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第二部 海野汐里
17 麻帆になりきるには
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「おはよう。体はどう?」
退院した翌朝、リビングに下りてきた私をママが気遣う。
「平気。もうなんともないよ」
「そう。無理はしないで、疲れたら横になっているのよ」
「はーい」
麻帆らしい受け答えができただろうか。演技の経験はないから、どきどきする。
冷蔵庫から飲むヨーグルトを取り出して、ガラスコップに注ぎながら、ママの様子をこっそりと伺う。
ママはフライパンに卵を割っているところだった。「あ、失敗」指で殻を取って、あちちと言っている。
大丈夫そうだ。
ママの大雑把なところを見て、思わず笑みがこぼれた。
麻帆もママに似て、大雑把だったなあと。
私がスケールや軽量スプーンをきっちりと使って料理をしている横で、「大さじ2こんなもんかな」としょう油さしを傾けて、「あ!」と明らかに入り過ぎた声を上げていた。
それでも私より美味しい物を作ってしまうから、姉としては少々情けない。
お菓子もその調子で作ってしまい、膨らまなかったり、逆に膨らみ過ぎて破裂したり、型からはみ出たりと、たくさん失敗した。
そしてお菓子に関しては、目分量はアウトだとすぐに気がついて、計量するようになったし、レシピをきちんと見て作るようになった。
それでも失敗をしてしまうので、お菓子作りは料理上手な麻帆にも難しかったようだ。
失敗をしても、二人で一緒に作ることが楽しかった。
頬についた粉を払ってあげるつもりが、私の手についていた分を余計につけてしまい、「粉だらけになったよ」と麻帆が楽しそうにきゃっきゃと声を上げる。
無邪気な麻帆を思い出して、私に演じられるだろうかと心配になってきた。
甘えられることはウエルカムだけど、甘えるのは苦手。
長女ゆえなのか、環境なのか、私の性格なのか。
しっかりしてるね言われ慣れているので、人に甘えている自分の姿が想像できない。
イメトレが必要なようだ。
麻帆と一緒に行動をすることが多かったから、今後の予定は覚えてる。私がいない間に誰かと約束しているかどうかは、麻帆のスケジュール帳で確認しておこう。
「あのね、麻帆」
考え事をしている間に、朝食を作ってくれたママが向かいの席に腰を下ろした。話があるみたい。言いにくそうにしている。
「今日、担任の先生と会ってくるから。転科について、詳しく訊いてくるわね」
そうだった。それについてもきちんと考えて、答えを出さなきゃ。
「うん」
と頷いたものの、それだけでは不十分だと思い、「まだ決めたわけじゃないって伝えて欲しい。もう少し考えたいから」とつけ加えた。
ママが頷いてから、
「明日の法要はキャンセルして、お盆に納骨をすることにしたから。お姉ちゃん、もう少しいるからね」と言った。
私の一周忌と納骨の法要。それもあった。
「わかった」
明日のキャンセルは、麻帆の心情に配慮したんだろうな。
私も複雑だった。自分の法要を見ることになるとは。
ベーコンエッグとトーストを食べ、洗面所で歯を磨く。
「歯磨き、いつも夜しかしないのに、珍しい。どこかに出かけるの?」
洗濯機の終了ブザーが鳴って、脱衣所にやってきたママに「あら」と驚かれた。
しまった。つい習慣で磨いてしまった。
食後の歯がざらざらする感覚が苦手で、私は毎食後、歯を磨く。
麻帆はめんどくさいと言って、出かける前と夜しか磨かない子だった。
同じ環境で育った姉妹なのに、習慣すらも違っていた。
これが個性か、おもしろいな、と考えながら二階に上がる。
麻帆の部屋に入り、机の上のスケジュール帳を開いた。
人の秘密を黙って見ているようで、気が咎めるけど、こればかりは仕方がない。
頭の中の麻帆に呼びかけてみたけれど、反応がなかったから。
「志乃ちゃんとの約束だけだね。木戸さんと約束してないんだ」
麻帆と一緒に登校してみて、交友範囲が狭いことには気がついていた。
明るい子だから、誰ともくったくなく話しをするけれど、深い付き合いは志乃ちゃんだけ。
木戸さんとは学校で一緒にいるけれど、私のことを話していないことから、まだ心を開くまでではないかんじ。
人見知りはないはずだから、麻帆が他人と距離を置くのはどうしてなんだろう。
「麻帆、朝だよ。起きないの?」
声をかけるも、麻帆は応えてくれない。
