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第三部 仲良し姉妹
58 最期の時
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お姉ちゃんが亡くなって6年目。命日の今日、あたしたち3人と、海野の祖父母5人で七回忌の法要を行った。
夏真っ盛り。暑い時間は避けようとなって、夕方4時からにしてもらった。
クーラーのよく効いた室内で読経と焼香をし、お墓参りのため外に出ると、むわっとする熱気に襲われた。
日傘で西日を遮りながら、読経を聞いていると、少し頭がぼんやりして、あたしの意識はそこで途切れた。
はっと気がついた時、目の前に海があった。
ぎょっとして腰を浮かすと、
「大丈夫。大丈夫だよ、麻帆」
落ち着いた姉の声が聞こえた。
「お姉ちゃん、これ、どんな状況?」
お墓にいたはずなのに、知らないうちに海に来ているなんて。
それに、喪服からいつもの服に着替えている。
昔使っていたテントの中にいて、人目は気にしなくて良さそうだけど。
事態が呑み込めなくて、少し怖い。
「麻帆ね、倒れそうになったの。たまたま私が出てこられたから、怪我はせずにすんだけど。私が動かせていたってことは、熱中症じゃないと思う」
「途中で頭がぼんやりするなって思ってた。倒れる前触れだったんだね。お姉ちゃんありがとう」
「無事に戻って来られて良かった。また私が麻帆になるのかなって、どきどきしちゃった。会食のお料理は、しっかりいただいたよ。とても美味しかった」
「そっか。あたし、またお姉ちゃんに、自分の法要に出席させちゃったね」
一回忌は現実から逃げたから、あたしは納骨を見ていない。
「自分の納骨を見ることになるなんて。もう」とお姉ちゃんから恨み節の混ざった報告を聞いた。
三回忌はちゃんと出席したのに、七回忌でまたお姉ちゃんが出るはめになった。
「今回は、お姉ちゃんのせいかもしれないよ」
「どういうこと?」
お姉ちゃんの口調は変わらない。それなのに、悪い話をする予感がした。
「お姉ちゃん、たぶんもうちょっとで消えると思うんだ」
「冗談、だよね」
「こんなに長い時間、起きていられるなんて、最近じゃなかったもん。神様が、最後だからしっかり話しておいでって、時間をくれたのかなって」
「嫌だよ。お姉ちゃんがいなくなるなんて、あたし‥‥‥」
胸がきゅうっと痛くなる。呼吸がしづらい。涙で視界が歪む。
「泣かないで、麻帆。お姉ちゃんも、いなくなるのすごく残念だよ。麻帆が働く姿を見たいし、花嫁姿も見たい。麻帆の子供も見たい。年を取っても、最後まで一緒にいたい。でも、できないんだよ。タイムリミットが来たんだよ」
「嫌だよ。嫌だ!」
ぽろぽろと流れる涙が邪魔で、手の甲で乱暴に拭う。
「お姉ちゃん、強い意志があったら、消えないと思う。絶対消えないって、ずっとあたしと一緒にいるって思って。強く思って」
「麻帆‥‥‥どうにもならないこともあるよ」
「なるよ! 弱気になっちゃダメ! どこにもいかないって、強く、強く思ったら‥‥‥どうにかなるよぉ」
涙が溢れて溢れて、止まらない。
たぶん、心のどこかで、もうすぐ姉が消えてしまうんじゃないかって、わかっていた。
その時がきたら、心配をかけないように、しっかりしたあたしでいないと、って思っていた。
それなのに、あたしはやっぱり弱い。
お姉ちゃんがいなくなることが、嫌で、不安で、仕方がない。
「ごめんね。ごめんね、麻帆。でも、麻帆は一人じゃないよ」
「どう、いうこと」
