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第一話 冴木 柚羽 ~目覚め~
六月
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「ねえ、ママ」
「なあに」
明日の日曜日はママの仕事はお休み。
土曜日だけに許される夜更かし。
だらだらとテレビを見て九時過ぎにお風呂に入り、ママに髪を乾かしてもらっている。
普段ママはお仕事で忙しいからこうやって過ごす時間がすごく好き。
だけど、この数日心に引っかかっていることがあって、ママに言おうかどうか迷っていた。
「どうかした?」
話しかけたのにユズが口を閉ざしていたから、ママがドライヤーの手を止めた。
「あのね……髪切ろうかなって、思ってるんだ」
「切りたいの?」
「う……ん」
本当は切りたくない。ママと過ごす週一回のこの時間が短くなるのは寂しい。
「先に乾かしちゃうわね。風邪ひいたら嫌でしょ」
温風がユズの背中の真ん中あたりまである髪を撫でていく。
水曜日、小川くんに髪を引っ張られた。
別校舎の音楽室に向かう途中だった。
体育の授業のあとの移動で、着替えに少し時間がかかってしまったユズは一人で向かっていた。
乃愛ちゃんがいれば待っていてくれただろうけど、乃愛ちゃんは昨日のダンスレッスン中に怪我をして、今日はお休み。
六月も半分を過ぎるとグループはもうできあがっていて、ユズを待っていてくれるクラスメイトはいなかった。
廊下や階段を走ってはいけないので、焦る気持ちを抑えて階段を上がり切り、音楽室のある四階に着く。
ぱたぱたと靴音が聞こえてきて、小川くんが姿を現した。向かう先はたぶんトイレ。
時間がないから急いで出てきたんだろうな。
一瞬だけ視線が交差して、お互いに何も言わずに通り過ぎた。
その直後、髪をぐいと引っ張られ、頭ががくんと後方に倒れた。短い悲鳴を上げてしまった。
この日ママはお休みで、時間に余裕があったから、ツインテールを編み込みにしてもらった。
とっても嬉しかった。なのに気持ちが一気に沈んだ。
痛かったのと驚いたのもあるけれど、なによりこんな酷いことをされたのは初めてで、ショックだった。
視界の滲む目で振り返ると、小川くんは何もなかったような足取りで、トイレに消えた。
また髪を引っ張られるんじゃないかと思うと、あれ以来、小川くん以外でも人が近づいてくると怖くなった。
それが髪を切ろうかなと思った理由。
だけどママに話すと心配をかけるんじゃないかと思って、ためらってしまう。パパもママもとても忙しいから。
「乾いたわよ。それで、どうして髪を切ろうと思っているの?」
「もうじきプールがあるから、長すぎるとなかなか乾かないし、学校からのお知らせにも書いてあったから」
来月から体育でプールの授業が始まる。
プリントに可能な限り髪は短くしてくださいと書いてあったのを思い出した。
「ああ、そういえば、書いてあったわね。いいの?」
「うん。切る」
決心がついた。ずっと怖がって悩んでいるのも嫌だなって思ったから。
「じゃ、いつものところに予約入れるわね」
翌週の日曜日。肩に触れる長さまでばっさりカットした。
乃愛ちゃんはもったいないもったいないと残念がってくれた。
小川くんはユズを見てぽかんとしたあと、口元をきゅっと引き結んだ。
ユズには悔しそうな表情に見えて、勝ったと思った。これでもう髪を引っ張られないよね、と。
「なあに」
明日の日曜日はママの仕事はお休み。
土曜日だけに許される夜更かし。
だらだらとテレビを見て九時過ぎにお風呂に入り、ママに髪を乾かしてもらっている。
普段ママはお仕事で忙しいからこうやって過ごす時間がすごく好き。
だけど、この数日心に引っかかっていることがあって、ママに言おうかどうか迷っていた。
「どうかした?」
話しかけたのにユズが口を閉ざしていたから、ママがドライヤーの手を止めた。
「あのね……髪切ろうかなって、思ってるんだ」
「切りたいの?」
「う……ん」
本当は切りたくない。ママと過ごす週一回のこの時間が短くなるのは寂しい。
「先に乾かしちゃうわね。風邪ひいたら嫌でしょ」
温風がユズの背中の真ん中あたりまである髪を撫でていく。
水曜日、小川くんに髪を引っ張られた。
別校舎の音楽室に向かう途中だった。
体育の授業のあとの移動で、着替えに少し時間がかかってしまったユズは一人で向かっていた。
乃愛ちゃんがいれば待っていてくれただろうけど、乃愛ちゃんは昨日のダンスレッスン中に怪我をして、今日はお休み。
六月も半分を過ぎるとグループはもうできあがっていて、ユズを待っていてくれるクラスメイトはいなかった。
廊下や階段を走ってはいけないので、焦る気持ちを抑えて階段を上がり切り、音楽室のある四階に着く。
ぱたぱたと靴音が聞こえてきて、小川くんが姿を現した。向かう先はたぶんトイレ。
時間がないから急いで出てきたんだろうな。
一瞬だけ視線が交差して、お互いに何も言わずに通り過ぎた。
その直後、髪をぐいと引っ張られ、頭ががくんと後方に倒れた。短い悲鳴を上げてしまった。
この日ママはお休みで、時間に余裕があったから、ツインテールを編み込みにしてもらった。
とっても嬉しかった。なのに気持ちが一気に沈んだ。
痛かったのと驚いたのもあるけれど、なによりこんな酷いことをされたのは初めてで、ショックだった。
視界の滲む目で振り返ると、小川くんは何もなかったような足取りで、トイレに消えた。
また髪を引っ張られるんじゃないかと思うと、あれ以来、小川くん以外でも人が近づいてくると怖くなった。
それが髪を切ろうかなと思った理由。
だけどママに話すと心配をかけるんじゃないかと思って、ためらってしまう。パパもママもとても忙しいから。
「乾いたわよ。それで、どうして髪を切ろうと思っているの?」
「もうじきプールがあるから、長すぎるとなかなか乾かないし、学校からのお知らせにも書いてあったから」
来月から体育でプールの授業が始まる。
プリントに可能な限り髪は短くしてくださいと書いてあったのを思い出した。
「ああ、そういえば、書いてあったわね。いいの?」
「うん。切る」
決心がついた。ずっと怖がって悩んでいるのも嫌だなって思ったから。
「じゃ、いつものところに予約入れるわね」
翌週の日曜日。肩に触れる長さまでばっさりカットした。
乃愛ちゃんはもったいないもったいないと残念がってくれた。
小川くんはユズを見てぽかんとしたあと、口元をきゅっと引き結んだ。
ユズには悔しそうな表情に見えて、勝ったと思った。これでもう髪を引っ張られないよね、と。
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読みに来てくださり、ありがとうございます。ほっこりじんわり大賞用の現代恋愛を28日から開始する予定です。初恋のドキドキを読みにきていていただけると、嬉しいです。
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