上 下
32 / 157
第一部

32 告白(イレーネ目線)

しおりを挟む
 リノとロゼッタが帰ってくる予定だったこの日。

 昼を回り夕方になり、夕餉を終えても二人は戻ってこなかった。道中で何かあれば何らかの形で知らせがくるだろうからと、とくに心配しなかった。

 リノとロゼッタももともと街の生まれで、両親や兄弟姉妹が住んでいる。久しぶりの再会に積もる話もあるのだろう。

 湯浴みの後いつものようにイレーネはディーノの部屋にきた。

 窓の木枠を全開であけた。今晩は月がとてもきれいに浮かんでいる。雲はなく、まん丸の月が空を支配し、灯りの乏しい夜をこうこうと照らしている。

 月明かりを浴びながらディーノはリュートを奏でている。曲調は切ないマイナー調。テンポはゆっくりかと思うと、突然情熱的に激しくかき鳴らす。そしてまたゆっくりになる。

 ディーノの胸が騒いでいる。

 イレーネは編み物の手を進めながら、ディーノの顔を盗み見た。何が彼の胸を騒がせているのか、と。

 しかしディーノの顔はいつもの演奏時と変わらない穏やかな表情だった。リュートを弾ける喜びに溢れ、それを噛み締めている。そんな表情。

 イレーネは眸を編み物に戻し、耳だけを傾ける。

 テンポが安定しない。寄せては引く波のように、激しくなり、ゆっくりとなる。
イレーネの胸の内も穏やかでなくなっていく。脈が、鼓動が速くなり、かき乱されて息苦しくなる。抑えきれなくなった頃、正常に戻る。

 編み物はいっこうに進まなかった。落ち着いたときに編んだ個所をよく見ると、目を飛ばしている所を見つけた。仕方なく棒を抜いて糸をほどく。

 編み始めてしばらくすると、また胸が苦しくなった。

 イレーネは首を振り、編み棒を膝の上に置いて手を離した。今日はディーノの音の影響を多大に受けているのか、集中できなかった。

 風によってどこかから運ばれてきた雲が月明かりをさえぎった。

 部屋がすっと暗くなり、演奏の手を止めてディーノが顔を上げた。

 視線が合い、優しく微笑みかけてくる。

「どうかした?」

 イレーネは首を横に振って答えた。自身がどうかしたわけではなく、ディーノを心配して見つめていたのだから。イレーネの心はもう落ち着いている。

「そろそろ寝ようか」

 ディーノはリュートを置いて立ちあがった。

 イレーネは動かなかった。じっと座ったまま、ディーノの顔を見つめる。

 ディーノは戸惑った表情で、イレーネの眸を見つめ返してきた。

「・・・・・・き?」

「どうかした?」

 イレーネの呟きは、ディーノの耳に届かなかったようだ。ディーノがまた口を開けたとき、雲が切れて再び部屋に月明かりが射し込んできた。

 ディーノがゆっくりとイレーネに近寄ってくる。

 近づいてくるディーノから視線をはずさず、イレーネは今度こそはっきりと声をだした。

「わたしのこと好き?」

 イレーネの質問にディーノは足を止めた。右足を踏み出した姿勢のまま、イレーネの視線を受け止めている。

「わたしはディーノが好き」

 ディーノが答える前に、イレーネが先に自分の気持ちを伝えた。今云うつもりなんてなかったのに。伝えてしまった。ディーノの演奏がそういう気持ちにさせたのだろうか。

 ディーノは返事をくれない。

 見つめ合っていると、恥ずかしさから胸がどくんどくんと脈打ちだした。視界がうっすらと滲み始めているのがわかった。

 ディーノが無言でイレーネに向かって歩を進めた。

 見つめたまま、イレーネのすぐ傍で右膝をつく。

 下から見つめられながら、両手を握られた。彼の手はとても暖かい。

「始めて会ったときから、君だけを見ていた」

 この言葉だけで、ディーノの気持ちが充分に伝わってきた。

 嬉しい。イレーネは素直にそう思った。

 ディーノが腰を浮かせた。

 目で追っているうちに、ディーノの姿がゆらゆらと揺らめきだした。

 視線の高さが逆になり、イレーネが見上げる形になる。

 イレーネの両手を握りしめたまま、ディーノが顔を近づけてきた。

 柔らかそうな唇が、そっと自分の唇に重なる。

 私は待っていた。ディーノに触れられることを望んでいた。

 それが叶ったと悟ったとき、涙が頬を伝うのを感じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幻想美男子蒐集鑑~夢幻月華の書~

