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第三部 仲良し姉妹
36 将来について
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30分休憩して、実習に戻った。
昼時が過ぎても、ほどほどに混んでいた。お客さんは食後のまったりした時間を、本やスマホで過ごしている。
「海野さんが、桃谷くんに教えてあげて。人に教えるのも勉強になるからね。ただし、曖昧な事があれば、必ず私に確認してね」
オーナーに言われて、あたしが桃谷くんにオーダーの取り方やキッチンへの連絡を教える。
オーダーの略語はキッチンで教わっていた。
桃谷くんは呑み込みが早い上に、ずっと落ち着いていた。お水を頼まれる前に、先にすっと動いてお水を注ぎに回り、後片付けの手際も良かった。
昼時ほどの忙しさじゃないとはいえ、だいぶ楽だった。相方によってやりやすさが違うなんて思いもしなかった。
「桃谷くん、すごいね。ずっとここで働いてる人みたい」
お姉ちゃんも褒めている。
お客さんがゼロになったタイミングで、オーナーに話しかけられた。
「桃谷くん、落ち着いてるけど、飲食店でバイトしてるの?」
「実家が中華料理屋なんです。小さい頃から手伝っているので、接客には慣れています。だからキッチンから先にさせてもらったんです」
「お客さんをよく見ていて、動きも良かった。言うことなし。将来が楽しみだわ」
「ありがとうございます」
「海野さんは、慌てんぼさんだから、一つひとつ確実にこなしていくようにしようね」
「いろいろ失敗しちゃって、すみませんでした」
「よく頑張ってくれました。明日もよろしくね」
15時半になって、実習の時間が終了した。
エプロンを外して、あたしたちは学校に戻るその道中。
あたしはなぜか、桃谷くんと二人で歩いていた。大浦さんは先に行ってしまって、姿も見えない。
「大浦さん、どうしちゃったんだろう。何か用事でもあるのかな?」
桃谷くんと二人だけにされても、ちょっと困る。
「僕に怒ってるんだ」
桃谷くんは焦りもしないで、冷静な口調で言った。
「怒らせるような事あった?」
「僕が先にキッチンに入ったからだよ」
「まだひきずってるの? もう夕方なのに」
昼休憩の時から不機嫌だったけど、疲れたからだと思ってた。
「愛花は人見知りなんだ。ほとんど話した事のない海野さんと、苦手な接客。ダブルピンチに僕が知らんぷりしてたから。それで怒ってるんだよ」
「人見知りなんだ。どうりで声も小さいし、オーダー取りに行くのあまりしなかったんだ」
積極的じゃなかった理由が分かった。大浦さんに頼み事をしたくても、背中ばかり見せるから、頼めないことが多かった。
「そうだったんだね。何か迷惑かけてなかった?」
「迷惑ってわけじゃないけど、一緒に仕事をする相手によって、やりやすさが違うんだなって感じた」
「チームプレーだからね。連携がうまくいかないと、ミスに繋がっちゃうから」
「桃谷くん、同い年とは思えないぐらい、経験豊富だね」
「いやいや。所詮、家業の手伝い程度だから。就職したら通用するかは、わからないよ」
謙遜しているけど、胸を張っていいぐらいのレベルだったと思う。とても頼りになったし、オーナーさんもお姉ちゃんも褒めていた。
「桃谷くんは、就職するの? お家を継ぐとか?」
「僕は大学進学するよ。経営の勉強をしたいから。それに、家業はたぶん継がない。継いで欲しいとは言われてないし」
「言わなくても、思ってるかもしれないよ」
「いや、ないかな。小さい店だし、ずっと大きい会社に就職しろって言われてて。実は、調理科に進むのも、反対されたんだ」
お家は飲食店なのに、調理科に進むのを反対する親もいるんだ。
「そうなんだ。家業は継ぐものって思ってた」
