49 / 157
第一部
49 家族への報告
しおりを挟む
その夜、ロドヴィーゴは夕食の席で明後日ここを発つことと、ディーノを弟子にしたいと、夫妻に申し出た。
リノとロゼッタはとくに驚いた風もなく、しかし食事の手は止めて話を聞き始めた。
イレーネはパンを口に運ぼうとした状態で固まっていた。唖然とした表情で、穴があくほど正面にいるディーノの顔を見つめてくる。目が合ってしまったディーノは、後ろめたさから視線を逸らした。
ロドヴィーゴは昨夜の演奏の話から始めた。ディーノが弾くリュートだと思わず、驚きながら楽しんだと。
ディーノと同室の寝室で横になっていたリノは、プロの演奏についていくディーノの演奏に感心していたらしい。
ロゼッタとイレーネも隣合わせの寝台で演奏に聞き入っていたが、ディーノの演奏だと気づいていなかった。ロドヴィーゴとピエールかマウロが弾いているのかと思っていたようだ。壁を挟んでのディーノとの演奏だったことを明らかにされてロゼッタは目を円くした。
ディーノがそっとイレーネを盗み見ると、イレーネは怖い顔をしていた。話しを聞いているはずなのに、なんの反応もせずディーノを凝視している。みんなは話をしながら食事を再開しているのに、イレーネの手は食卓の下にあった。
ロドヴィーゴの話は今朝のことになった。初めて聴いた曲を一度で憶える耳の良さ、即興演奏の素晴らしさを褒め、ディーノから弟子入りを嘆願され、承諾したと告げた。
その先はディーノが引き継いだ。
リノとロゼッタのお陰で幸せを感じることができたこと。二人にはとても感謝していること。いつまでも世話になっているわけにはいかないと思い始めていたこと。ロドヴィーゴに会ってここ以外の世界に興味を持ち、叶うことならばプロのリュート奏者として身を立てたいこと。
リノとロゼッタも真摯な顔つきでディーノの話を聞いた後、リノが口を開いた。
「僕らとしてはここでずっと暮らしてくれても構わないんだよ。別に街で働かなくても自給自足で生活はできる。だけど、ディーノがリュートをとてつもなく愛していることはよく知っているし、昨夜の演奏を聴いて、ここだけのものにしておくのはもったいないかなとも思った。ちゃんとした人のもとで勉強をすれば、ぐんぐん成長するだろうともね。昨日の演奏は本当に素晴らしかったからね。だから、頑張れるところまでやってみるといい。僕らはずっとディーノの味方でいるよ。何かあったらいつでも帰っておいで。ここはもう、君の家でもあるんだから」
「ありがとう。ありがとう、リノ」
リノの優しい言葉にディーノのみならず、ロドヴィーゴとピエール、マウロも洟をすすったり、目頭を押さえたりした。
「あんたがいなくのは寂しいんだけどさ、あんたにはあんたの人生がある。あたしたちはひょんなことから一緒に暮らすことになったけど、ディーノとイレーネへのあたしたちの思いは本物の親子と変わらないと自負できるよ。たまには帰ってきて、顔を見せておくれ。泣きたくなったらいつでも帰ってきて泣いたらいい」
「うん……うん……あり、がとう」
ロゼッタからの言葉の途中で胸が熱くなり、溢れた涙が頬を伝っていくのをディーノは感じた。感謝の言葉を伝えたいのに、言葉にならない。代わりに何度も頷いた。
夫妻と出会って幸せを感じ、疑似ではあったが親子の情にも触れ、なにより他人を信じることができた。たった三年だが、濃密で尊い三年を過ごすことができた。
リノのお陰でリュート奏者と出会い、未来への道しるべができた。彼らと出会うことは運命だったのか、はたまた神のきまぐれだったのかはわからないが、ディーノは神という、いるのかいないのかわからない、呪ったことすらある存在に対して、生まれて初めて感謝した。
食卓が感動のるつぼとなっていたところ、突如、がたんという大きな音が響いた。
みんなが泣きながら顔を上げ、音をだした主を見やる。
イレーネが一人立ちあがっていた。わなわなと全身を震わし、非難するような目つきでディーノを睨みつけてくる。
と、さっと身を翻し、外へ飛び出して行った。
全員が黙ってイレーネを見送ったあと、ディーノも椅子を蹴倒し、彼女を追った。
リノとロゼッタはとくに驚いた風もなく、しかし食事の手は止めて話を聞き始めた。
イレーネはパンを口に運ぼうとした状態で固まっていた。唖然とした表情で、穴があくほど正面にいるディーノの顔を見つめてくる。目が合ってしまったディーノは、後ろめたさから視線を逸らした。
ロドヴィーゴは昨夜の演奏の話から始めた。ディーノが弾くリュートだと思わず、驚きながら楽しんだと。
ディーノと同室の寝室で横になっていたリノは、プロの演奏についていくディーノの演奏に感心していたらしい。
ロゼッタとイレーネも隣合わせの寝台で演奏に聞き入っていたが、ディーノの演奏だと気づいていなかった。ロドヴィーゴとピエールかマウロが弾いているのかと思っていたようだ。壁を挟んでのディーノとの演奏だったことを明らかにされてロゼッタは目を円くした。
ディーノがそっとイレーネを盗み見ると、イレーネは怖い顔をしていた。話しを聞いているはずなのに、なんの反応もせずディーノを凝視している。みんなは話をしながら食事を再開しているのに、イレーネの手は食卓の下にあった。
ロドヴィーゴの話は今朝のことになった。初めて聴いた曲を一度で憶える耳の良さ、即興演奏の素晴らしさを褒め、ディーノから弟子入りを嘆願され、承諾したと告げた。
その先はディーノが引き継いだ。
リノとロゼッタのお陰で幸せを感じることができたこと。二人にはとても感謝していること。いつまでも世話になっているわけにはいかないと思い始めていたこと。ロドヴィーゴに会ってここ以外の世界に興味を持ち、叶うことならばプロのリュート奏者として身を立てたいこと。
リノとロゼッタも真摯な顔つきでディーノの話を聞いた後、リノが口を開いた。
「僕らとしてはここでずっと暮らしてくれても構わないんだよ。別に街で働かなくても自給自足で生活はできる。だけど、ディーノがリュートをとてつもなく愛していることはよく知っているし、昨夜の演奏を聴いて、ここだけのものにしておくのはもったいないかなとも思った。ちゃんとした人のもとで勉強をすれば、ぐんぐん成長するだろうともね。昨日の演奏は本当に素晴らしかったからね。だから、頑張れるところまでやってみるといい。僕らはずっとディーノの味方でいるよ。何かあったらいつでも帰っておいで。ここはもう、君の家でもあるんだから」
「ありがとう。ありがとう、リノ」
リノの優しい言葉にディーノのみならず、ロドヴィーゴとピエール、マウロも洟をすすったり、目頭を押さえたりした。
「あんたがいなくのは寂しいんだけどさ、あんたにはあんたの人生がある。あたしたちはひょんなことから一緒に暮らすことになったけど、ディーノとイレーネへのあたしたちの思いは本物の親子と変わらないと自負できるよ。たまには帰ってきて、顔を見せておくれ。泣きたくなったらいつでも帰ってきて泣いたらいい」
「うん……うん……あり、がとう」
ロゼッタからの言葉の途中で胸が熱くなり、溢れた涙が頬を伝っていくのをディーノは感じた。感謝の言葉を伝えたいのに、言葉にならない。代わりに何度も頷いた。
夫妻と出会って幸せを感じ、疑似ではあったが親子の情にも触れ、なにより他人を信じることができた。たった三年だが、濃密で尊い三年を過ごすことができた。
リノのお陰でリュート奏者と出会い、未来への道しるべができた。彼らと出会うことは運命だったのか、はたまた神のきまぐれだったのかはわからないが、ディーノは神という、いるのかいないのかわからない、呪ったことすらある存在に対して、生まれて初めて感謝した。
食卓が感動のるつぼとなっていたところ、突如、がたんという大きな音が響いた。
みんなが泣きながら顔を上げ、音をだした主を見やる。
イレーネが一人立ちあがっていた。わなわなと全身を震わし、非難するような目つきでディーノを睨みつけてくる。
と、さっと身を翻し、外へ飛び出して行った。
全員が黙ってイレーネを見送ったあと、ディーノも椅子を蹴倒し、彼女を追った。
14
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