「お姉ちゃん、自分の法要に出席することになるのかな。困惑してるんだけどな」
独り言はむなしく部屋に響いて消えていった。
退院した翌朝、リビングに下りてきた私をママが気遣う。
「平気。もうなんともないよ」
「そう。無理はしないで、疲れたら横になっているのよ」
「はーい」
麻帆らしい受け答えができただろうか。演技の経験はないから、どきどきする。
冷蔵庫から飲むヨーグルトを取り出して、ガラスコップに注ぎながら、ママの様子をこっそりと伺う。
ママはフライパンに卵を割っているところだった。「あ、失敗」指で殻を取って、あちちと言っている。
大丈夫そうだ。
ママの大雑把なところを見て、思わず笑みがこぼれた。
麻帆もママに似て、大雑把だったなあと。
私がスケールや軽量スプーンをきっちりと使って料理をしている横で、「大さじ2こんなもんかな」としょう油さしを傾けて、「あ!」と明らかに入り過ぎた声を上げていた。
それでも私より美味しい物を作ってしまうから、姉としては少々情けない。
お菓子もその調子で作ってしまい、膨らまなかったり、逆に膨らみ過ぎて破裂したり、型からはみ出たりと、たくさん失敗した。
そしてお菓子に関しては、目分量はアウトだとすぐに気がついて、計量するようになったし、レシピをきちんと見て作るようになった。
それでも失敗をしてしまうので、お菓子作りは料理上手な麻帆にも難しかったようだ。
失敗をしても、二人で一緒に作ることが楽しかった。
頬についた粉を払ってあげるつもりが、私の手についていた分を余計につけてしまい、「粉だらけになったよ」と麻帆が楽しそうにきゃっきゃと声を上げる。
無邪気な麻帆を思い出して、私に演じられるだろうかと心配になってきた。
甘えられることはウエルカムだけど、甘えるのは苦手。
長女ゆえなのか、環境なのか、私の性格なのか。
しっかりしてるね言われ慣れているので、人に甘えている自分の姿が想像できない。
イメトレが必要なようだ。
麻帆と一緒に行動をすることが多かったから、今後の予定は覚えてる。私がいない間に誰かと約束しているかどうかは、麻帆のスケジュール帳で確認しておこう。
「あのね、麻帆」
考え事をしている間に、朝食を作ってくれたママが向かいの席に腰を下ろした。話があるみたい。言いにくそうにしている。
「今日、担任の先生と会ってくるから。転科について、詳しく訊いてくるわね」
そうだった。それについてもきちんと考えて、答えを出さなきゃ。
「うん」
と頷いたものの、それだけでは不十分だと思い、「まだ決めたわけじゃないって伝えて欲しい。もう少し考えたいから」とつけ加えた。
ママが頷いてから、
「明日の法要はキャンセルして、お盆に納骨をすることにしたから。お姉ちゃん、もう少しいるからね」と言った。
私の一周忌と納骨の法要。それもあった。
「わかった」
明日のキャンセルは、麻帆の心情に配慮したんだろうな。
私も複雑だった。自分の法要を見ることになるとは。
ベーコンエッグとトーストを食べ、洗面所で歯を磨く。
「歯磨き、いつも夜しかしないのに、珍しい。どこかに出かけるの?」
洗濯機の終了ブザーが鳴って、脱衣所にやってきたママに「あら」と驚かれた。
しまった。つい習慣で磨いてしまった。
食後の歯がざらざらする感覚が苦手で、私は毎食後、歯を磨く。
麻帆はめんどくさいと言って、出かける前と夜しか磨かない子だった。
同じ環境で育った姉妹なのに、習慣すらも違っていた。
これが個性か、おもしろいな、と考えながら二階に上がる。
麻帆の部屋に入り、机の上のスケジュール帳を開いた。
人の秘密を黙って見ているようで、気が咎めるけど、こればかりは仕方がない。
頭の中の麻帆に呼びかけてみたけれど、反応がなかったから。
「志乃ちゃんとの約束だけだね。木戸さんと約束してないんだ」
麻帆と一緒に登校してみて、交友範囲が狭いことには気がついていた。
明るい子だから、誰ともくったくなく話しをするけれど、深い付き合いは志乃ちゃんだけ。
木戸さんとは学校で一緒にいるけれど、私のことを話していないことから、まだ心を開くまでではないかんじ。
人見知りはないはずだから、麻帆が他人と距離を置くのはどうしてなんだろう。
「麻帆、朝だよ。起きないの?」
声をかけるも、麻帆は応えてくれない。
「お姉ちゃん、自分の法要に出席することになるのかな。困惑してるんだけどな」
独り言はむなしく部屋に響いて消えていった。
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