「海野さん、以外と古風だね。個人経営って、けっこう大変なんだよ。親父は二代目だから、よくわかってるんだ。夢のない話してごめんね」
「ああ、うん、大丈夫。自分でお店をやろうっていう夢は、今のところないから」
桃谷くんは飲食店の裏の事情に詳しかった。大変だと知っているのに、それでも経営を勉強したいという目標を持っている。知っているからこそ、なのかな。
「海野さんは就職組?」
聞かれるだろうなと思っていた。
「まだ決めてなくて。料理は好きだけど、何料理のシェフになりたいとか、まだよくわからなくて」
あたしはまだ、自分が料理で何をしたいのかわかっていない。転科までして進んだ調理科なのに。
「大浦さんは、もう決めてるのかな?」
「愛花は就職するつもりだよ。パティシエールを目指しているから、ケーキ屋で修行するって」
「パティシエールか。夢があるんだね」
「人に対しては逃避行動を取るけど、料理と製菓に関しては、職人気質なんだ。妥協するのが嫌で、納得する味が出来るまで、ずっと研究して、作り続けてる。寝不足なんてざらで、心配になるけど、そのこだわりはすごいなって、思うよ」
「寝不足になるほど考えて、作り続けるって、集中力もだけど、根性もすごいね」
「そうだな。僕は、そこまでできないから」
「あたしも、まだそこまでしたことないなあ。でも、羨ましい。そんなに打ち込めるなんて」
料理だけじゃなくて、何かに打ち込めるものがある人は、強いなって思う。
「海野さんも、転科でみんなより遅れてるのに、すごい努力して、追いついてるんだから、すごいよ」
「ええ? そう? ありがとう。料理好きだから」
褒めてもらうために頑張っているわけじゃないけど、でも誰かが見ていてくれて、褒めてもらえるのは、恥ずかしいけど嬉しかった。
教室に着くなり、桃谷くんは大浦さんの所に真っ直ぐに向かった。
ホームルームが終わって、二人が一緒に教室を出るのを見かけた。大浦さんは笑顔になっていて、仲直りをしたようで安心した。
昼時が過ぎても、ほどほどに混んでいた。お客さんは食後のまったりした時間を、本やスマホで過ごしている。
「海野さんが、桃谷くんに教えてあげて。人に教えるのも勉強になるからね。ただし、曖昧な事があれば、必ず私に確認してね」
オーナーに言われて、あたしが桃谷くんにオーダーの取り方やキッチンへの連絡を教える。
オーダーの略語はキッチンで教わっていた。
桃谷くんは呑み込みが早い上に、ずっと落ち着いていた。お水を頼まれる前に、先にすっと動いてお水を注ぎに回り、後片付けの手際も良かった。
昼時ほどの忙しさじゃないとはいえ、だいぶ楽だった。相方によってやりやすさが違うなんて思いもしなかった。
「桃谷くん、すごいね。ずっとここで働いてる人みたい」
お姉ちゃんも褒めている。
お客さんがゼロになったタイミングで、オーナーに話しかけられた。
「桃谷くん、落ち着いてるけど、飲食店でバイトしてるの?」
「実家が中華料理屋なんです。小さい頃から手伝っているので、接客には慣れています。だからキッチンから先にさせてもらったんです」
「お客さんをよく見ていて、動きも良かった。言うことなし。将来が楽しみだわ」
「ありがとうございます」
「海野さんは、慌てんぼさんだから、一つひとつ確実にこなしていくようにしようね」
「いろいろ失敗しちゃって、すみませんでした」
「よく頑張ってくれました。明日もよろしくね」
15時半になって、実習の時間が終了した。
エプロンを外して、あたしたちは学校に戻るその道中。
あたしはなぜか、桃谷くんと二人で歩いていた。大浦さんは先に行ってしまって、姿も見えない。
「大浦さん、どうしちゃったんだろう。何か用事でもあるのかな?」
桃谷くんと二人だけにされても、ちょっと困る。
「僕に怒ってるんだ」
