【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第一部

14 たっぷりの食事

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 食事をしていた女性がレーヴェに気がついて顔を上げた。背中を向けていた男性も振り向く。

「お腹すいたかい?」

 聞かれて、思わず腹に手をやった。たしかに空腹だった。空腹なのはいつものことだったから慣れていたけれど、食べ物を前にすると抑えられるものではなかった。またも鳴った腹の虫に、女性が微笑んで手招きした。

 食卓の前で立ち尽くすと、男性が隣席の椅子を引いた。指示されるままに腰を下ろす。

「今日は鹿が獲れたから、分けてもらえてね。たくさんあるから遠慮なく食べな」

 女性にナイフとフォークを手渡されて、反射的に受け取りはしたが、レーヴェは二人の顔を見つめたまま固まった。

 使い方がわからなかった。スープやパンぐらいしか食べさせてもらえなかったから、匙の使い方はわかっても、目の前にあるものが切るものと刺すものであることがわからなかった。二人が食事を再開してくれれば見よう見真似で使ってみるのに、なぜか二人はレーヴェを見つめてくる。

 子供が珍しいわけでもあるまいし、なぜ見つめられているのか不思議だった。使い方のわからない食器は食卓に置いた。二人を見返しながら恐る恐るパンを手に取り、口に運ぶ。

「パンに挟んで食うとうまいんだ」

 男性はパンを広げ、フォークを刺して肉を取り、パンに挟んだ。レタスも一緒に挟んで大きくかぶりつく。

 それをきっかけに女性も食事を再開した。

 レーヴェも男性の食べ方を真似してみる。一度取った肉が滑り落ちて食卓を汚してしまった。

 怒られる。

 反射的に首をすくめてしまったけれど、叱りつけるような言葉はかけられなかった。

「手掴みでもいいんだよ」

 女性が言うと、男性が実際にして見せた。指についたソースまで舐めとり、にやりと笑ってみせる。

 レーヴェも遠慮なく指でつまむことにした。

 生まれて初めて食べた肉はびっくりするほど柔らかくて、味も格別だった。あの屋敷で調理中の肉を見たことがあったが、とても固そうな印象だった。貴族はあんな固そうなものを食べているのだから、さぞや顎の力が強いのだろうと思っていたが、自分の認識が誤っていたことを知った。

「あの子ね、あんたが目を覚まして、しばらくしてから気づいたよ」

 夢中になって肉に食らいついていると、女性の言葉が自分に向けられたことに気がついて手を止めた。

「イレーネ、何か言ってた?」

「声をだす元気もなかったね。でもスープを少し口にしたから、しばらく寝て食べていたら元気になるよ。なにせ若いんだからね」

 と言って彼女は笑った。

 食事を終えると、あんたもしっかり寝ておいで、と女性に言われたが、寝る前にイレーネの顔を見たいと訴えると、ついておいでと別の部屋に案内された。

 ランプの明かりの下で見るイレーネの顔色は良いのか悪いのかわからなかったが、表情は落ち着いているように見えた。寝息をたて、すやすやと眠っている。

「今晩はあたしがついているし、目を覚ましたらまたスープを飲ませるから、あんたもよく眠るんだよ」

 耳もとで囁やかれ、頷いた。自分に何ができるのかわからなかったし、自分もまだ身体の疲れはとれていなかった。

 寝台にもぐりこみ、二人がなぜ何も聞いてこないのか疑問に感じながらも、睡魔に襲われすぐに瞼を閉じた。
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