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第三部 仲良し姉妹
47 受賞発表2
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「第1位、最優秀賞は、タイカービング、藤村アルンさん」
「おおーーー!!!」
拍手と同時に、どよめきが上がった。
胸を張って、堂々と歩いて行く藤村くんを目で追う。
「残念。お姉ちゃんは悔しい」
お姉ちゃんが悔しがっている。
「藤村くんの作品、圧倒的だったもん」
あたしは、この結果に納得していた。
イチゴ・みかん・オレンジ・りんご・バナナ・パイン・キウイ・アボカド・パパイヤに、大きさの違う花が咲き、ニンジンや大根のカラフルなウサギや蝶が遊んでいる。ブロッコリーの茎を半分に切った中にはリスの親子が。
メルヘンな世界の頂点を統べるのは、もはやどうやって切ったのか想像もできない、ニンジンの孔雀。
同い年の高校生が作ったとは思えないその出来、華やかさは、芸術作品の域に達していた。
藤村くんは頭の上で賞状を掲げて、満面の笑みで盛大に喜んでいた。
「どの作品も三年間の学びを活かし、申し分ない出来栄えでした。みなさん、よく頑張りました」
歓びムードと、落胆ムードの漂う食堂を見渡した安堂先生が続ける。
「いくつかの作品に、特別賞を贈ります」
「おー!」
生徒たちの期待が込められた歓声が上がる。
「西洋料理部門、西尾友加さん、日本料理部門、井手真人さん、製パン・スイーツ部門、山口美郷さん、最後に校長賞、海野麻帆さん。全員前に集合してください」
「え?」
「麻帆! 呼ばれたよ! 校長賞だって、すごい。すごいよ!」
お姉ちゃんが頭の中ではしゃぐ中、あたしは驚きで体が動かず、山口さんに腕を組まれて連れて行ってもらった。
やるだけのことはやった。ベストを尽くした。結果に繋がらなくても構わないと、本気で思った。
それなのに。
クラスメイト43人いる中の、7人に入れた。選んでもらえた。
クラスメイトや保護者たちが目の前で拍手をしてくれている。
でもあたしの手は震え、足が震え、どこを見たらいいのかわからない。
校長先生から手渡された賞状をうまく掴めず、落としそうになるほどの、パニック状態だった。
「麻帆、やったじゃない」
「よくやった。おめでとう!」
元の場所に戻ってきて、ママにハグされた。パパは頭を撫でてくれた。
「ママ、嬉し過ぎて泣いちゃう」
体を離したママの顔を見ると、涙でぐしょぐしょだった。
やっと、パニック状態から抜け出し、あたしは今こそパパとママに感謝の気持ちを伝えないと、と思った。
「あのね‥‥‥」
切りだそうとしたタイミングで、「海野さん」としゃがれた声がかかった。
振り返ると、校長先生が立っていた。
「海野さんの作品、大変楽しかった。味はもちろんだが、食べたことのない世界中の料理を目でも舌でも楽しめた。きっとたくさん考えて、練習もしたのだろうと、伝わった。その頑張りと遊び心を評価したかった。今後も研鑽を続けてください」
「はい! 校長先生、ありがとうございました」
わざわざ理由まで伝えに来てくれた校長先生に、自然と頭が下がった。
「頑張りと遊び心を評価してくれたって。良かったわね、ちゃんと見てもらえて」
ハンカチで顔を拭ったのに、ママはまた目を潤ませている。
あたしは、両親に向き直る。
「ママ、パパ。たくさん心配かけてきて、ごめんなさい。調理科に転科させてくれてありがとう」
改まって言ったことはなかった。
だけど、いつかきちんと伝えないと、とは思っていた。
照れずにちゃんと言えてよかった。
さっき以上に決壊した両親の涙を見て、心から思った。
♢
「麻帆、校長賞だって。良かったね~」
片付けを終えて、帰路に着く。
パパとママは先に帰って、あたしはお姉ちゃんと小声で話しながら歩いていた。
「お姉ちゃん、賞状受け取ってくれてありがとう。落としちゃうところだったよ」
「もらった直後に落とすなんて、もったいないでしょ」
震える手で力が入らず、受け取り損ねて落としかけたところ、お姉ちゃんが指に力を入れて、賞状を掴んでくれた。
「あたしの体使うの、慣れてきたんじゃない」
「わりと滑らかに動かせるようになったけど、麻帆は気持ち悪くないの? 自分の体、他人に使われて」
「お姉ちゃんなら平気だよ。ここっていう時にしか、動かさないでしょ」
「まあ、あまりやったら悪いと思ってるからね」
「信頼してるから、大丈夫だよ。料理してる時は、止めて欲しいけど」
「それは絶対にしない。見てる方が楽しいもん」
「それわかる。きれいな包丁さばきは、見てて気持ち良いよね」
お弁当の詰める作業を終えてから、藤村くんのカービングの技術を見た時には、見惚れてしばらく動けなかった。
専用のナイフで切り込みをいれ、切り取った箇所を取り除く。それを繰り返すと、きれいな花が出来上がった。
これずっとみていられるやつだ、と興味を惹かれた。
そして、出来上がった芸術作品に、惜しげもなく包丁を入れて、カットし、食べた。フルーツはそのまま、野菜は火を入れて、味をつけて。
あたしたちは食べる物として調理をする。それとは違う気がしたから、藤村くんがふつうにみんなに配っていて、驚いた。
食べられる芸術。
と言われているらしい。
「タイカービング、いつかあたしもやってみようかな」
