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第一部
33 家族
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「ただいま。二人ともちゃんと食べていたかい」
ロゼッタのいつにも増して元気で明るい声が台所に響いた。
馬車からたくさんの荷物を下ろしてくるだろうリノを手伝いに行こうとしたディーノは、ロゼッタに捕まった。
「ただいま」
と言いながらディーノを力強く抱きしめ、頬をすり寄せる。
一足先にロゼッタの熱い抱擁を受けていたイレーネは、困った顔をしているディーノを見て、ロゼッタの背後で笑いをこらえていた。
数日ぶりの再会の喜びを堪能したロゼッタに開放されると、ディーノは少しよろめいた。ロゼッタの力は男性に勝るとも劣らない。愛情もしっかり込められているからなおさらだ。
「実家から着れなくなった服をたくさんもらってきたからね。好きなもの持って行きなさい。みんなにも分けておやり」
「わあ。ありがとう」
イレーネは華やかな表情をして、荷解きにかかった。古着であっても新しい服は嬉しいらしい。さっそく取り出して身にあてている。
「どう? ディーノ。これ似合うかしら。こっちもステキ」
ディーノの返事を待つことなく、もう次の服に目移りしている。新しいおもちゃを前にした子供ように眸を輝かせ、笑顔を浮かべている。今にも踊りだしそうだ。
「ほらほら、そんなところで店開きしてないで、部屋に持って行って」
はしゃいでいるイレーネを見て、そう言うロゼッタも嬉しそうな顔をしている。それからリノを手伝いに行った。ディーノも後を追いかける。
「お帰りなさい」
「ただいま」
リノと短い挨拶を交わし、ディーノは荷物を受け取った。
家に持って入ると、イレーネもさすがに店開きは止めて服の入った袋を自室に持って行こうと奮闘していた。相当詰まっていて重いのか、その移動距離は非常に短い。日ごろからロゼッタの仕事を手伝っているとはいえ、イレーネの力は弱い。畑仕事より掃除や料理のほうを得意としていた。
「こっち持つから、そっち持てる?」
見かねたディーノが手伝い、女物が詰まっている三袋をイレーネとロゼッタの部屋に運び入れ、男物の一袋はリノとディーノの部屋に入れる。
食料は台所の床を一部引き上げ、小さな地下室に運び入れた。
それからリノとロゼッタは馬を借りたワルター老の家に向かった。老人から頼まれた買い物と馬を借りたお礼の手土産のいくつかを手に。
ディーノは女物の服の荷を解いているイレーネを手伝った。
「これすてき」
取り出すたびにイレーネは感嘆の声をあげているから、作業は遅々として進まない。でも急ぐわけでもないし、全身で喜びを表しているイレーネを急かすのも可哀相だし、とディーノもゆっくり服を取り出した。
「見て見て。ディーノ」
イレーネがいつのまにか薄青色の服に着替えていて、くるんと一回転してみせた。普段着使用にはもったいない綺麗なデザインだった。
「似合う?」
「すてきだよ」
ディーノが言ってやると、イレーネは顔を輝かせた。
無邪気で可愛らしいイレーネが、いとおしくてたまらなかった。
想いが表情に出ていたのか、ディーノの顔を見たイレーネがさらに笑顔になった。まるでどっちが素晴らしい笑顔を浮かべられるか対決をしているかのようだ。
イレーネはその顔のまま、とことことディーノの傍にやってきた。
すとんと腰を下ろし、真ん丸い眸で見上げてくる。
ディーノがすばやく顔を近づけ一瞬だけ唇を重ねると、耳が真っ赤になった。
「もう」
小さく呟いてディーノの左肩を軽くつつく。照れつつも嬉しそうだ。
扉の向こうでリノとロゼッタが戻ってきた音がして、二人は何事もなかったように身を離した。
「どうだい、イレーネ。お気に入りは見つかったかい」
「ええ、お母さん。これ着てみたの。どう?」
イレーネは部屋を出て台所に行った。
ディーノは振り返って戸口から二人の様子を眺める。
「よく似合ってるじゃないか。それはあたしが十七のころに着てた物だったんだよ。あんたにはちょっと早いかとも思ったんだけどね。もう二・三年もすればあたしが着てた年になるかと思って、持ってきたんだよ」
「お母さんが着てたの? うそぉ」
けたけたと笑った。ロゼッタは太っているわけではない。少し肉付きがいいだけだ。イレーネと比べると少しではないかもしれないが、イレーネが細すぎるのだ。
察したロゼッタが腰に手をあて、怒ったふりをする。
「いつのまにそんな酷いことを言う子になっちまったんだい、あんたは。そんな子にはこの服はやれないね。没収だよ、没収。ほーら脱いだ脱いだ」
「きゃあ。やめてえ、お母さん」
