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第三部 仲良し姉妹

49 アルバイト

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「疲れたぁ」
「お疲れ様、麻帆」

 23時。バイトを終えて帰宅すると、あたしはリビングのソファにぐたっと倒れ込んだ。
 自室までの階段を上がるのも、お姉ちゃんの労いの声に応える気力もなかった。
 朝から夕方まで大学、夕方から22時まで営業のファミレスでアルバイト。
 土日は6時間から8時間ほどのシフト。

 料理人は体力仕事。わかってはいたけど、全身は鉛のようだし、頭はぼんやりする。なんだか体が熱っぽい。

 高校を卒業して、アルバイトをしようと、キッチンで検索をしてみた結果、自宅の最寄り駅の近くにあるファミレスが募集していた。
 大学の近くでと思っていたけど、すぐに家に帰れるのも良いなと思って面接に行った。
 その日のうちに電話がかかってきて、採用が決まった。

 最初は皿洗いからだったけど、その間にお店のマニュアルを覚えて、二週間ほどが経ってから、盛り付け補助もさせてもらえるようになった。
 副菜の置き場所、トッピングの種類、すべてがきっちりと決まっているので、マニュアル通りに覚えないといけない。忙しい時間はミスをしてしまい、先輩から注意を受ける。

 大人と一緒に働くのは、店舗実習以来。高校生ということで許されたミスは、大人と同じ扱いになるため、当然注意を受ける。
 アルバイトとはいえ、責任の重さを痛感した。

「働くって大変だね」と姉に愚痴りつつも、辞めたいとは思わなかった。
 悔しい、出来るようになりたい。そう思って、ほぼ毎日バイトに向かっている。

 短大の授業はより専門的で、高校の授業の延長程度ではなかった。
 二年で栄養士資格取得を目指しているため、必修の授業が多い。疲れたしんどいぐらいでは、休むわけにはいかず、家ではついぐだぐだしてしまう。
 最近は実習以外では料理をしていない。

「麻帆、お風呂入ってからだらだらしちゃいなさい。そこで寝ちゃうから」
「はーい」

 ママの呼びかけに、返事をする。
 わかっているけど、体が動かず、もう少しぐだぐだしてから、やっと立ち上がった。



「8番テーブルできました」
 ランチタイムが少し落ち着いてきて、内心でほっと息をつきながら、料理が出来上がったとフロアに声をかけた。

 やってきたのは航だった。
 航がアルバイトをしているファミレスの面接を受けていたのは、たまたまだった。
 仕事内容は違うけど、入る時間帯はほとんど同じ。

「麻帆、海野さん」
 言い直して、呼び止められた。
「ライスは小です」
「え?!」
 オーダー用紙を見直す。
「すみません」

『小』と書いてあるのに見落としてレギューラーの量を盛ってしまっていた。
 急いで少ない量に盛り直す。
 航はうんと頷いて、料理を運んでいった。

 休憩時間になり、従食で頼んだ冷やし坦々うどんを食べていると、
「お、麻帆。お疲れ」
 航がバターチキンカレーとパンを持って、入って来た。

「お疲れ。さっきはありがとう。ぼんやりしててごめんね」
「いや、セットメニューだから間違えたんだろう。セットでライス小なんて、損だからあまりないんだ。俺がオーダーを受けたから、間違いに気づけた」

「いつもありがとうね」
「お互い様だからな」
 航はにっと笑って、カレーを口に運ぶ。

「初めてのバイト先に航がいてくれて良かった。心強い」
「びっくりしたけどな」
「ファミレスとは聞いてたけど、どこかは知らなかったもんね」

 面接の帰り、店先で航とばったり会った。
 バイト前に従食を食べようと、スタッフ入り口じゃなく表から入ろうとしたところだったらしい。
 誘われて一緒に食事をとり、帰宅してしばらくしてから採用の電話がかかってきた。
 きっと航と知り合いだったから、採用されたんだと思う。
 航はここで二年働いているから、信頼が高い証拠だろう。
 実際、ホールのバイトリーダーを任されている。