紗吽猫
ファンタジー
ーー さぁ、世界を繋ぐ旅を綴ろう ーー 自称美男子愛好家の主人公オルメカと共に旅する好青年のソロモン。旅の目的はオルメカコレクションー夢幻月下の書に美男子達との召喚契約をすること。美男子の噂を聞きつけてはどんな街でも、時には異世界だって旅して回っている。でもどうやらこの旅、ただの逆ハーレムな旅とはいかないようでー…? 美男子を見付けることのみに特化した心眼を持つ自称美男子愛好家は出逢う美男子達を取り巻く事件を解決し、無事に魔導書を完成させることは出来るのか…!? 時に出逢い、時に闘い、時に事件を解決し… 旅の中で出逢う様々な美男子と取り巻く仲間達との複数世界を旅する物語。 ※この作品はエブリスタでも連載中です。

パパ活JK、堅物教師に恋をする。〜超肉食ギャルと鈍感アラサー教師の恋愛攻防戦〜

みやこ。@他コン2作通過
恋愛
「センセー、そんなBBAよりあたしだけ見てよ!!」 実体験を元にしたちょっぴりリアルな生徒×教師ラブコメ💓  一番身近な禁断の恋——。叶えるためには手段なんて選んでられないっ!  JKのリアルを存分に詰め込んだ地味系堅物古典教師×寂しがりやなギャル系パパ活JKの甘酸っぱいコメディ寄りのラブロマンス開幕————!  常春(とこはる)うらら、18歳。  彼女は漠然とした寂しさを埋める為、親や学校には内緒でパパ活をしていた。  そんなある日、食事を共にした男性に騙されてお酒を飲まされ、ホテル街へと連れ込まれてしまう。  必死に抵抗し、助けを求めるが面倒ごとに巻き込まれたくない周囲の人間は見て見ぬふり。諦めかけていたその時、一人の男が助けに入る。  偶然にも彼は、うららが通う四季ヶ丘高校の教師なのであった————。  初恋をモノにする為、行動派の肉食系ギャルが攻めて攻めて攻めまくる!!  VS清楚の皮を被った女狐教師とのバトル勃発&初心な幼なじみからの猛アタックでいつの間にやら四角関係へと発展!? 「貴女みたいな子は、冬木先生とは釣り合わないんじゃないかしら」 「はーン??? あンの、BBAめっ!! うららの本気を舐めんなよ!?」  恋は正攻法だけじゃ勝てない!  ライバルを蹴落とし、己を存分にアピールする————。綺麗事だけじゃないこの恋を制するのは誰だ!? ⚠️このお話は決してパパ活を推奨するものではございません。フィクションとしてお楽しみいただけますと幸いです。 執筆の励みになりますので、よろしければお気に入り登録やご感想などをいただけると嬉しいです。

冴えない男子は学校一の美少女氷姫と恋人になる

朽木昴
恋愛
 平凡で冴えない誠也はいわゆる陰キャ。地味キャラとして高校生活を送る予定が、学校一の美少女瑞希に呼び出される。人気のない屋上で告白され、まさかの恋人関係に。とはいっても、瑞希は毎日告白されるのが嫌で、それを回避しようと偽りの恋人という残念な現実。  偽りの恋人生活が始まる。校内でイチャつく姿に幼なじみの瑠香が嫉妬する。モヤモヤする中、本当のことを誠也から言われひと安心。これぞチャンスと言わんばかりに、親友の沙織が瑠香の背中を押し誠也に告白するよう迫る。  最初は偽りだった関係も、誠也のさり気ない優しさに触れ、瑞希の心が徐々に誠也へと傾いていく。自分の本心を否定しながらも偽りの恋人を演じる毎日。一方、瑠香も恥ずかしながら誠也にアピールしていく。  ドキドキの三角関係、すれ違い、様々な想いが交差し、学園生活を送る恋愛物語。

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

アーキテクト
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

けだものだもの~虎になった男の異世界酔夢譚~

ちょろぎ
ファンタジー
神の悪戯か悪魔の慈悲か―― アラフォー×1社畜のサラリーマン、何故か虎男として異世界に転移?する。 何の説明も助けもないまま、手探りで人里へ向かえば、言葉は通じず石を投げられ騎兵にまで追われる有様。 試行錯誤と幾ばくかの幸運の末になんとか人里に迎えられた虎男が、無駄に高い身体能力と、現代日本の無駄知識で、他人を巻き込んだり巻き込まれたりしながら、地盤を作って異世界で生きていく、日常描写多めのそんな物語。 第13章が終了しました。 申し訳ありませんが、第14話を区切りに長期(予定数か月)の休載に入ります。 再開の暁にはまたよろしくお願いいたします。 この作品は小説家になろうさんでも掲載しています。 同名のコミック、HP、曲がありますが、それらとは一切関係はありません。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...