上 下
28 / 59
第二部 海野汐里

28 実習1 器具の準備

しおりを挟む
 もう、麻帆! どうして出てこないのよ!
 私はぷりぷりと怒りながら、実習室に向かっていた。
 お昼で授業が終わり、一人寂しく教室でお弁当を食べて、麻帆が出てくるのを待っていた。
 呼びかけても麻帆は応じず。
 狸寝入りって感じでもないから、時間の感覚が狂っているのかも。

 実習室に入ると、コックコート姿の先生がすでに待機してくれていた。
 
「先生、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。まず隣の準備室で、コックコートに着替えてきてください」

 言われる通りに準備室に入る。
 コックコートは家で何度か袖を通した。

 中は学校のブラウスを着たままでいいのかわからなくて、最初に連絡先を交換したクラスメイトに訊ねた。
「ブラウスだと暑いから、Tシャツがいいよ」と教えてもらった。
 
 ブレザーとブラウスを脱いでTシャツの上からコックコートを着る。
 前身頃は二枚重ねになっていて、合わせを入れ替えると汚れを隠せるようになっている。
 それに、生地が厚いので熱を感じにくくなっているらしい。

 下はズボン。腰には膝丈の黒いエプロンをつけて、前で紐を結ぶ。
 ネッカチーフを折りたたみ、ネクタイの要領で結んで首に巻く。最後に髪を覆う帽子をかぶった。
 全身鏡が置いてあったので、チェックする。コックコートは麻帆の体によく似合っていた。

「お待たせしました」
「海野さん、エプロンの紐の縛り方を間違えています」
「え? 間違ってるんですか?」
 実習室に戻ると、さっそく先生から間違いを指摘された。

「リボン結びだと、余った紐が器具に引っ掛かってしまうと危ないです。一文字結びをしましょう」
 そう言って、先生はご自身のエプロンを外して、結び方を教えてくれた。
 独特な結び方に手間取り、何度も繰り返す。

「家でも練習をして、覚えてください」
「はい」

「今日はキュウリの酢の物を作ります。作ったことはありますか?」
「ないです」

「酸っぱい食べ物は疲労回復に効果があります。ただし体を冷やす陰性食品ですので、食べ過ぎないよう注意が必要です。陽性食品と一緒に中庸にするのも有りです」
「中庸は、バランスの取れた状態、ですね」

「正解です。よく勉強できていますね。ですが、今日はそこまで考えなくていいです」
「はい」

「まず、器具の準備をしましょう」
 昨日入れた棚から、麻帆の名入りケースを持ち出して、調理台に置く。

「手をよく洗ってから、包丁を取り出しください。今日は菜切り包丁を使います」
「はい」

 先生の指導に従って、準備をしていく。
 菜切り包丁のカバーを外して、調理台に置かれていたスタンドに立てておく。

「次はまな板の扱い方です。学校では木のまな板を使います」
 先生から受け取った木のまな板は、厚みがあって、重たかった。

「家ではプラスチックなんですが、違いはあるんですか」

「良い質問ですね。木のまな板は抗菌作用に優れています。刃が滑りにくいという点もあります。しかし乾燥をしっかりと行わないとカビが発生してしまいます。プラスチックは手入れがしやすく、安価なので買い替え安いです。が、色移りしやすいのと、反る物があります。刃が滑りやすいので、指を切らないように気をつけましょう」
「はい」

「まず、使用前に水をかけましょう」
「お水ですか?」

 自宅で料理をしているときに、先に水をかけたことはなかった。母も麻帆も。

「水をかけることによって、膜が出来るので、匂いや色移りがしにくくなります。濡らしたあと、布巾やキッチンペーパーで拭きましょう。食材に余分な水分をつけないために」

 先生に教わりながら、まな板に水をかけて、布巾で拭った。

「次は包丁。まずは正しい姿勢を取りましょう。まな板と体との間に、拳一個分の間隔を空けてください。足を肩幅に開いて、利き足を少し引きます。上半身を軽く前に傾けて。この姿勢だと安定して、疲れにくくなります」

 こんな姿勢で料理したことなかった、と軽くパニックになりながらも教えられる姿勢を取る。

「次は包丁の握り方です。海野さんは、ご家庭ではどう握っていましたか」
「ただ柄を握っているだけです」

 スタンドから包丁を取って、いつもしているように握って見せる。

「それを握り型といいます。かぼちゃのような固い物を切る時に向いています。
 もう少し上を持って、根本を親指と人差し指でしっかりと押さえてください。親指は刃に添えて、これは押さえ型。キャベツの千切り等葉物野菜に向いています。
 人差し指を峰に添えてください。これは指差し型。柔らかい物に向いています。刺し身や豆腐などです」

「食材によって持ち方を変えるんですね」
「効率よく切れますから、マスターしてください」
「はい」

「最後に、左手。食材が動かないように押さえるためですが、切ったことはありませんか」
「子供の頃に親指を少し切りました」
「指を曲げて、猫の手にするのが基本です。親指はとくに気をつけましょう。では実際に、切ってみましょう」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

泣き虫龍神様

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:158

タイトル[悪役令嬢として生まれて全てを救う]

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:702pt お気に入り:3

こども病院の日常

moa
キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:362pt お気に入り:23

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:208,004pt お気に入り:7,371

【完結】離婚の危機!?ある日、妻が実家に帰ってしまった!!

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:908pt お気に入り:204

【完結】あなたは知らなくていいのです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:38,261pt お気に入り:3,836

【完結】愛してくれるなら地獄まで

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:44

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:89,758pt お気に入り:8,698

不倫して頂きありがとうございます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:25,950pt お気に入り:377

処理中です...