「慣れたか?」
「ん? うーん」
 二ケ月が経って、慣れてきたと思ったけど、さっきミスをしたばかり。笑ってごまかすしかない。

「二か月をまだ新人と思うか、もう新人じゃないと思うかは人それぞれだけど、ミスは誰でも起こす可能性はあるから、気にすんな。チームワークでミスが起こらないようにできるし、大事なのはミスをした後どうするかだ」

 ミスの後どうするか? 少し考え、
「謝る?」
 それしか思いつかなかった。

「謝ればいいってもんじゃない。一度したミスは二度としないように気をつける。メモを取る。注意深くオーダー用紙と料理を確認する。できる事はあるだろう」

「うん。そうだね」
 航の言う事はもっともで、あたしは頷く。人によって注文は違うのに、セットだからと決めつけていたから見逃してしまった。これからは決めつけず、ちゃんとオーダー用紙を見ないといけないと、と頭に刻み込む。

「できる事をやったら、切り替えも大事かな。いつまでもへこんでいられたら、気になるからさ。たまにいるんだよ。ずっと暗い顔してるやつ。そんなのに接客されたら嫌じゃね?」

「嫌だね。せっかくご飯食べに来たのに、気になっちゃう」
「飯がまずくなるだろう。ファミレスとはいえ、うまいからな、ここ」

 家族で利用した事がなくて、初めて従食を食べた時、美味しくて驚いた。

「あたしも思ってた。工場で作ったレトルトを温めるだけの所もあるみたいだね」
「俺が二年働いているのは、飯が旨いからなんだよ。勉強してると自炊してる時間もやる気もない。ここなら安くて旨いもんが食えるから、ありがたいんだよ」

 航は相当ここの料理に惚れ込んでいるらしい。

「もう就職しちゃえば」
 麻帆が笑いながら言うと、航も笑った。笑いながらも、ないないと手を振る。
「それはない。なんのために頑張って薬学部受験したと思ってんだ」

 医療系に進むとは言っていたが、医学部は無理だとも言っていた。その航が、医学部並みに偏差値が高い薬学部に進学していた。

「それもそうだね。勉強、あたしより大変でしょ。よくバイトまでできるね」
「気分転換になるんだよ。気が滅入る時があるからさ。でも来年からは、あんま入れないかな」

 その口調がなんだか寂しそうだった。航にとって、働きやすい職場だったんだろうな。あたしにとって、居心地の良い場所になったらいいけど、今はまだわからない。

「勉強、もっと大変になるんだ」
「そうらしい。今でもきついけどな。麻帆もだろ」

「まあね」
「進学したの、後悔してないか? 調理師だったら腕一本で勝負できる世界なのにさ」

 あたしは卒業と同時に調理師免許を取得した。だから調理師と名乗ることができる。
 でも、実際は調理師免許がなくても、キッチンで働く事はできる。
 有名なシェフでも、調理師免許を持っていない人がいて、腕一本で、世界で活躍することが可能な世界。

 でも、そんな人は一握り。
 拘束時間が長く、熱いキッチンに立ちっぱなしで体を酷使するわりには、給料が安いため、離職率も高い。

 クラスメイトは現実を知っていたのか、半分が大学か短大に進学した。

「後悔してないよ。勉強は楽しいとはいえないけど、遊びじゃないから当たり前でしょ。でも食の知識が増えるのは、楽しいと思えてるから」

「それは良かったな。お互い頑張ろうな。今は少し無理をしてでもさ。まあ、体は壊さないようにしないとだけど」

「体は一番大切だからね。ご飯作ってくれる彼女いないの?」
「そんなのいねーから」

「いないんだ。じゃ、ここに来れなくて、ご飯欲しいって時は連絡してよ。あたしに時間があったら、ご飯作りに行ってあげるからさ」

「まじか。それ助かる。冬に風邪引いた時、オカンに連絡したら旅行先でさ、辛かったわ」
「タイミング悪かったね」

「その時は頼むな」
「任せて」

 航には、とても助けられている。航はあたしのご飯を好んでくれているから、ご飯を作るぐらい、大した労力じゃない。
 それに、彼女がいないと聞いてほっとした。
 いるなら出しゃばる訳にはいかないけど、いないなら、あたしがご飯を作りに一人暮らしの家に行っても問題ないからね。
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