【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第一部

23 ワイン

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 ある日ワルター老六十五歳の誕生日を祝おうと、集落に住む人全員で宴会をすることになった。

 連日今にも雪が降りそうな曇り空が続いたが、その日は天候に恵まれた。温かい陽光が降り注ぎ、外での宴会は多いに盛り上がった。

 この日は無礼講だとばかりに昼間からワイン樽を開け、大人も子供も飲み放題食べ放題だった。

 念願のワインにディーノの胸は高鳴った。奴隷時代さんざん重い樽を運ばされたのに、一滴たりとて分け与えられることのなかったワインが、ようやく口にできる。騒いでいる周りのことなどお構いなしに、ディーノはその赤黒い液体を見つめた。

 木のジョッキに惜しみなくなみなみと注がれ、ディーノの震えに呼応して表面が揺れている。

 芳醇なぶどうの香りと、アルコールの匂いなのか嗅いだことのない不思議な香りがした。

 ゆっくり口に運んでいき、いざ飲もうとしたところへ、誰かがどんとぶつかってきた。飲もうとしていたワインがこぼれ、顎から首に伝った。拭うと、袖が紫色に染まった。

「あ、悪い」

 ディーノにぶつかったのは左隣に座っていたロマーリオであった。

 宴はまだ始まったばかりだから、酔っ払っての行為ではないだろう。ふざけていてぶつかったのだろうか。
 ワインしか目に入っていなかったディーノにはわからかったが、些細なことは気にならなかった。こぼれてしまったワインがもったいないとは思うが、それもまた些細なことだ。ワインは樽にまだまだあるし、その樽もたくさん保存されている。

 ディーノは改めてジョッキに視線を戻した。胸の高鳴りはさっきほどではなくなってしまったが、少し減ったワインをようやく口に運ぶことができた。

 ワインに飲み方があることなど知らないから、水を飲むようにごくりと流し込み、顔をしかめた。

 ぶどうの味はする。しかし相当苦みのあるぶどう。しかも少しばかり酸っぱい。

 なんだろう。この味。

 液体を見つめて首を傾げる。

 アルコールを口にすることが初めてのせいか、美味しいと表現していいものなのかどうかわからなかった。ただ苦い。苦い味のするぶどう。そんな印象だった。

 ようやく周りを見渡す余裕がでた。皆ががぶがぶと飲み干し、おかわりを注いでいる。幼い子供たちでさえも、大人ほどではないが水のように飲んでいる。だから美味しいものなのだろう。この苦みも含めて。

 そう考えて二口目を口にしようとしたところで、再び邪魔が入った。
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