【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

文字の大きさ
上 下
16 / 157
第一部

16 真実を隠して

しおりを挟む
 台所を突っ切り、扉を開ける。

 朝の冷たい空気が鼻を抜けて肺に達すると、布団によって温められていた身体が一気に冷えた。そのお陰か頭に上っていた血も下りたようで、少し冷静さを取り戻す。
 深く息を吸いこんで、もう一度身体の奥深くまで冷気を送りこむ。

 それから周囲を見渡した。ログハウスのような手作り感溢れる家が、隣にも向かいにも数軒立ち並んでいる。人通りはないが、家々の煙突から煙があがっていることから、人が生活している様子は窺えた。

 周囲に高い木々が見えることから、ここが森の中であることがわかる。村というよりは数人の人々が寄り集まっている集落のようだ。

 どこかから女性の話し声が耳に届き、声のするほうに向かった。壁をぐるりと回ると、家の裏手で洗濯物が風に揺れているのが見えた。

「イレーネ!」

 洗濯物の間からイレーネの姿を見つけた。ほっとして駆け寄る。

「おはよう。寝ぼすけさんね」

 イレーネがくすくすと笑う。優しい笑顔だった。

「ああ、起きたんだね。おはよう」

 後ろから女性も姿を現した。干し終わったのか、空っぽのかごを抱えている。

「二人とも元気になったみたいだね。安心したよ」

「おばさんのお陰です。どうもありがとう」

「あたしは大したことはしてないよ。神のお導きに従ったまでさ」

 女性と話すイレーネは、今まで見たことのない顔をしていた。明るい声と朗らかな表情で、屋敷の誰かに話しかけられてもこんな応え方をしていたことはなかった。

 この表情を引き出すのは自分だと思っていたのに、他の誰かがあっさりとしてのけたことに、レーヴェの胸中は複雑だった。嬉しいことなのに、少し残念なような。

「他にお手伝いできることはありますか? 私、何でもします」

 屋敷で料理以外の家事はなんでもさせられていただろうからイレーネにとって何といういうこともないのだろうが、レーヴェはふと疑問を感じた。せっかく屋敷から逃げ出したのに、なぜ同じことをやるんだろうと。

「元気になったばかりなんだから、無理しなくていいんだよ」

「いいえ。無理なんてしてないです。お世話をおかけしたのに何もしないなんて、亡くなった両親に叱られます。それに身体を動かしていたほうが楽なんです」

 イレーネは女性に取り入ろうとしているのだろうか。にこやかに話しながらも言葉の端々に媚びるような感じがある。

 二人が行ってしまうのを見つめたまま見送りかけて、レーヴェはイレーネにようやく声をかけ引き止めた。

 イレーネは振り返った。女性は先に行ってしまう。

「あの人たちに何か話した?」

「何かって?」

 イレーネにさぐりを入れるが、彼女は本当にわからないという顔をして小首を傾げた。

「オレらのこと」

「何も云ってないわよ。云わないほうがいいと思って」

 声を潜め、早口に云った。

「ずっとここにいるの?」

「そんなことわからないわ。だけど、奴隷だったなんて言ったら絶対嫌がられるわ。私、自分が奴隷だったなんて思いたくないし」

「そりゃそうだけど。それを受け止めてくれるような人だったら、信頼できると思うけど」

「だめ。言っちゃだめよ。何か聞かれたらうまくごまかして」

「ごまかすったって、なんて」

「そうねえ。それじゃ、こうしましょう。怖い人たちに襲われて森に逃げたって。いい?」

「わかった」

 イレーネの勢いに圧倒されて、レーヴェはあっさりと頷く。

 レーヴェが頷いたのを見届けると、玄関に向かおうとしたイレーネがもう一度近寄ってきた。耳に口を近づける。

「ねえ、名前、考えたほうがいいんじゃないかしら。九番なんて呼べないもの」

 レーヴェが聞き返す間もなく、イレーネは走って家に入って行った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

帰ってこい?私が聖女の娘だからですか?残念ですが、私はもう平民ですので   本編完結致しました

おいどんべい
ファンタジー
「ハッ出来損ないの女などいらん、お前との婚約は破棄させてもらう」 この国の第一王子であり元婚約者だったレルト様の言葉。 「王子に愛想つかれるとは、本当に出来損ないだな。我が娘よ」 血の繋がらない父の言葉。 それ以外にも沢山の人に出来損ないだと言われ続けて育ってきちゃった私ですがそんなに私はダメなのでしょうか? そんな疑問を抱えながらも貴族として過ごしてきましたが、どうやらそれも今日までのようです。 てなわけで、これからは平民として、出来損ないなりの楽しい生活を送っていきたいと思います! 帰ってこい?もう私は平民なのであなた方とは関係ないですよ?

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

巻き込まれて気づけば異世界 ~その配達員器用貧乏にて~

細波
ファンタジー
(3月27日変更) 仕事中に異世界転移へ巻き込まれたオッサン。神様からチートもらってやりたいように生きる… と思ってたけど、人から頼まれる。神から頼まれる。自分から首をつっこむ! 「前の世界より黒くないし、社畜感無いから余裕っすね」 周りの人も神も黒い! 「人なんてそんなもんでしょ? 俺だって黒い方だと思うし」 そんな元オッサンは今日も行く!

パーティー追放された者同士で組んだら、全員魔剣士だったけど割と万能で強かった件

微炭酸
ファンタジー
勇者見習い職とされる“冒険者”をしていたハルトは、ある日突然パーティーを追放されてしまう。 そして同じくパーティーを追放されたマナツ、モミジ、ユキオの3人とパーティーを組む。 しかし、4人の職業は全員“魔剣士”であった。 前衛も後衛も中途半端で決して良い待遇を受けない魔剣士だけのパーティー。 皆からは笑われ、バカにされるが、いざ魔物と闘ってみるとパーティーボーナスによって前衛も後衛も規格外の強さになってしまい―― 偏った魔剣士パで成り上がりを目指す冒険ファンタジー! ※カクヨム様・なろう様でも投稿させていただいています。

外れスキルと馬鹿にされた【経験値固定】は実はチートスキルだった件

霜月雹花
ファンタジー
 15歳を迎えた者は神よりスキルを授かる。  どんなスキルを得られたのか神殿で確認した少年、アルフレッドは【経験値固定】という訳の分からないスキルだけを授かり、無能として扱われた。  そして一年後、一つ下の妹が才能がある者だと分かるとアルフレッドは家から追放処分となった。  しかし、一年という歳月があったおかげで覚悟が決まっていたアルフレッドは動揺する事なく、今後の生活基盤として冒険者になろうと考えていた。 「スキルが一つですか? それも攻撃系でも魔法系のスキルでもないスキル……すみませんが、それでは冒険者として務まらないと思うので登録は出来ません」  だがそこで待っていたのは、無能なアルフレッドは冒険者にすらなれないという現実だった。  受付との会話を聞いていた冒険者達から逃げるようにギルドを出ていき、これからどうしようと悩んでいると目の前で苦しんでいる老人が目に入った。  アルフレッドとその老人、この出会いにより無能な少年として終わるはずだったアルフレッドの人生は大きく変わる事となった。 2024/10/05 HOT男性向けランキング一位。

「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった

今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。 しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。 それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。 一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。 しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。 加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。 レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

処理中です...