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第三部 仲良し姉妹

41 文化祭

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 調理準備は前日から始まった。
 スープ&パンと、デセール&ソルベは実習室で作り、前菜とメインは食堂の厨房を借りた。作り置きや下ごしらえできるものは、順に作って冷蔵庫に収めていく。

 前菜班は野菜のテリーヌを先に作った。
 ニンジン・オクラ・ヤングコーン・トマトを切り、必要に応じて茹でたあと、花型にバランス良く入れていく。水と白だしを火にかけてゼラチンを溶かして型に注ぎ、冷蔵庫で冷やす。

 本来は名前の元になっている長方形の型で作るものだから、大量生産も考えると、花型はやめた方がいいんじゃないかと言う意見も出た。
 でも花型はかわいい。かわいいは正義。じゃあ、六人で頑張って作ろう。幸い、前日から作っておける。当日は半分に切り分けて、盛り付けるだけだし、と結論を出した。

 実際に作ってみると、細かい作業になり、長方形の型の方がきっと楽だっただろうなと、思った。でも決めたことだから、今はひたすら手を動かして、作っていくしかない。
 せっせと作って冷蔵庫で冷やし、固まると、別の皿に移して、その型でまたテリーヌを作った。

 当日の今日は、あたしのカナッペがある。ジャガイモを湯がいて裏ごしし、バターを入れて火にかける。少し牛乳を入れて、滑らかになるとピューレの出来上がり。
 酢漬けは前日から漬け込み、盛り付けの時に小さくカットする。
 うずらたまごも大量にゆがいて皮を剥いた。

 土曜日の今日は50食を、明日は70食を用意することにしている。

 11時半、『コース de アラカルト』がオープンした。
 学校のホームページに告知していたからか、待ちかねたお客さんたちが、食堂にやってくる。
 親子連れ、年配者、生徒の保護者。
 フロア担当の1年から3年の調理科の生徒たちが、テーブルクロスやアレンジメントフラワーで飾り付けをしたテーブルに案内していく。

「注文お願いします。オードブル2ドゥ、アントレ2ドゥ
 二年生の男子が、やや硬い声で、一番目の注文を厨房に伝えた。
「ウィ」
 肉担当と前菜担当が、返事をする。緊張と喜びの混ざった声だった。

 まずは前菜から運ぶため、あたしはカナッペを作っていく。緊張で力が入ってしまいそうになるけど、クッラカーを割らないように注意しながら、ペーストを塗り、盛り付け用の皿に置いた。カマンベールチーズをのせ、半分に切ったうずらたまごを滑り落ちないように慎重に乗せる。切ってくれていたパプリカとキュウリをちょんちょんとのせて、乾燥パセリをぱらぱら。

 テリーヌに交代し、仕上げまでお願いする。その間にあたしはもう一つのカナッペを作る。
 カナッペの斜め上にテリーヌ、テリーヌの前にソースマヨネーズをしゅっと流して、前菜が出来上がった。

 待機していた生徒が最初の二皿を運んで行った。
 本当は食べる様子を見たかったけど、コースの注文が入ったり、単品で入ったりと余裕はなかった。

 閉店時間は17時だけど、15時までには完売できればいいねと、みんなで話していた。



 残り5食を残して、注文が緩やかになった。
 時刻はまもなく15時。デセール担当たちが、忙しくしている。マカロンケーキとソルベを作った大浦愛花さんが、リーダーになっていた。

 マカロンケーキはホイップクリームを色のついたマカロンで挟んだもの。中に巨峰とマスカット、上にデラウエアとホイップクリームでデコレーションしている。
 梨のソルベはスム―ジのようなシャリシャリした触感。
 投票では、この二種が群を抜いていた。

「すみません。海野先輩」
 一年生から声をかけられた。先輩と呼ばれるのには、いまだに慣れなくて、ちょっと恥ずかしい。

「手が空いていたら、サーブして欲しいと、ご家族の方が」
「家族? ママかな? 作って持って行くと伝えて」

 注文票には12番テーブル、オードブル1、と書かれていた。
 一人で盛り付けまでして、厨房から離れた壁際の席に向かう。

「あ、航だ」
 12番テーブルに座っていたのは、仕事を終えたママではなくて、幼馴染だった。

「よっ、来たぜ」
「なんで知ってんの? ママから聞いたの?」

「何言ってんだよ。夜中にメッセージ送ってきたくせに」
「え? 送ってないよ」

 あたしはメッセージを送っていない。
「寝ぼけてたんじゃねえの。ほら」

 画面を見せられた。たしかにあたしのスマホから送られたものだった。
 時刻は1:32。
「そっか。寝ぼけて送ったんだね。ごめん。来てくれてありがとう」
 犯人はお姉ちゃんだ。夜中にこっそり、あたしの体を使って送ったんだ。

「夏野菜のテリーヌと、カナッペでございます。ごゆっくりどうぞ」
「今忙しいの?」

「ううん。もう暇だよ」
「じゃ、ちょっと座っていけよ」

 少し考えて、まあいいかと隣の席に腰を下ろした。

「麻帆が作ったの、どっち」
「クラッカーの方」
「おお。こっちか」

 航はカナッペを持ち上げ、ぽんと口に放り込んだ。

「‥‥‥うん‥‥‥ん‥‥‥うまい」
「ほんと?」

「うん。酸っぱいのがいいな。黒コショウもぴりってしてていい」
「前菜だから、物足りないでしょ」

「もっと食べたいな。これ他のものにアレンジできないの?」
「そりゃ、いろいろできるよ。サーモンとクリームチーズとか。アボカドと海老とか」

「それもうまそうだな。お酒に合いそう」
「メインが来るまでの、お腹をちょっと満たす物だから、満腹にはならないけど、食欲刺激されるでしょ」

「いろんなアレンジができるなら、これだけでも満足できそうだよ。今度作ってくれよ」
「うん。まあ、いいけど。テリーヌも食べてよ。そのソースをつけて食べるんだよ」

「フォークとナイフって苦手なんだよな」
 カトラリーセットを覗いて、軽く首を横に振った。
「お箸もあるでしょ」
「お、ほんとだ」

 苦手な人のために、カトラリーセットには割り箸も用意した。
 航はお箸でテリーヌを割って、挟む。
 フレンチをお箸で食べるのは少し違和感があるけど、ここは学校だから、テーブルマナーをお客さんに求めていない。

 ソースマヨネーズをちょんとつけて、テリーヌを口に入れる。
「野菜だな」
「まあ、そうだね。苦手だっけ」

「あんまり好きじゃない」
「体のためには食べないとね。残さないでよ」
「わかってるよ」

 航は、野菜は苦手と言いながらも、全部食べてくれた。
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