43 / 157
第一部
43 迷い
しおりを挟む
「ここは時間がのんびりしていて、いい所だな」
「はい」
「私が生まれ育った村もここのようなのどかな所でね。規模はもう少し大きかったが、村人全員が親戚のような雰囲気の所だったな。君のように薪割りをやらされたこともあったが、どうにも苦手でね。逃げ回ってリュートばかり弾いていたよ。父親がリュート奏者だったものでね」
「お父さんがお師匠?」
「そう。優しい人でね、強制されたことはなかったが、私がリュートばかり触っているから、力仕事はもういいと云ってね、本格的にリュートを教えてくれた」
「羨ましい……です」
「ん? 君の師匠も穏やかな人に見えるが。厳しい人なのかな」
「いえ。リノは師ではなくて、オレたちの命の恩人で」
「命の恩人?」
「はい。行き倒れていたところを助けてくれて、オレたちがここに置いて欲しいって頼んで、受け入れてくれたんです。もう三年世話になってて」
「そうだったのかね……。たちということは、妹君も……」
「イレーネとオレに血の繋がりはなくて。でもリノたちの子供でもなくて、イレーネにはちゃんと親がいたんだけど、流行り病で亡くなって、それからオレたち出会って一緒に生活してたんだけど、事情で住んでた所を離れることになって。で二人に助けられたんです」
「あの二人は親代わりというわけなんだね」
「そう……ですね。イレーネはそう思ってるみたいだけど、オレは親を知らないから、どういう感じかわからなくて。感謝はとてもしてるんだけど、親とは思えないかな」
「両親がいないから、子の気持ちがわからない、か。つらい経験をしてるんだね、君は。私も演奏会であちこちの街に行ったんだが、内乱や侵略の戦火に巻かれて、肉親を失った子供たちをたくさん見てきた。その子らに共通しているのが、絶望を背負っている顔をしながらも、眸だけはぎらぎらさせてるんだ。なぜだかわかるか?」
「――いえ。わからない」
「隙あらば金目のものを盗もうとしているからだよ」
「……!」
ディーノははっと息をのんだ。
「生きるためには施しを受けるか、盗むしか方法がない。街で寄ってくる子供がいれば、私らも身構えてしまう。子供だと思って油断していると、商売道具を失いかねない。可哀相なものだが、どうしてやることもできない」
「あの、孤児院があるって聞いたんだけど。勉強も教えてもらえるって」
「豊かな街や信仰深い街にはあるが、すべての街にあるわけじゃない。それに大勢の子供を世話できるほど大きくはないし、裕福でもない。寄付によってまかなわれているんだ。辿り着いた者に門は開かれるが、よその街の子供を連れてきてまで面倒は見きれない。不幸せな子供たちがいなくなることが理想なんだろうが、現実はなかなかよくならない」
「オレもそうなっていたかもしれない……」
屋敷を脱出した後、街に行っていれば確実にそうなっていただろう。他人事ではないことに、ぽつりと呟いた。
「幸せなことだよ。ここなら戦禍が押し寄せてくることもないだろうし、貴族たちの派閥や権力争いに巻き込まれることもない。穏やかに生涯を閉じることができるだろうな」
「そう思います」
「リノさんはいい人だよ。親子は難しくても、弟子なら恩を返せるんじゃないのかい?」
ロドヴィーゴの云わんとしている事は、ディーノも考えたことがなかったわけではない。ディーノはこくんと頷いた。
「その通りだと思う。でも、製作には興味が持てなくて。曖昧な気持ちで弟子入りなんか頼んだら、リノは怒ると思います。怒られたことはないけど、きっと。職人としてリノは高い誇りを持ってるから」
「たしかにそうだな」
ロドヴィーゴはふうむ、と頷く。
何気ない話ではあったが、ディーノはどきどきしていた。これは頼んでみるチャンスなのではないだろうか。
「あ、あの……」
意を決して口を開いた。なのに、
「先生。どちらにいらっしゃいますか? 先生」
呼ぶ声が、ディーノの言葉を遮った。姿を現したのはピエールだった。もう体調は回復したようだ。具合の悪いときは背筋が曲がって前屈みになっていたが、今は真っ直ぐに伸びている。
「ああ、ここにいらっしゃいましたか。あ、おはようございます」
ディーノの姿をとらえてピエールに頭をさげられ、あわあわしていたディーノも口を閉じて挨拶を返す。
「イレーネさんが朝食の支度を整えてくださいました」
「わかった。ありがとう。少年よ、多いに迷い悩みなさい。答えは自ずとでてくるはずだよ」
ロドヴィーゴは右手を挙げて、ピエールと共に行ってしまった。
云えなかった。
引き止めようかと一瞬思ったが、なぜか迷いが生じた。二人はその間に行ってしまった。
好きならなりふり構わずいけばいいのに、迷った理由はディーノ自身にもわからなかった。
「はい」
「私が生まれ育った村もここのようなのどかな所でね。規模はもう少し大きかったが、村人全員が親戚のような雰囲気の所だったな。君のように薪割りをやらされたこともあったが、どうにも苦手でね。逃げ回ってリュートばかり弾いていたよ。父親がリュート奏者だったものでね」
「お父さんがお師匠?」
「そう。優しい人でね、強制されたことはなかったが、私がリュートばかり触っているから、力仕事はもういいと云ってね、本格的にリュートを教えてくれた」
「羨ましい……です」
「ん? 君の師匠も穏やかな人に見えるが。厳しい人なのかな」
「いえ。リノは師ではなくて、オレたちの命の恩人で」
「命の恩人?」
「はい。行き倒れていたところを助けてくれて、オレたちがここに置いて欲しいって頼んで、受け入れてくれたんです。もう三年世話になってて」
「そうだったのかね……。たちということは、妹君も……」
「イレーネとオレに血の繋がりはなくて。でもリノたちの子供でもなくて、イレーネにはちゃんと親がいたんだけど、流行り病で亡くなって、それからオレたち出会って一緒に生活してたんだけど、事情で住んでた所を離れることになって。で二人に助けられたんです」
「あの二人は親代わりというわけなんだね」
「そう……ですね。イレーネはそう思ってるみたいだけど、オレは親を知らないから、どういう感じかわからなくて。感謝はとてもしてるんだけど、親とは思えないかな」
「両親がいないから、子の気持ちがわからない、か。つらい経験をしてるんだね、君は。私も演奏会であちこちの街に行ったんだが、内乱や侵略の戦火に巻かれて、肉親を失った子供たちをたくさん見てきた。その子らに共通しているのが、絶望を背負っている顔をしながらも、眸だけはぎらぎらさせてるんだ。なぜだかわかるか?」
「――いえ。わからない」
「隙あらば金目のものを盗もうとしているからだよ」
「……!」
ディーノははっと息をのんだ。
「生きるためには施しを受けるか、盗むしか方法がない。街で寄ってくる子供がいれば、私らも身構えてしまう。子供だと思って油断していると、商売道具を失いかねない。可哀相なものだが、どうしてやることもできない」
「あの、孤児院があるって聞いたんだけど。勉強も教えてもらえるって」
「豊かな街や信仰深い街にはあるが、すべての街にあるわけじゃない。それに大勢の子供を世話できるほど大きくはないし、裕福でもない。寄付によってまかなわれているんだ。辿り着いた者に門は開かれるが、よその街の子供を連れてきてまで面倒は見きれない。不幸せな子供たちがいなくなることが理想なんだろうが、現実はなかなかよくならない」
「オレもそうなっていたかもしれない……」
屋敷を脱出した後、街に行っていれば確実にそうなっていただろう。他人事ではないことに、ぽつりと呟いた。
「幸せなことだよ。ここなら戦禍が押し寄せてくることもないだろうし、貴族たちの派閥や権力争いに巻き込まれることもない。穏やかに生涯を閉じることができるだろうな」
「そう思います」
「リノさんはいい人だよ。親子は難しくても、弟子なら恩を返せるんじゃないのかい?」
ロドヴィーゴの云わんとしている事は、ディーノも考えたことがなかったわけではない。ディーノはこくんと頷いた。
「その通りだと思う。でも、製作には興味が持てなくて。曖昧な気持ちで弟子入りなんか頼んだら、リノは怒ると思います。怒られたことはないけど、きっと。職人としてリノは高い誇りを持ってるから」
「たしかにそうだな」
ロドヴィーゴはふうむ、と頷く。
何気ない話ではあったが、ディーノはどきどきしていた。これは頼んでみるチャンスなのではないだろうか。
「あ、あの……」
意を決して口を開いた。なのに、
「先生。どちらにいらっしゃいますか? 先生」
呼ぶ声が、ディーノの言葉を遮った。姿を現したのはピエールだった。もう体調は回復したようだ。具合の悪いときは背筋が曲がって前屈みになっていたが、今は真っ直ぐに伸びている。
「ああ、ここにいらっしゃいましたか。あ、おはようございます」
ディーノの姿をとらえてピエールに頭をさげられ、あわあわしていたディーノも口を閉じて挨拶を返す。
「イレーネさんが朝食の支度を整えてくださいました」
「わかった。ありがとう。少年よ、多いに迷い悩みなさい。答えは自ずとでてくるはずだよ」
ロドヴィーゴは右手を挙げて、ピエールと共に行ってしまった。
云えなかった。
引き止めようかと一瞬思ったが、なぜか迷いが生じた。二人はその間に行ってしまった。
好きならなりふり構わずいけばいいのに、迷った理由はディーノ自身にもわからなかった。
15
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
お坊ちゃまはシャウトしたい ~歌声に魔力を乗せて無双する~
なつのさんち
ファンタジー
「俺のぉぉぉ~~~ 前にぃぃぃ~~~ ひれ伏せぇぇぇ~~~↑↑↑」
その男、絶叫すると最強。
★★★★★★★★★
カラオケが唯一の楽しみである十九歳浪人生だった俺。無理を重ねた受験勉強の過労が祟って死んでしまった。試験前最後のカラオケが最期のカラオケになってしまったのだ。
前世の記憶を持ったまま生まれ変わったはいいけど、ここはまさかの女性優位社会!? しかも侍女は俺を男の娘にしようとしてくるし! 僕は男だ~~~↑↑↑
★★★★★★★★★
主人公アルティスラは現代日本においては至って普通の男の子ですが、この世界は男女逆転世界なのでかなり過保護に守られています。
本人は拒否していますが、お付きの侍女がアルティスラを立派な男の娘にしようと日々努力しています。
羽の生えた猫や空を飛ぶデカい猫や猫の獣人などが出て来ます。
中世ヨーロッパよりも文明度の低い、科学的な文明がほとんど発展していない世界をイメージしています。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる