【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第一部

37 音楽家

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 村の料理自慢が作ったディナーは、食べきれないほどの量と、満足感でいっぱいの質だった。

 昨日街で買ってきたばかりの新鮮な魚を使ったカルパッチョ。魚介類をふんだんに使ったパスタやパエリア。村で獲れた野菜たっぷりのサラダ。森で採れるベリーの甘酸っぱいソースがかかった羊や豚の肉。忘れてはいけない大量のワイン。焼き菓子や果物のシロップ漬けなどのドルチェもたくさんあった。

 出てくる順番など関係なかった。大皿に盛られた皿が卓に並んで、各々が食べたいものを取り皿に盛った。

 村を上げた祝宴に、初めは遠慮気味だったリュート奏者一行も、酒が回り始めると陽気に歌い踊りだした。

 リュート奏者は子供たちと手を繋いで飛び跳ね、くるくると回り、ぽっちゃり体型からは想像がつかないほど機敏に踊る。

 誰かがヴァイオリンやリュートを持ち出し、テーブルや空になった酒樽を逆さまにして打楽器代わりに打ち鳴らして即興演奏が始まり、それはもうたいへん賑やかな宴となった。

 その夜ばかりは子供たちの夜更かしに誰も何も言わず、起きている限り老いも若きも男も女も一緒に歌い踊った。

 小さいうちからワインを飲むのが習慣となっているからか、酒でつぶれている大人はいない。リュート奏者の興行の助けをしている金髪の男、ピエールが最初につぶれて、リノの部屋に運びこまれた。今頃夢も見ることなくぐっすりと眠っているところだろう。

 御者のマウロは輪の隅のほうでちびちびと呑んでいた。左右には女が座っていて彼の話し相手をしている。二人とも既婚者だが双方も旦那たちも気にしていないようだ。

 ほろ酔いのイレーネの頭を肩に乗せ、ほとんど酔っていないディーノは遠巻きに、あちこちで燃えているかがり火に照らされた、踊る人々の影を見つめていた。そこは暗がりになっていて乱舞する人たちからはよくよく目をこらさないと見えない場所になっていた。

「リュートそうしゃしゃん。なんて人らっけ」

 イレーネは目をつぶっているけれど起きていたようだ。呂律の回らない口調でディーノに話しかける。

「ロドヴィーゴさんだよ。ロドヴィーゴ=アニエッリさん」

「そう。それそれ。ロド……アニ……しゃん」

 イレーネの云い方が可愛くて、ディーノはくすっと笑った。

 このやりとりは、さきほどから何度もなされていた。名前を覚えられないのか、聞いたことを忘れているのか。イレーネに訊ねるたびに、ディーノは毎回優しく答えた。

 酔ったイレーネをディーノがただ介抱しているように見えるが、互いの手がしっかりと繋がっているのが見えれば、その甘い雰囲気に赤面する者がいるかもしれない。
 ロマーリオなら茶化して雰囲気を壊し、踊りの中へ二人を連れ出してしまうかもしれない。あるいは何も気づかずにそうしてしまうだろう。悪気なく。そのロマーリオは輪の中で木のジョッキ片手にワインをがぶ呑みし、踊り狂っている。

 あの調子じゃ、明日は二日酔いだな。

 ロマーリオを見てディーノはふっと笑った。彼は加減というものを知らないお調子者だった。おだてられればすぐに気を良くして大盤振る舞いしてしまうし、場を盛り上げようと人一倍頑張ってしまう。酒が入ればそれらの行為はさらにヒートアップ。ロマーリオが金持ちであったなら間違いなく破産するだろう。

 だけど良い奴なのだ。

 子供たちの中でディーノとイレーネに真っ先に話しかけたのがロマーリオだった。他の子は余所から来た二人に興味を示しながらも少しだけ遠巻きにしていた。誰かが話すのを待っているような。そんな中、ロマーリオは躊躇なく――本人としては躊躇があったのかもしれないが、そうとは思えない行動力だった――二人に話しかけた。

 ディーノは自分の年齢を知らなかったが、ロマーリオと同じ背格好であることから、彼と同じくらいだろうと思った。ディーノはその日から、年齢を刻めるようになった。

 ロマーリオは十六歳。父親の跡を継いで楽器職人になろうとしている。いつかは修行のため街に行ってしまうだろう。年齢的にはいつ行っても遅くない歳なのだ。集落にはロマーリオより年上の子供はいない。みんな街に行ってしまい、修行の日々を送るか、他の仕事に就いている。女の子たちも結婚して集落を出て行った。家族を連れて数年後に戻って来る者もいればそのまま街で暮らす者もいる。

 ディーノは自由を得、好きに生きられるようになった。

 この集落に留まるか街に行くか。就ける仕事には制限があるだろうが、いつまでもリノの世話になっているわけにはいかない。かといって職人になりたいとは思っていなかった。リノの手伝いをすることはあっても、掃除や片付けばかりで、自分の手でリュートを作る気はなかった。

 ロマーリオと乾杯している陽気な音楽家を見つめ、ぼんやりと思った。

 ロドヴィーゴのようなリュート奏者になれないだろうか、と。
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