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第二部 海野汐里
31 和解
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「さて、麻帆。どうして今日は出てこなかったのかな」
夕食後、部屋に戻った私は、麻帆に話しかけた。
怒っているわけではないけれど、約束を破ったのだから、理由ぐらいは知っておきたい。
「ええっと‥‥‥」
麻帆は言いにくそうに、口ごもる。
「小さい頃から教えてきたでしょ。約束をしたなら、ちゃんと守ることって」
「ごめんなさい」
「起きられなかった? それとも、起きられない事情でもあった? 体、っていうか意識? に何か異変はない? 大丈夫?」
どちらかという、そこが一番気がかりだった。
私たちに起こっている出来事は、不思議過ぎて次に何が起こるか予想がつかない。
だから心配になってしまう。
「それは大丈夫だと思う。時間の感覚がわからなくて寝坊した、みたいな」
体内に目覚まし時計をセットしているわけでもないから、起きる時刻がわからないのは理解できた。
「長い時間眠っていたから仕方がないとは思うけど、できるだけ起きているようにしなさいね。昼間は起きて、夜に寝る。慣らしていかないと、体に戻った時が大変だよ」
安心したからか、ついお小言になってしまった。
「う‥‥‥ん」
「歯切れ悪いね。まさか、ずっとこのままでいいなんて、思ってないよね」
「お姉ちゃんが良ければ、このままでもいいのかなって」
「良くない。お姉ちゃんは幽霊。この体は麻帆の物なの。麻帆の意識が動かしてこそ、なんだから」
どうしてかわからないけど、麻帆に元気がない。声が沈んでいる。
「辛い時は逃げてもいいって、言ってたのに」
「逃げちゃダメな時もあるの。今がその時。お姉ちゃんだっていつまでこっちにいられるのか、わからないんだから」
「ずっといないの?」
「お姉ちゃんに聞かないでよ。不思議な現象に答えなんて出せるわけないんだから」
麻帆が黙る。ちょっといい過ぎたのかな。
「気が乗らないの?」
「そうじゃないんだけど、あんなこと言っておいて、戻るなんてしていいのかなって」
「そんなこと気にしてるの?」
「だって、ついこの間のことだから、あたしには」
「あ、そっか。そうだったね。気がつかなくてごめんね」
麻帆とケンカをした日から、現実の時間は九ヶ月経過しているけれど、眠っていた麻帆にとっては、ほんの少し前の感覚なんだ。だから気まずくて、困ってたんだね。
「お姉ちゃんとケンカしたの初めてだったし、それに完全に八つ当たりだったから、お姉ちゃんに呆れられても仕方がないし、酷いことたくさん言ったなって」
「つらかったよね。勇気を出したのにママとパパに反対されて。お姉ちゃんも悪かったなって思ってた。私がいたら味方になってやれたのにって。だけど声は届かなくて、何もしてやれなかった。無責任だった。ごめんね」
「ううん。お姉ちゃんがあたしのためを思ってくれてたのはわかってた。お姉ちゃんはいつも気づかってくれるから。一人でパパとママに立ち向かって、非力な自分を知って、情けなかった。お姉ちゃんに頼り切ってた」
「それは、私が過保護にしちゃったからだよ。私が幽霊になったのは、麻帆を私から独り立ちさせるためだね。いつまでもお姉ちゃんに甘えてちゃダメ。麻帆が自分の足で立てるようにしてきなさいって、神様が遣わせてくれたのかも」
「じゃあずっといてよ」
「独り立ちしません宣言しないで。しっかりしなさい」
「う‥‥‥わかった」
素直でよろしい。
思い返せば、麻帆に反抗期はなかった。それだけ私や家族を信頼してくれてたんだろうけど、私たちも甘やかしすぎてしまった。麻帆が可愛かったから。
「それで、これからどうしようか。どうやったら私、幽霊に戻れるんだろうね」
「戻らなくていいよ。このままで」
「ええ? 大丈夫なのかな」
「なにが?」
「だって、一つの体に、二つの意識って。脳と体のバランスとか、平気なのかなって」
「まあ、いいんじゃないの。楽しいし」
「楽しい、のかなあ。まあ、麻帆がそれでいいならいいけど。それで、まだ体の主導権を取り戻すつもりはないわけ?」
「それは、おいおい?」
少し明るい声になってきた。本来の麻帆が少し顔をだしてきたかな。
「適当だなあ。戻りたくないの? 早く料理したいでしょ」
「しばらくお姉ちゃんの手際を観察してるよ」
「なにそれ。手際が悪いってバカにしてるなあ」
「してないしてない。お姉ちゃんも、料理が苦手なままだと、成仏しきれないでしょ」
「言うなあ。じゃあ、お姉ちゃんが実習受けるから、麻帆は座学受けなよね。おあいこでしょう」
「まあ、それもおいおい。じゃ、おやすみ」
