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ボクの願いは――大辻 翔(享年11歳)

7. 翔 2の続き

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隣にあるボクの部屋の明かりをつける。
ほとんど使うことのなかった勉強机が窓際にあって、机の上には院内学級で使っていたランドセルを置いてくれていた。教科書も棚に収まっている。
幼稚園や院内学級で描いた絵や工作が壁に飾ってあって、なんだか懐かしい。
けれど、自分の部屋だという実感はあまりない。この部屋で過ごした日がほとんどないからだろうな。
浸るほどの思い出もないし、やることもないな。
布団に戻ってまた寝たふりしようかなって思ったとき、本棚の一番下に目が留まった。
ボクが幼稚園児の頃から大好きな恐竜の図鑑五冊とDVD三本が保管されていた。
心臓が悪いせいか同い年の子たちより小柄だったボクは、身体の大きな恐竜に憧れていた。
図鑑を一冊取り出してページを開いてみる。筆圧のきつい子供の字でなにか書いてある。ボクが書いたんだろうけど、汚すぎてまったく読めない。おかしくてくすくす笑いながらページをめくった。
キングオブ恐竜といえば、映画でおなじみのティラノサウルスレックスなんだろうけど、僕は首が長いエラスモサウルスや空を飛んでいたプテラノドンがお気に入りだった。
翼竜が紹介されているページにくると、プテラノドンをくるっと囲う大きな円がらくがきされていた。好きなんだって主張してたんだろうな。
楽しくなって次の図鑑も眺めていたら、突然肩から人の指先がにょきっと見えて驚いた。
振り向いたらお父さんがボクの肩に手を置いて覗きこんでいた。
「恐竜か。懐かしいな」
ボクの横に座り込んで図鑑を手に取った。お父さんも小さいとき恐竜が好きだったみたい。お父さんが図鑑を買ってきてくれたお陰で、ボクは恐竜を好きになった。
「お父さんは剣竜類が好きだったんだ」
ページをぱらぱらとめくって「これこれ」とステゴザウルスやギガントスピノサウスルのページを開いた。
「どうして剣竜類?」
「ん? かっこいいじゃないか。鎧をまとってるみたいでさ」だって。
お父さんがボクと同い年に見えてきて、なんだか変な気分だ。お父さんなのに。
一緒に図鑑をめくりながら、お父さんと夜更かしなんてしたことなかったなあと、ちょっとわくわくする。一人で起きていても全然楽しくなんてなかったのに、一緒にいてくれる人がいると、ずいぶん違うんだね。
三冊目の図鑑の途中で、お父さんが欠伸をした。かみ殺していたけれど、何度か繰り返したのにボクは気がついた。
「お父さん、眠いよね」
今日は平日だから、お父さんは朝から仕事に行っていた。疲れているのは当たり前だよね。
「翔とゆっくり話をしたことなかったからな、大丈夫だ」って強がってるけど、目には涙が滲んでいる。
「明日もお仕事でしょ。寝ていいよ」
「翔は眠くないのか」
返事ができなかった。ボクが寝ないと、お父さんは寝ないつもりなのかな。だったら嘘でもつかないと、お父さんに悪いよね。
「そうだね。ボクも寝るよ」
どうやらボクは嘘をつくのが下手らしい。お父さんがじっとボクを見つめてくるので、観念して本当のことを話すことにした。
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