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最期の贈り物――橘 修(享年55歳)

7. 修 3

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九時頃に起きてきた貴子は、軽い朝食を摂り、洗濯をし、掃除機をかけ。まるで俺が出社して不在であるかのように、落ち着いて普段の生活をしているようにみえた。
午前中に家事をすませて、昼食にうどんを食べ、洗い物を終えると、貴子は和室に座り込んだ。そのまま何をするでもなく、ちゃぶ台を見つめている。
俺も貴子と並んで座った。貴子の反応はまったくない。
この状況を見せられると、さすがに自分が死んだのだとわかる。
新聞で日付を確認した。俺の記憶からすでに五日も経っている。白い空間をさまよっている間に俺は死に、葬式も行われてしまった。
ショックといえばショックだが、あっさりしたものだなと冷静な気持ちもあった。
貴子が心配な気持ちのほうが強かったせいもあるだろう。
貴子がぼんやりしているときこそ、気をつけてやらなければいけなかった。
口にださない重い考えに深く沈み込み、そのまま家事をするからいろいろとやらかすのだ。
鍋を焦がすぐらいならいいほうで、火をだしたこともあった。消火器ですぐに消し止めたから消防に連絡することもなかったが。それ以来、どんなに小さなことでもできるだけ口にだすように言ってきた。愚痴でも文句でも悩み事でも、なんでも話すようにお願いしてきた。
話す相手がいなくなってしまった今、貴子の心境がどうなっているか、恐ろしい。
伸次に話せていればいいが……伸次ではまだ受け止められないだろう。
成人を迎えたとはいえ、まだまだ子供だし、社会経験も少ない。
親を思うより、まず自分が一番だろうから。
若いのだから今はそれでいいと思ってきたが、こんなに早く死んでしまうことになるとは想像もしていなかった。
こんなことになるのなら貴子の性格を伸次に言い聞かせていればよかった。
遺書も残せなかった。
もう俺は貴子を支えてやることも、隣にいてやることもできない。
どんな方法も残されていない。
声も届かない。
気配にすら気づいてもらえないのだから。
夕刻、伸次が疲れた顔で帰ってきた。
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