてくれた。

「家に連絡してるよね」
「たぶん」

 連絡先はママとお祖母ちゃん、両方の携帯番号を先生に伝えてある。
 ママは仕事できっと来られないだろうから、お祖母ちゃんが飛んでくるんだろうな。心配かけちゃうな。

「もう痛くない? 喉とか」
 乃愛ちゃんに訊かれて、痛みはないのに思わず首元に手をやった。

「あざとかにはなってないよ」
「よかった」
 ユリちゃんの言葉にほっとしたけど、喉が一瞬締まった感覚を思い出して、鳥肌が立った。

「この服、もう着れないな。お気に入りなのに」
 買ってもらったばかりのフードのつきのTシャツ。着るたびに思い出してしまいそうだった。

「服のせいじゃない、あいつのせいでしょ!」
 ユリちゃんは声を抑えながらも、怒っていた。

 ユリちゃんはいつもユズの代わりに声を上げてくれる。怒ってくれる。
 だけどユズを無視して、相手を責めることはしない。いつだってユズの気持ちを優先してくれた。

「あいつのせいってどういうこと? 誰のこと?」
 乃愛ちゃんは戸惑っていた。
 ユズの前にいた乃愛ちゃんは何が起こったのかわからなかっただろう。
 いきなりユズが倒れてびっくりしたと思う。

 ユズも姿を見たわけじゃないから、はっきりとは言えない。
 だけど、間違いないと思う。
「小川くんが柚羽ちゃんのフードを引っ張ったの。わたしは見てた。手を伸ばす瞬間も引っ張る瞬間も。距離があったから、止められなくて。あっと思ったときにはもう倒れて、咳きこんで。駆け寄ったときには呼吸が変だった」
 ユリちゃんがすべてを見てくれていた。

 引っ張られたフードが喉を締めつけ、一瞬息が詰まって倒れた。
 それだけですめばよかったけど、ユズは焦った。
 遠巻きにユズを見ていたたくさんの靴がなぜだか怖くなった。
 身体と思考と心がばらばらになる感覚がして、訳がわからなくなった。
 落ち着こうと思えば思うほどパニックになって、息が吸えなくなった。
 保健の先生の声に合わせてゆっくり息を吐くと楽になっていった。

「小川勇誠が!? いつも柚羽ちゃんの口真似してたけど。どうしてフードを引っ張ったの?」
「わかんない。前にも髪を引っ張られて」
「もしかして、それで髪切ったの?」
 乃愛ちゃんはピンときたらしい。

「小川くん、そんな酷いこともしてたんだ」
 ユリちゃんは悲しそうな声で呟いた。

「小川くん、あのときどうしてた?」
 ユリちゃんに訊ねる。

「突っ立ってた。わたし怒ろうとしたんだけど、柚羽ちゃんの様子を見たらそれどころじゃなくなって」
「逃げなかったんだね。全部見てたんなら、よかった」
「どうして? ぜんぜんよくないよ」
「今までは逃げてたから。見てたのなら、大変な事態になったってわかったと思うから。これでやめてくれたらいいな」

「柚羽ちゃん、今度こそ先生に言おうよ。止めるかどうかわかんないし、逆にエスカレートするかもしれないよ」
「まさか」
「わかんないよ。そんな酷いことしてた人なんて」
「そうだけど」

「どうして大人に相談しようとしないの?」
「家族に心配をかけるから。パパとママはお仕事で忙しいし、お祖母ちゃんにも悪いし」
「それじゃ、話もしてないよね」
「うん。してない」

「理由はそれだけなの?」
「……いじめられてるって、認めたくなかった。ちょっとした意地悪なんだって思いたかった」
 こっちが本音だった。

「騒げばもっと酷くなると思ったの。スルーして距離を取っていれば、いつか止めてくれるかなって。様子を見てた」
「様子見るっていう段階は超えたと思う」
 ユズとユリちゃんのやり取りを、黙って見ていた乃愛ちゃんがぽつりと呟いた。

 その一言にはっとした。
 小川くんの良心に頼ろうとしていた。でも今日起きたことは今までの中で一番酷かった。

「小川くんもこうなるとは思わなかっただろうから、反省してると思うんだ」
「反省してたらもういいの? これ犯罪だよ。柚羽ちゃん死にかけたんだよ」

 ユリちゃんが心配してくれる気持ちがすごく伝わってくる。
 それでも、向き合うのは少し怖かった。

「死にかけたって大げさだよ。生きてるし」
「わたし怖かったんだよ! 柚羽ちゃんの呼吸おかしいし、田中先生も慌ててた。大事な人が突然いなくなっちゃうの、嫌なの」
 ユリちゃんの大きな目が、小型犬みたいにうるうるしていた。

 ユズを運んでくれたのは、一組の担任の田中先生だった。
 ユズの呼吸が整うまで、ユリちゃんは手を握ってくれていた。
 ぬくもりと握りしめてくれる力が、とても心強かった。

「ユリちゃん、乃愛ちゃん」
 二人に手を伸ばした。ユリちゃんは左手を、乃愛ちゃんは右手を取ってくれた。
 手を繋いで、ぎゅっと握りしめる。両手に二人からの力を感じた。勇気をもらえた気がした。

「小川くんと話してみる」
 駆けつけてくれたお祖母ちゃんとお母さんに付き添われて早退し、翌日、病院で検査を受けた。

 どこにも異常はなくて、過呼吸は一時的なものでしょうと診断された。

 両親には、小川くんとは言わず、誰かの手が当たってパーカーが引っ張られたと伝えた。

 ママは少しの間学校をお休みしようか、と言ってくれたけど、ユズは登校した。
 一度休んじゃうと、行きにくくなりそうな気がしたから。
 クラスには乃愛ちゃんが、学童にはユリちゃんがいてくれるから心強い。
 休んで二人に心配をかけたくなかった。

 小川くんとの話は、今日はまだしたくないけど、近いうちにしようと決め、頑張って登校した。
 それなのに、小川くんが休んでいた。
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読みに来てくださり、ありがとうございます。ほっこりじんわり大賞用の現代恋愛を28日から開始する予定です。初恋のドキドキを読みにきていていただけると、嬉しいです。
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