「待ちなさい。麻帆。ったくもう」
驚くほどの速度で麻帆は眠ってしまった。
夕食後、部屋に戻った私は、麻帆に話しかけた。
怒っているわけではないけれど、約束を破ったのだから、理由ぐらいは知っておきたい。
「ええっと‥‥‥」
麻帆は言いにくそうに、口ごもる。
「小さい頃から教えてきたでしょ。約束をしたなら、ちゃんと守ることって」
「ごめんなさい」
「起きられなかった? それとも、起きられない事情でもあった? 体、っていうか意識? に何か異変はない? 大丈夫?」
どちらかという、そこが一番気がかりだった。
私たちに起こっている出来事は、不思議過ぎて次に何が起こるか予想がつかない。
だから心配になってしまう。
「それは大丈夫だと思う。時間の感覚がわからなくて寝坊した、みたいな」
体内に目覚まし時計をセットしているわけでもないから、起きる時刻がわからないのは理解できた。
「長い時間眠っていたから仕方がないとは思うけど、できるだけ起きているようにしなさいね。昼間は起きて、夜に寝る。慣らしていかないと、体に戻った時が大変だよ」
安心したからか、ついお小言になってしまった。
「う‥‥‥ん」
「歯切れ悪いね。まさか、ずっとこのままでいいなんて、思ってないよね」
「お姉ちゃんが良ければ、このままでもいいのかなって」
「良くない。お姉ちゃんは幽霊。この体は麻帆の物なの。麻帆の意識が動かしてこそ、なんだから」
どうしてかわからないけど、麻帆に元気がない。声が沈んでいる。
「辛い時は逃げてもいいって、言ってたのに」
「逃げちゃダメな時もあるの。今がその時。お姉ちゃんだっていつまでこっちにいられるのか、わからないんだから」
「ずっといないの?」
「お姉ちゃんに聞かないでよ。不思議な現象に答えなんて出せるわけないんだから」
麻帆が黙る。ちょっといい過ぎたのかな。
「気が乗らないの?」
「そうじゃないんだけど、あんなこと言っておいて、戻るなんてしていいのかなって」
「そんなこと気にしてるの?」
「だって、ついこの間のことだから、あたしには」
「あ、そっか。そうだったね。気がつかなくてごめんね」
麻帆とケンカをした日から、現実の時間は九ヶ月経過しているけれど、眠っていた麻帆にとっては、ほんの少し前の感覚なんだ。だから気まずくて、困ってたんだね。
「お姉ちゃんとケンカしたの初めてだったし、それに完全に八つ当たりだったから、お姉ちゃんに呆れられても仕方がないし、酷いことたくさん言ったなって」
「つらかったよね。勇気を出したのにママとパパに反対されて。お姉ちゃんも悪かったなって思ってた。私がいたら味方になってやれたのにって。だけど声は届かなくて、何もしてやれなかった。無責任だった。ごめんね」
「ううん。お姉ちゃんがあたしのためを思ってくれてたのはわかってた。お姉ちゃんはいつも気づかってくれるから。一人でパパとママに立ち向かって、非力な自分を知って、情けなかった。お姉ちゃんに頼り切ってた」
「それは、私が過保護にしちゃったからだよ。私が幽霊になったのは、麻帆を私から独り立ちさせるためだね。いつまでもお姉ちゃんに甘えてちゃダメ。麻帆が自分の足で立てるようにしてきなさいって、神様が遣わせてくれたのかも」
「じゃあずっといてよ」
「独り立ちしません宣言しないで。しっかりしなさい」
「う‥‥‥わかった」
素直でよろしい。
思い返せば、麻帆に反抗期はなかった。それだけ私や家族を信頼してくれてたんだろうけど、私たちも甘やかしすぎてしまった。麻帆が可愛かったから。
「それで、これからどうしようか。どうやったら私、幽霊に戻れるんだろうね」
「戻らなくていいよ。このままで」
「ええ? 大丈夫なのかな」
「なにが?」
「だって、一つの体に、二つの意識って。脳と体のバランスとか、平気なのかなって」
「まあ、いいんじゃないの。楽しいし」
「楽しい、のかなあ。まあ、麻帆がそれでいいならいいけど。それで、まだ体の主導権を取り戻すつもりはないわけ?」
「それは、おいおい?」
少し明るい声になってきた。本来の麻帆が少し顔をだしてきたかな。
「適当だなあ。戻りたくないの? 早く料理したいでしょ」
「しばらくお姉ちゃんの手際を観察してるよ」
「なにそれ。手際が悪いってバカにしてるなあ」
「してないしてない。お姉ちゃんも、料理が苦手なままだと、成仏しきれないでしょ」
「言うなあ。じゃあ、お姉ちゃんが実習受けるから、麻帆は座学受けなよね。おあいこでしょう」
「まあ、それもおいおい。じゃ、おやすみ」
「待ちなさい。麻帆。ったくもう」
驚くほどの速度で麻帆は眠ってしまった。
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