【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

文字の大きさ
上 下
22 / 157
第一部

22 生活

しおりを挟む
「身体を動かすためにはしっかりと食べておかないと」というロゼッタの持論により、朝昼晩しっかり食事をとれる生活になった。

 鶏の声とともに起きる生活は変わっていないが、まどろんだ挙句うっかり二度寝をしてしまっても殴られるどころか怒られることもない。

 畑仕事は日を重ねていけば慣れたし、鶏の世話はディーノには慣れたものだったので、集落での生活を苦に思うことはなかった。

 イレーネもここでの生活が楽しいのか、笑顔が増えた。大きな声で笑うようになり、少し年上のお姉さんたちや、ロゼッタの年代、さらには数少ない年配者とも仲良く話すようになっていた。

 嬉しいことがあるとディーノのところにやってきて、楽しそうに話をしていったり、もらったものを見せにきたりした。

 イレーネの表情が明るくなったことは、ディーノにとっても嬉しいことだった。かつて願っていたことが、こんなにも早く訪れるとは思ってもいなかった。

 一方で、いつまでここにいられるだろうか、という不安は拭い切れないでいた。屋敷のある町からどれだけ離れているのかわからなかったし、買い出しに出かけるという街が奴隷としてこき使われていたオルッシーニ家の治める領地でないとも言いきれず、追っ手がここに現れないとも限らない。

 人の目や噂を気にかけ、少しでも異変があればすぐに逃げなければいけない、と終始気を張っていた。

 一番気になるのが、ワルター老の眸だった。

 この老人は何か知っているのではないか、全てを見透かされているのではないか。
 たびたび向けられてくるワルター老の視線に、ディーノは恐れを抱いた。
 だから老人の行動に注意を払いながら、夫妻とかかわることは避けようと思っていた。
 距離を置いたのはワルター夫妻だけではなく、集落に住む人全員に、であったが。

 朝日が十回昇っても、夕日が二十回沈んでも、追っ手がやって来るような気配はなく、何度か街に行った者たちからも、奴隷が逃げたという話は全く耳にしなかった。

 その頃にはイレーネはすっかり集落に溶けこんでいたし、おぼつかない手つきのディーノにワルター老が手を差し伸べてくれたこともあった。

 月日が経つごとに、ディーノに抱かせていた警戒心は緩んでいった。

 ワルター老の視線は、厳しいここでの生活を幼い二人がやっていけるかと心配してのものだったこともわかり、開いていた距離を縮めていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

勇者、追放される ~仲間がクズばかりだったので、魔王とお茶してのんびり過ごす。戻ってこいと言われても断固拒否。~

秋鷺 照
ファンタジー
 強すぎて勇者になってしまったレッグは、パーティーを追放され、一人で魔王城へ行く。美味しいと噂の、魔族領の茶を飲むために!(ちゃんと人類も守る)

殿下はご存じないのでしょうか?

7
恋愛
「お前との婚約を破棄する!」 学園の卒業パーティーに、突如婚約破棄を言い渡されてしまった公爵令嬢、イディア・ディエンバラ。 婚約破棄の理由を聞くと、他に愛する女性ができたという。 その女性がどなたか尋ねると、第二殿下はある女性に愛の告白をする。 殿下はご存じないのでしょうか? その方は――。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

【完結】婚約破棄からの絆

岡崎 剛柔
恋愛
 アデリーナ=ヴァレンティーナ公爵令嬢は、王太子アルベールとの婚約者だった。  しかし、彼女には王太子の傍にはいつも可愛がる従妹のリリアがいた。  アデリーナは王太子との絆を深める一方で、従妹リリアとも強い絆を築いていた。  ある日、アデリーナは王太子から呼び出され、彼から婚約破棄を告げられる。  彼の隣にはリリアがおり、次の婚約者はリリアになると言われる。  驚きと絶望に包まれながらも、アデリーナは微笑みを絶やさずに二人の幸せを願い、従者とともに部屋を後にする。  しかし、アデリーナは勘当されるのではないか、他の貴族の後妻にされるのではないかと不安に駆られる。  婚約破棄の話は進まず、代わりに王太子から再び呼び出される。  彼との再会で、アデリーナは彼の真意を知る。  アデリーナの心は揺れ動く中、リリアが彼女を支える存在として姿を現す。  彼女の勇気と言葉に励まされ、アデリーナは再び自らの意志を取り戻し、立ち上がる覚悟を固める。  そして――。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

幼馴染を溺愛する旦那様の前から、消えてあげることにします

新野乃花(大舟)
恋愛
「旦那様、幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

処理中です...