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第一部 海野麻帆

7 親には見えない

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 お姉ちゃんと一緒にリビングに降りて行くと、パパと目が合った。ママはキッチン。
 あたしが抱いている骨壺に目をやって、うんと小さく頷いた。怒ってはいないみたい。
 棚の上に骨壺を戻すと、パパに頭を撫でられた。

「汐里と話せたのか?」
「え? どうしてわかったの?」
 パパにもお姉ちゃんが視えてるのかな。

「ん? 麻帆がすっきりした顔をしてるから。納骨の事、寂しいかもしれないけど、わかってくれたんだろう」
「うん。骨はカビるんだって。お姉ちゃんが嫌だからって」

「カビる? 学校で習ったのか?」
「違うよ。お姉ちゃんが言ったの」

「姉妹でそんな話をしたことがあったのか? 医療系を目指す子は、なんか違うんだな」
「今、聞いたんだよ。お姉ちゃんから」

「今? 天国と交信でもしたのか? 看護師じゃなくて尼さんにでもなるのか麻帆は」
 パパが冗談っぽく言う。
 視えてるんじゃないの?

「お姉ちゃん、そこにいるんだよ?」
 リビングの扉を指差す。

 パパは視線を動かすけれど、顔にはハテナが浮かんでいた。
「麻帆? 何を言っているんだ?」

「そこに、リビングの扉の所にお姉ちゃんが立ってるんだよ。視えるでしょう?」
「‥‥‥麻帆。冗談でもそういうことは止めなさい」
 パパの声が少し低くなった。怒ったのかもしれない。

「冗談なんかじゃないよ。お姉ちゃんがいるんだよ。幽霊だけど、帰ってきたんだよ。視えないの?」
「麻帆、疲れているんだよ。明日から学校が始まるのに大丈夫なのか? 勉強大変なんだろう」

 あたしの必死の訴えは、わかってもらえない。
 家族で、四人で話ができると思ったのに。

「疲れてなんかないよ! どうして? 二人には視えないの?」
 声を荒らげてしまった。

 両親は不安そうな表情であたしを見つめてくる。
 そんな目であたしを見ないで欲しい。
 胸が苦しくなる。

 助けが欲しくてお姉ちゃんに目を向けた。
 お姉ちゃんは、泣き笑いのような顔をしていて目を伏せ、小さく首を横に振った。

 ◇

 早く寝なさいと、追い立てられるように脱衣所に放り込まれた。
 流れで全身を洗って、お風呂に浸かる。

「ねえ、お姉ちゃん。いるよね?」
「なあに。いるよ」

 閉まったドアからぬっとお姉ちゃんが現れる。
 ちょっとびっくりするけど、安心もした。

「あたしにだけ視えるのかなあ?」
「そうみたいね」

「みんなで話したかったな」
「仕方がない。幽霊だからね」

 お姉ちゃんはバスチェアに座った。
 さっきまでの楽しそうな感じはなくなって、寂しそうな声になっていた。
 お姉ちゃんもパパやママと話したかったんだろうな。
 あたしが元気づけてあげなきゃ。

「幽霊でも、ちっとも怖くないよ。逆に嬉しい。帰ってきてくれて」
 明るく言って、笑いかけると、
「ありがとう。麻帆」
 お姉ちゃんもにっこりと笑ってくれた。

「納骨したら、消えちゃわないかなあ」
 お姉ちゃんからお願いされたから、納骨に納得したけど、心配になってきた。

「わからないけど、お墓から通うよ。お姉ちゃん、麻帆が心配だから」
「うんうん。来て来て。ずっといて」
 あたしは何度も頷いた。そんなの大歓迎に決まってる。

「甘えた過ぎない? いつか卒業してもらわないと、自立できないよ」
 呆れたような言葉だけど、本心じゃないのは目を見ればわかる。

「まだいいでしょ。お姉ちゃんに教えて欲しいこととか、聞きたいこといっぱいあるもん」
 あたしが姉離れできないように、姉も妹離れできていない。
 そもそも、あたしをこんな風にしたのは、甘やかしてくれた姉のせい。

 お姉ちゃんは口角を上げながら溜め息をついた。嬉しそう。
 頼られたら断れない性格なの知ってるもん。

「何を教えて欲しいの?」
「まずは勉強かなあ」

「だいぶ悩んでるね。まだ始まったばかりなのに。じゃあ、一緒に頑張ろうか」
「うん。お姉ちゃんがいてくれるなら頑張る」

 嫌だなと思っていた明日からの学校が、心強い味方を得て、少し気が楽になった。

「聞きたいことは?」
「そうだなあ。お姉ちゃん、彼氏いたの?」

「まさかの恋バナ?」
 お姉ちゃんが目を丸くした。

「お姉ちゃんから聞いたことないもん。もしかしたらいたのかなって」
「いないよ」
 嘘じゃなさそう。

「クラスに男子いたでしょ」
「いたけど、少ないし。それに彼らは戦友って感じだから、恋愛対象とは思えないかな」

 戦友か。そういう心情になるんだ。
 あたしのクラスにも男子が2人いて、女子ばかりの教室で肩身が狭そうにしている。

「そうなんだ。女子が多い中の少ない男子だと、モテるのかなって思ってた」
「クラス内では聞かなかったな。別の科と人と付き合ってる子はいたけど、三年で卒業して大学進学していくから、続かないみたい」

「好きな人もいなかったの?」
「素敵な話はないんだなあ。お姉ちゃんの恋バナ聞こうとするっていうことは、もしかして」

 身を乗り出して、悪戯っぽい微笑を浮かべた。

「麻帆、好きな人できた」
「違うよ。そんな人いないもん」

「ええー、ほんとに?」
「ほんとに、ほんと」
 ぶんぶんと、首を横に振って全否定。姉のことを聞いたのに、あたしに返ってくるなんて。

「航くんは?」
「航?」

 ついこの間航に会ったけど、別になんとも思わなかった。懐かしい顔を見たなと思っただけ。
「一緒にお風呂入ってた仲だよ。航はきょうだいみたいなもん」

「そうか、航くんじゃないのか」
「残念そうに言わないでよ。ほんとにそんな人いないから。熱いから上がるね」

 姉の追求から逃げるように、あたしは湯船から上がった。


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