「麻帆には航くんがいるでしょ。航くんが、麻帆を支えてくれるから。少し前に話ができたの。麻帆が航くんに、私たちのこと話したでしょ。そのお陰で、私は汐里として、話ができたの。麻帆の今後をちゃんとお願いしておいた。航くんは、私にお願いされなくても、麻帆を支えてくれる覚悟をしてくれていた。航くんが信頼できる人っていうのは、麻帆がよくわかってるでしょ」
「‥‥‥うん」
「生きてる人同士で手を取って、支え合って、一緒に年を重ねていって。航くんとなら、幸せになれる。時には意見が食い違ってケンカになるかもしれないけど、お互いを理解して、信じて、意地を張らずに素直になって。この先つらいことは絶対ある。だけど、何があっても生きることを諦めないで。その足でしっかり立って、前を向いて進んでいって。麻帆なら大丈夫。お姉ちゃんが保証する」
「お姉ちゃんが言うなら、間違いないね」
その時が来ているなら、安心させてあげないといけない。
姉の言葉をしっかりと刻み込む。
「事故の後、ちゃんとお別れできなくてつらかった。お姉ちゃんが帰ってきてくれて、すっごく嬉しかったよ」
「お姉ちゃんも」
「二度もお別れしないといけないなんて、考えたくなかったけど、見方を変えるとチャンスをもらえたってことだったのかな」
「そうだね。二度目の別れの時が来るまでに、何をしなきゃいけないのか、何ができるのかを考えて実行する、私たちに必要な時間だったんだよ。麻帆はちゃんと成長できた。頑張ったね、麻帆」
「お姉ちゃんがいてくれたからだよ」
あたしたちはたくさん話をした。
あたしが生まれた時のことから、お姉ちゃんの料理を心待ちにしていたこと、お姉ちゃんのお手伝いをしようとしたこと、隣に並んで一緒に作り始めた時のこと。
キャンプにバーベキューにプール、お花見、果物狩り、遊園地、水族館、テーマパーク。
出かけるのが大好きな両親と、遊びに行った。
失いたくない、たくさんの、大切な思い出たち。
笑って、泣いて、また笑って。
姉の返事がゆっくりになっていく。
姉に合わせて、話のペースを落とす。
やがて、寝息のような深い呼吸になり、
そして、
わたしの頭の中に、
望んでいない静寂が、
訪れた。
夏真っ盛り。暑い時間は避けようとなって、夕方4時からにしてもらった。
クーラーのよく効いた室内で読経と焼香をし、お墓参りのため外に出ると、むわっとする熱気に襲われた。
日傘で西日を遮りながら、読経を聞いていると、少し頭がぼんやりして、あたしの意識はそこで途切れた。
はっと気がついた時、目の前に海があった。
ぎょっとして腰を浮かすと、
「大丈夫。大丈夫だよ、麻帆」
落ち着いた姉の声が聞こえた。
「お姉ちゃん、これ、どんな状況?」
お墓にいたはずなのに、知らないうちに海に来ているなんて。
それに、喪服からいつもの服に着替えている。
昔使っていたテントの中にいて、人目は気にしなくて良さそうだけど。
事態が呑み込めなくて、少し怖い。
「麻帆ね、倒れそうになったの。たまたま私が出てこられたから、怪我はせずにすんだけど。私が動かせていたってことは、熱中症じゃないと思う」
「途中で頭がぼんやりするなって思ってた。倒れる前触れだったんだね。お姉ちゃんありがとう」
「無事に戻って来られて良かった。また私が麻帆になるのかなって、どきどきしちゃった。会食のお料理は、しっかりいただいたよ。とても美味しかった」
「そっか。あたし、またお姉ちゃんに、自分の法要に出席させちゃったね」
一回忌は現実から逃げたから、あたしは納骨を見ていない。
「自分の納骨を見ることになるなんて。もう」とお姉ちゃんから恨み節の混ざった報告を聞いた。
三回忌はちゃんと出席したのに、七回忌でまたお姉ちゃんが出るはめになった。
「今回は、お姉ちゃんのせいかもしれないよ」
「どういうこと?」
お姉ちゃんの口調は変わらない。それなのに、悪い話をする予感がした。
「お姉ちゃん、たぶんもうちょっとで消えると思うんだ」