『忘れられた公爵家』の令嬢がその美貌を存分に発揮した3ヶ月
りょう。
ファンタジー
貴族達の中で『忘れられた公爵家』と言われるハイトランデ公爵家の娘セスティーナは、とんでもない美貌の持ち主だった。
1話だいたい1500字くらいを想定してます。
1話ごとにスポットが当たる場面が変わります。
更新は不定期。
完成後に完全修正した内容を小説家になろうに投稿予定です。
恋愛とファンタジーの中間のような話です。
主人公ががっつり恋愛をする話ではありませんのでご注意ください。

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!
つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。
冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。
全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。
巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

私のことは気にせずどうぞ勝手にやっていてください
みゅー
恋愛
異世界へ転生したと気づいた主人公。だが、自分は登場人物でもなく、王太子殿下が見初めたのは自分の侍女だった。
自分には好きな人がいるので気にしていなかったが、その相手が実は王太子殿下だと気づく。
主人公は開きなおって、勝手にやって下さいと思いなおすが………
切ない話を書きたくて書きました。
ハッピーエンドです。

世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。
向原 行人
ファンタジー
土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。
とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。
こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。
土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど!
一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。
転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜
みおな
ファンタジー
私の名前は、瀬尾あかり。
37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。
そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。
今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。
それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。
そして、目覚めた時ー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる