【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希

文字の大きさ
51 / 157
第一部

51 急な旅立ち

しおりを挟む
 翌日、ディーノはリュートを弾く暇もなく、朝からばたばたしていた。

 持っていく荷物をまとめ、集落の人々に報告と別れを告げて回った。

 突然のことにみんな驚いていたが、激励の言葉をくれた。泣いた人もいた。

 ワルター老はディーノを家に招き入れ、ディーノの話を聞いてくれた。最後には涙を流しながら抱きしめた。「精一杯頑張ってこい」と。自分が作ったリュートを持っていけ、と云ったが、ディーノは師匠に認められたときに譲って欲しいと云い、辞退した。

 ロマーリオから自分も春になれば街へ行って、工房で修行をすることが決まったと告げられた。三年間の思いをこめて感謝の言葉を云おうとしたディーノの口を、ロマーリオは止めた。

「今生の別れでもあるまいし、他人行儀なことするなよ。また会えるさ。おまえの演奏だって聴きに行くからな」

 そう云って、にかぁと笑った。二人は握りこぶしをぶつけ、肩を組み、互いの健闘を誓った。

 納期の迫っていない手の空いている男たちは、前の宴会のときに使ったかがり火を再び用意し始め、女たちは総出で宴会の準備にとりかかった。急な出立で買い出しにいけなかったため新鮮なものは切らしているが、集落の貯蔵庫には魚や肉の燻製があり、野菜の収穫も終えている。ワイン樽もまだたんとある。

 夕方には卓の支度も整い、できあがった料理が順に運ばれてくる。子供たちも準備を手伝い、日が落ちる前に宴会が始まった。

 ピエールとディーノはワインを呑まず、ロドヴィーゴとマウロも量を押さえていた。

 イレーネの表情は元気のないままだった。

 昨夜から話をしていない。沈み込んだままロゼッタたちの手伝いをしていた。食は進んでいないし、ワインにも手をつけていない。

 ディーノは食事をしながらちらちらとイレーネの様子を伺ってはいたが、彼もまた
 話すべき言葉をもっていなかった。

 森からイレーネを連れて帰ってくるときも言葉をかけられず、イレーネの手を強く握ることしかできなかった。

 ずっと傍にいたかった。彼女の幸せを見守りたかった。できるのなら自分が彼女を幸せにしたかった。

 もう遠くから祈ることしかできない。せめて便りはだそう。二人とも少しなら字も書けるし読める。これからリュートの練習とともに、字を覚えよう。手紙が届いたら、イレーネもきっと勉強をしてくれるだろう。イレーネの顔を見ながらディーノはそう考えていた。

 料理がほとんどなくなった頃、ロドヴィーゴはピエールに頼んで、リュートを持ってきてもらっていた。こほんと咳払いをし、

「私たちを歓迎し、もてなしてくださった皆様に感謝の意を込めまして、ロドヴィーゴ=アニエッリの演奏を聴いていただこう」

 と告げると、拍手と歓声があがった。

 ロドヴィーゴは三曲を披露した。陽気な曲に始まり、座ってじっくりと聞き惚れるような曲、最後はもっと陽気で踊りだすような曲で締めた。小さな子供も大人も、惹きこまれる演奏だった。もちろんディーノも目の前で師匠となる人が演奏をする姿を見るのは初めてだったから、食い入るように見つめて聴いた。

 演奏が終わるとみんな口々に「やっぱりすごいね」とその演奏を称えた。

 これからその人の弟子になるディーノにも、所望する声がかかった。

 ディーノは目で師匠に問いかけ頷きをもらうと、走ってリュートを取りに行き、大急ぎで戻ってきた。いつものように即興演奏が始まる。

 ディーノの心は、集落のみんなに対する感謝の思いで溢れていた。

 どこの馬の骨ともわからない、汚い姿をした子供を、何の疑いもなく招き入れた。
 警戒していたディーノの目付きは悪かっただろうに、それでも生活に必要なことを教えもらえた。頼りにしてくれた。
 この集落で生まれ育った子供たちと分け隔てなく扱ってくれた。
 集落を離れることになってようやく、ここを故郷と思っていいのだと思えるようになった。
 ここを巣立った人たちの中には、年月を経て戻って来る人もいる。自身もそうなれたらいいな、と思った。
 リュートで成功してもしなくても、ここなら温かく迎えてくれる。
 ここの人たちを親や親戚だと思って、もっと甘えればよかった、といまさらながらに思った。
 今からそう思っても、遅くはないだろうか。

 ディーノの思いが伝わったのか、エプロンの裾で目許を押さえるロゼッタや、洟をすする人、すでに涙を流している人もいる。

 ディーノは一人ひとりの顔を見ていった。演奏をしながら周りを見たことはなかったが、みんなの顔を見ているうちに、答えをもらえた気がした。

「あなたはここの子供なんだよ」

「あなたの故郷なんだよ」と。

 ディーノは涙を流しながら、リュートを弾いた。両手は暇がなく、涙を拭うことができなかったが、拭いたいとも思わなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...