桃谷くんは焦りもしないで、冷静な口調で言った。
「怒らせるような事あった?」
「僕が先にキッチンに入ったからだよ」
「まだひきずってるの? もう夕方なのに」
昼休憩の時から不機嫌だったけど、疲れたからだと思ってた。
「愛花は人見知りなんだ。ほとんど話した事のない海野さんと、苦手な接客。ダブルピンチに僕が知らんぷりしてたから。それで怒ってるんだよ」
「人見知りなんだ。どうりで声も小さいし、オーダー取りに行くのあまりしなかったんだ」
積極的じゃなかった理由が分かった。大浦さんに頼み事をしたくても、背中ばかり見せるから、頼めないことが多かった。
「そうだったんだね。何か迷惑かけてなかった?」
「迷惑ってわけじゃないけど、一緒に仕事をする相手によって、やりやすさが違うんだなって感じた」
「チームプレーだからね。連携がうまくいかないと、ミスに繋がっちゃうから」
「桃谷くん、同い年とは思えないぐらい、経験豊富だね」
「いやいや。所詮、家業の手伝い程度だから。就職したら通用するかは、わからないよ」
謙遜しているけど、胸を張っていいぐらいのレベルだったと思う。とても頼りになったし、オーナーさんもお姉ちゃんも褒めていた。
「桃谷くんは、就職するの? お家を継ぐとか?」
「僕は大学進学するよ。経営の勉強をしたいから。それに、家業はたぶん継がない。継いで欲しいとは言われてないし」
「言わなくても、思ってるかもしれないよ」
「いや、ないかな。小さい店だし、ずっと大きい会社に就職しろって言われてて。実は、調理科に進むのも、反対されたんだ」
お家は飲食店なのに、調理科に進むのを反対する親もいるんだ。
「そうなんだ。家業は継ぐものって思ってた」
「海野さん、以外と古風だね。個人経営って、けっこう大変なんだよ。親父は二代目だから、よくわかってるんだ。夢のない話してごめんね」
「ああ、うん、大丈夫。自分でお店をやろうっていう夢は、今のところないから」
桃谷くんは飲食店の裏の事情に詳しかった。大変だと知っているのに、それでも経営を勉強したいという目標を持っている。知っているからこそ、なのかな。
「海野さんは就職組?」
聞かれるだろうなと思っていた。
「まだ決めてなくて。料理は好きだけど、何料理のシェフになりたいとか、まだよくわからなくて」
あたしはまだ、自分が料理で何をしたいのかわかっていない。転科までして進んだ調理科なのに。
「大浦さんは、もう決めてるのかな?」
「愛花は就職するつもりだよ。パティシエールを目指しているから、ケーキ屋で修行するって」
「パティシエールか。夢があるんだね」
「人に対しては逃避行動を取るけど、料理と製菓に関しては、職人気質なんだ。妥協するのが嫌で、納得する味が出来るまで、ずっと研究して、作り続けてる。寝不足なんてざらで、心配になるけど、そのこだわりはすごいなって、思うよ」
「寝不足になるほど考えて、作り続けるって、集中力もだけど、根性もすごいね」
「そうだな。僕は、そこまでできないから」
「あたしも、まだそこまでしたことないなあ。でも、羨ましい。そんなに打ち込めるなんて」
料理だけじゃなくて、何かに打ち込めるものがある人は、強いなって思う。
「海野さんも、転科でみんなより遅れてるのに、すごい努力して、追いついてるんだから、すごいよ」
「ええ? そう? ありがとう。料理好きだから」
褒めてもらうために頑張っているわけじゃないけど、でも誰かが見ていてくれて、褒めてもらえるのは、恥ずかしいけど嬉しかった。
教室に着くなり、桃谷くんは大浦さんの所に真っ直ぐに向かった。
ホームルームが終わって、二人が一緒に教室を出るのを見かけた。大浦さんは笑顔になっていて、仲直りをしたようで安心した。
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