【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第一部

51 急な旅立ち

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 翌日、ディーノはリュートを弾く暇もなく、朝からばたばたしていた。

 持っていく荷物をまとめ、集落の人々に報告と別れを告げて回った。

 突然のことにみんな驚いていたが、激励の言葉をくれた。泣いた人もいた。

 ワルター老はディーノを家に招き入れ、ディーノの話を聞いてくれた。最後には涙を流しながら抱きしめた。「精一杯頑張ってこい」と。自分が作ったリュートを持っていけ、と云ったが、ディーノは師匠に認められたときに譲って欲しいと云い、辞退した。

 ロマーリオから自分も春になれば街へ行って、工房で修行をすることが決まったと告げられた。三年間の思いをこめて感謝の言葉を云おうとしたディーノの口を、ロマーリオは止めた。

「今生の別れでもあるまいし、他人行儀なことするなよ。また会えるさ。おまえの演奏だって聴きに行くからな」

 そう云って、にかぁと笑った。二人は握りこぶしをぶつけ、肩を組み、互いの健闘を誓った。

 納期の迫っていない手の空いている男たちは、前の宴会のときに使ったかがり火を再び用意し始め、女たちは総出で宴会の準備にとりかかった。急な出立で買い出しにいけなかったため新鮮なものは切らしているが、集落の貯蔵庫には魚や肉の燻製があり、野菜の収穫も終えている。ワイン樽もまだたんとある。

 夕方には卓の支度も整い、できあがった料理が順に運ばれてくる。子供たちも準備を手伝い、日が落ちる前に宴会が始まった。

 ピエールとディーノはワインを呑まず、ロドヴィーゴとマウロも量を押さえていた。

 イレーネの表情は元気のないままだった。

 昨夜から話をしていない。沈み込んだままロゼッタたちの手伝いをしていた。食は進んでいないし、ワインにも手をつけていない。

 ディーノは食事をしながらちらちらとイレーネの様子を伺ってはいたが、彼もまた
 話すべき言葉をもっていなかった。

 森からイレーネを連れて帰ってくるときも言葉をかけられず、イレーネの手を強く握ることしかできなかった。

 ずっと傍にいたかった。彼女の幸せを見守りたかった。できるのなら自分が彼女を幸せにしたかった。

 もう遠くから祈ることしかできない。せめて便りはだそう。二人とも少しなら字も書けるし読める。これからリュートの練習とともに、字を覚えよう。手紙が届いたら、イレーネもきっと勉強をしてくれるだろう。イレーネの顔を見ながらディーノはそう考えていた。

 料理がほとんどなくなった頃、ロドヴィーゴはピエールに頼んで、リュートを持ってきてもらっていた。こほんと咳払いをし、

「私たちを歓迎し、もてなしてくださった皆様に感謝の意を込めまして、ロドヴィーゴ=アニエッリの演奏を聴いていただこう」

 と告げると、拍手と歓声があがった。

 ロドヴィーゴは三曲を披露した。陽気な曲に始まり、座ってじっくりと聞き惚れるような曲、最後はもっと陽気で踊りだすような曲で締めた。小さな子供も大人も、惹きこまれる演奏だった。もちろんディーノも目の前で師匠となる人が演奏をする姿を見るのは初めてだったから、食い入るように見つめて聴いた。

 演奏が終わるとみんな口々に「やっぱりすごいね」とその演奏を称えた。

 これからその人の弟子になるディーノにも、所望する声がかかった。

 ディーノは目で師匠に問いかけ頷きをもらうと、走ってリュートを取りに行き、大急ぎで戻ってきた。いつものように即興演奏が始まる。

 ディーノの心は、集落のみんなに対する感謝の思いで溢れていた。

 どこの馬の骨ともわからない、汚い姿をした子供を、何の疑いもなく招き入れた。
 警戒していたディーノの目付きは悪かっただろうに、それでも生活に必要なことを教えもらえた。頼りにしてくれた。
 この集落で生まれ育った子供たちと分け隔てなく扱ってくれた。
 集落を離れることになってようやく、ここを故郷と思っていいのだと思えるようになった。
 ここを巣立った人たちの中には、年月を経て戻って来る人もいる。自身もそうなれたらいいな、と思った。
 リュートで成功してもしなくても、ここなら温かく迎えてくれる。
 ここの人たちを親や親戚だと思って、もっと甘えればよかった、といまさらながらに思った。
 今からそう思っても、遅くはないだろうか。

 ディーノの思いが伝わったのか、エプロンの裾で目許を押さえるロゼッタや、洟をすする人、すでに涙を流している人もいる。

 ディーノは一人ひとりの顔を見ていった。演奏をしながら周りを見たことはなかったが、みんなの顔を見ているうちに、答えをもらえた気がした。

「あなたはここの子供なんだよ」

「あなたの故郷なんだよ」と。

 ディーノは涙を流しながら、リュートを弾いた。両手は暇がなく、涙を拭うことができなかったが、拭いたいとも思わなかった。
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