【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第一部

32 告白(イレーネ目線)

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 リノとロゼッタが帰ってくる予定だったこの日。

 昼を回り夕方になり、夕餉を終えても二人は戻ってこなかった。道中で何かあれば何らかの形で知らせがくるだろうからと、イレーネはとくに心配しなかった。

 リノとロゼッタももともと街の生まれで、両親や兄弟姉妹が住んでいる。久しぶりの再会に積もる話もあるのだろうと。

 湯浴みの後いつものようにイレーネはディーノの部屋にきた。

 窓の木枠を全開であけた。今晩は月がとてもきれいに浮かんでいる。雲はなく、まん丸の月が空を支配し、灯りの乏しい夜をこうこうと照らしている。

 月明かりを浴びながらディーノはリュートを奏でている。曲調は切ないマイナー調。テンポはゆっくりかと思うと、突然情熱的に激しくかき鳴らす。そしてまたゆっくりになる。

 ディーノの胸が騒いでいる。

 イレーネは編み物の手を進めながら、ディーノの顔を盗み見た。何が彼の胸を騒がせているのか、と。

 しかしディーノの顔はいつもの演奏時と変わらない穏やかな表情だった。リュートを弾ける喜びに溢れ、それを噛み締めている。そんな表情。

 イレーネは眸を編み物に戻し、耳だけを傾ける。

 テンポが安定しない。寄せては引く波のように、激しくなり、ゆっくりとなる。
イレーネの胸の内も穏やかでなくなっていく。脈が、鼓動が速くなり、かき乱されて息苦しくなる。抑えきれなくなった頃、正常に戻る。

 編み物はいっこうに進まなかった。落ち着いたときに編んだ個所をよく見ると、目を飛ばしている所を見つけた。仕方なく棒を抜いて糸をほどく。

 編み始めてしばらくすると、また胸が苦しくなった。

 イレーネは首を振り、編み棒を膝の上に置いて手を離した。今日はディーノの音の影響を多大に受けているのか、集中できなかった。

 風によってどこかから運ばれてきた雲が月明かりをさえぎった。

 部屋がすっと暗くなり、演奏の手を止めてディーノが顔を上げた。

 視線が合い、優しく微笑みかけてくる。

「どうかした?」

 イレーネは首を横に振って答えた。自身がどうかしたわけではなく、ディーノを心配して見つめていたのだから。イレーネの心はもう落ち着いている。

「そろそろ寝ようか」

 ディーノはリュートを置いて立ちあがった。

 イレーネは動かなかった。じっと座ったまま、ディーノの顔を見つめる。

 ディーノは戸惑った表情で、イレーネの眸を見つめ返してきた。

「・・・・・・き?」

「どうかした?」

 イレーネの呟きは、ディーノの耳に届かなかったようだ。ディーノがまた口を開けたとき、雲が切れて再び部屋に月明かりが射し込んできた。

 ディーノがゆっくりとイレーネに近寄ってくる。

 近づいてくるディーノから視線をはずさず、イレーネは今度こそはっきりと声をだした。

「わたしのこと好き?」

 イレーネの質問にディーノは足を止めた。右足を踏み出した姿勢のまま、イレーネの視線を受け止めている。

「わたしはディーノが好き」

 ディーノが答える前に、イレーネが先に自分の気持ちを伝えた。今云うつもりなんてなかったのに。伝えてしまった。ディーノの演奏がそういう気持ちにさせたのだろうか。

 ディーノは返事をくれない。

 見つめ合っていると、恥ずかしさから胸がどくんどくんと脈打ちだした。視界がうっすらと滲み始めているのがわかった。

 ディーノが無言でイレーネに向かって歩を進めた。

 見つめたまま、イレーネのすぐ傍で右膝をつく。

 下から見つめられながら、両手を握られた。彼の手はとても暖かい。

「始めて会ったときから、君だけを見ていた」

 この言葉だけで、ディーノの気持ちが充分に伝わってきた。

 嬉しい。イレーネは素直にそう思った。

 ディーノが腰を浮かせた。

 目で追っているうちに、ディーノの姿がゆらゆらと揺らめきだした。

 視線の高さが逆になり、イレーネが見上げる形になる。

 イレーネの両手を握りしめたまま、ディーノが顔を近づけてきた。

 柔らかそうな唇が、そっと自分の唇に重なる。

 私は待っていた。ディーノに触れられることを望んでいた。

 それが叶ったと悟ったとき、涙が頬を伝うのを感じた。
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