「冗談、だよね」
「こんなに長い時間、起きていられるなんて、最近じゃなかったもん。神様が、最後だからしっかり話しておいでって、時間をくれたのかなって」
「嫌だよ。お姉ちゃんがいなくなるなんて、あたし‥‥‥」
胸がきゅうっと痛くなる。呼吸がしづらい。涙で視界が歪む。
「泣かないで、麻帆。お姉ちゃんも、いなくなるのすごく残念だよ。麻帆が働く姿を見たいし、花嫁姿も見たい。麻帆の子供も見たい。年を取っても、最後まで一緒にいたい。でも、できないんだよ。タイムリミットが来たんだよ」
「嫌だよ。嫌だ!」
ぽろぽろと流れる涙が邪魔で、手の甲で乱暴に拭う。
「お姉ちゃん、強い意志があったら、消えないと思う。絶対消えないって、ずっとあたしと一緒にいるって思って。強く思って」
「麻帆‥‥‥どうにもならないこともあるよ」
「なるよ! 弱気になっちゃダメ! どこにもいかないって、強く、強く思ったら‥‥‥どうにかなるよぉ」
涙が溢れて溢れて、止まらない。
たぶん、心のどこかで、もうすぐ姉が消えてしまうんじゃないかって、わかっていた。
その時がきたら、心配をかけないように、しっかりしたあたしでいないと、って思っていた。
それなのに、あたしはやっぱり弱い。
お姉ちゃんがいなくなることが、嫌で、不安で、仕方がない。
「ごめんね。ごめんね、麻帆。でも、麻帆は一人じゃないよ」
「どう、いうこと」
「麻帆には航くんがいるでしょ。航くんが、麻帆を支えてくれるから。少し前に話ができたの。麻帆が航くんに、私たちのこと話したでしょ。そのお陰で、私は汐里として、話ができたの。麻帆の今後をちゃんとお願いしておいた。航くんは、私にお願いされなくても、麻帆を支えてくれる覚悟をしてくれていた。航くんが信頼できる人っていうのは、麻帆がよくわかってるでしょ」
「‥‥‥うん」
「生きてる人同士で手を取って、支え合って、一緒に年を重ねていって。航くんとなら、幸せになれる。時には意見が食い違ってケンカになるかもしれないけど、お互いを理解して、信じて、意地を張らずに素直になって。この先つらいことは絶対ある。だけど、何があっても生きることを諦めないで。その足でしっかり立って、前を向いて進んでいって。麻帆なら大丈夫。お姉ちゃんが保証する」
「お姉ちゃんが言うなら、間違いないね」
その時が来ているなら、安心させてあげないといけない。
姉の言葉をしっかりと刻み込む。
「事故の後、ちゃんとお別れできなくてつらかった。お姉ちゃんが帰ってきてくれて、すっごく嬉しかったよ」
「お姉ちゃんも」
「二度もお別れしないといけないなんて、考えたくなかったけど、見方を変えるとチャンスをもらえたってことだったのかな」
「そうだね。二度目の別れの時が来るまでに、何をしなきゃいけないのか、何ができるのかを考えて実行する、私たちに必要な時間だったんだよ。麻帆はちゃんと成長できた。頑張ったね、麻帆」
「お姉ちゃんがいてくれたからだよ」
あたしたちはたくさん話をした。
あたしが生まれた時のことから、お姉ちゃんの料理を心待ちにしていたこと、お姉ちゃんのお手伝いをしようとしたこと、隣に並んで一緒に作り始めた時のこと。
キャンプにバーベキューにプール、お花見、果物狩り、遊園地、水族館、テーマパーク。
出かけるのが大好きな両親と、遊びに行った。
失いたくない、たくさんの、大切な思い出たち。
笑って、泣いて、また笑って。
姉の返事がゆっくりになっていく。
姉に合わせて、話のペースを落とす。
やがて、寝息のような深い呼吸になり、
そして、
わたしの頭の中に、
望んでいない静寂が、
訪れた。
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