ロゼッタが服を脱がそうとイレーネを追いかけ、イレーネは脱がされないように逃げ出す。狭い台所から部屋へと場所を移し、楽しそうに戯れている二人をしばし眺めたディーノは、無言で部屋を後にし、工房の扉を開けた。
ロゼッタのいつにも増して元気で明るい声が台所に響いた。
馬車からたくさんの荷物を下ろしてくるだろうリノを手伝いに行こうとしたディーノは、ロゼッタに捕まった。
「ただいま」
と言いながらディーノを力強く抱きしめ、頬をすり寄せる。
一足先にロゼッタの熱い抱擁を受けていたイレーネは、困った顔をしているディーノを見て、ロゼッタの背後で笑いをこらえていた。
数日ぶりの再会の喜びを堪能したロゼッタに開放されると、ディーノは少しよろめいた。ロゼッタの力は男性に勝るとも劣らない。愛情もしっかり込められているからなおさらだ。
「実家から着れなくなった服をたくさんもらってきたからね。好きなもの持って行きなさい。みんなにも分けておやり」
「わあ。ありがとう」
イレーネは華やかな表情をして、荷解きにかかった。古着であっても新しい服は嬉しいらしい。さっそく取り出して身にあてている。
「どう? ディーノ。これ似合うかしら。こっちもステキ」
ディーノの返事を待つことなく、もう次の服に目移りしている。新しいおもちゃを前にした子供ように眸を輝かせ、笑顔を浮かべている。今にも踊りだしそうだ。
「ほらほら、そんなところで店開きしてないで、部屋に持って行って」
はしゃいでいるイレーネを見て、そう言うロゼッタも嬉しそうな顔をしている。それからリノを手伝いに行った。ディーノも後を追いかける。
「お帰りなさい」
「ただいま」
リノと短い挨拶を交わし、ディーノは荷物を受け取った。
家に持って入ると、イレーネもさすがに店開きは止めて服の入った袋を自室に持って行こうと奮闘していた。相当詰まっていて重いのか、その移動距離は非常に短い。日ごろからロゼッタの仕事を手伝っているとはいえ、イレーネの力は弱い。畑仕事より掃除や料理のほうを得意としていた。
「こっち持つから、そっち持てる?」
見かねたディーノが手伝い、女物が詰まっている三袋をイレーネとロゼッタの部屋に運び入れ、男物の一袋はリノとディーノの部屋に入れる。
食料は台所の床を一部引き上げ、小さな地下室に運び入れた。
それからリノとロゼッタは馬を借りたワルター老の家に向かった。老人から頼まれた買い物と馬を借りたお礼の手土産のいくつかを手に。
ディーノは女物の服の荷を解いているイレーネを手伝った。
「これすてき」
取り出すたびにイレーネは感嘆の声をあげているから、作業は遅々として進まない。でも急ぐわけでもないし、全身で喜びを表しているイレーネを急かすのも可哀相だし、とディーノもゆっくり服を取り出した。
「見て見て。ディーノ」
イレーネがいつのまにか薄青色の服に着替えていて、くるんと一回転してみせた。普段着使用にはもったいない綺麗なデザインだった。
「似合う?」
「すてきだよ」
ディーノが言ってやると、イレーネは顔を輝かせた。
無邪気で可愛らしいイレーネが、いとおしくてたまらなかった。
想いが表情に出ていたのか、ディーノの顔を見たイレーネがさらに笑顔になった。まるでどっちが素晴らしい笑顔を浮かべられるか対決をしているかのようだ。
イレーネはその顔のまま、とことことディーノの傍にやってきた。
すとんと腰を下ろし、真ん丸い眸で見上げてくる。
ディーノがすばやく顔を近づけ一瞬だけ唇を重ねると、耳が真っ赤になった。
「もう」
小さく呟いてディーノの左肩を軽くつつく。照れつつも嬉しそうだ。
扉の向こうでリノとロゼッタが戻ってきた音がして、二人は何事もなかったように身を離した。
「どうだい、イレーネ。お気に入りは見つかったかい」
「ええ、お母さん。これ着てみたの。どう?」
イレーネは部屋を出て台所に行った。
ディーノは振り返って戸口から二人の様子を眺める。
「よく似合ってるじゃないか。それはあたしが十七のころに着てた物だったんだよ。あんたにはちょっと早いかとも思ったんだけどね。もう二・三年もすればあたしが着てた年になるかと思って、持ってきたんだよ」
「お母さんが着てたの? うそぉ」
けたけたと笑った。ロゼッタは太っているわけではない。少し肉付きがいいだけだ。イレーネと比べると少しではないかもしれないが、イレーネが細すぎるのだ。
察したロゼッタが腰に手をあて、怒ったふりをする。
「いつのまにそんな酷いことを言う子になっちまったんだい、あんたは。そんな子にはこの服はやれないね。没収だよ、没収。ほーら脱いだ脱いだ」
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