「教室に習いに行くのもいいかもね」
「そうだね」
やってみたいな、そんな衝動に突き動かされた。
「おおーーー!!!」
拍手と同時に、どよめきが上がった。
胸を張って、堂々と歩いて行く藤村くんを目で追う。
「残念。お姉ちゃんは悔しい」
お姉ちゃんが悔しがっている。
「藤村くんの作品、圧倒的だったもん」
あたしは、この結果に納得していた。
イチゴ・みかん・オレンジ・りんご・バナナ・パイン・キウイ・アボカド・パパイヤに、大きさの違う花が咲き、ニンジンや大根のカラフルなウサギや蝶が遊んでいる。ブロッコリーの茎を半分に切った中にはリスの親子が。
メルヘンな世界の頂点を統べるのは、もはやどうやって切ったのか想像もできない、ニンジンの孔雀。
同い年の高校生が作ったとは思えないその出来、華やかさは、芸術作品の域に達していた。
藤村くんは頭の上で賞状を掲げて、満面の笑みで盛大に喜んでいた。
「どの作品も三年間の学びを活かし、申し分ない出来栄えでした。みなさん、よく頑張りました」
歓びムードと、落胆ムードの漂う食堂を見渡した安堂先生が続ける。
「いくつかの作品に、特別賞を贈ります」
「おー!」
生徒たちの期待が込められた歓声が上がる。
「西洋料理部門、西尾友加さん、日本料理部門、井手真人さん、製パン・スイーツ部門、山口美郷さん、最後に校長賞、海野麻帆さん。全員前に集合してください」
「え?」
「麻帆! 呼ばれたよ! 校長賞だって、すごい。すごいよ!」
お姉ちゃんが頭の中ではしゃぐ中、あたしは驚きで体が動かず、山口さんに腕を組まれて連れて行ってもらった。
やるだけのことはやった。ベストを尽くした。結果に繋がらなくても構わないと、本気で思った。
それなのに。
クラスメイト43人いる中の、7人に入れた。選んでもらえた。
クラスメイトや保護者たちが目の前で拍手をしてくれている。
でもあたしの手は震え、足が震え、どこを見たらいいのかわからない。
校長先生から手渡された賞状をうまく掴めず、落としそうになるほどの、パニック状態だった。
「麻帆、やったじゃない」
「よくやった。おめでとう!」
元の場所に戻ってきて、ママにハグされた。パパは頭を撫でてくれた。
「ママ、嬉し過ぎて泣いちゃう」
体を離したママの顔を見ると、涙でぐしょぐしょだった。
やっと、パニック状態から抜け出し、あたしは今こそパパとママに感謝の気持ちを伝えないと、と思った。
「あのね‥‥‥」
切りだそうとしたタイミングで、「海野さん」としゃがれた声がかかった。
振り返ると、校長先生が立っていた。
「海野さんの作品、大変楽しかった。味はもちろんだが、食べたことのない世界中の料理を目でも舌でも楽しめた。きっとたくさん考えて、練習もしたのだろうと、伝わった。その頑張りと遊び心を評価したかった。今後も研鑽を続けてください」
「はい! 校長先生、ありがとうございました」
わざわざ理由まで伝えに来てくれた校長先生に、自然と頭が下がった。
「頑張りと遊び心を評価してくれたって。良かったわね、ちゃんと見てもらえて」
ハンカチで顔を拭ったのに、ママはまた目を潤ませている。
あたしは、両親に向き直る。
「ママ、パパ。たくさん心配かけてきて、ごめんなさい。調理科に転科させてくれてありがとう」
改まって言ったことはなかった。
だけど、いつかきちんと伝えないと、とは思っていた。
照れずにちゃんと言えてよかった。
さっき以上に決壊した両親の涙を見て、心から思った。
♢
「麻帆、校長賞だって。良かったね~」
片付けを終えて、帰路に着く。
パパとママは先に帰って、あたしはお姉ちゃんと小声で話しながら歩いていた。
「お姉ちゃん、賞状受け取ってくれてありがとう。落としちゃうところだったよ」
「もらった直後に落とすなんて、もったいないでしょ」
震える手で力が入らず、受け取り損ねて落としかけたところ、お姉ちゃんが指に力を入れて、賞状を掴んでくれた。
「あたしの体使うの、慣れてきたんじゃない」
「わりと滑らかに動かせるようになったけど、麻帆は気持ち悪くないの? 自分の体、他人に使われて」
「お姉ちゃんなら平気だよ。ここっていう時にしか、動かさないでしょ」
「まあ、あまりやったら悪いと思ってるからね」
「信頼してるから、大丈夫だよ。料理してる時は、止めて欲しいけど」
「それは絶対にしない。見てる方が楽しいもん」
「それわかる。きれいな包丁さばきは、見てて気持ち良いよね」
お弁当の詰める作業を終えてから、藤村くんのカービングの技術を見た時には、見惚れてしばらく動けなかった。
専用のナイフで切り込みをいれ、切り取った箇所を取り除く。それを繰り返すと、きれいな花が出来上がった。
これずっとみていられるやつだ、と興味を惹かれた。
そして、出来上がった芸術作品に、惜しげもなく包丁を入れて、カットし、食べた。フルーツはそのまま、野菜は火を入れて、味をつけて。
あたしたちは食べる物として調理をする。それとは違う気がしたから、藤村くんがふつうにみんなに配っていて、驚いた。
食べられる芸術。
と言われているらしい。
「タイカービング、いつかあたしもやってみようかな」
「教室に習いに行くのもいいかもね」
「そうだね」
やってみたいな、そんな衝動に突き動かされた。
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