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第一部
13 絶望の中の希望
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彼女のほかに、もう一人男性が背を向けて座っていた。
女性の話に頷いて笑って、今度は男性の話に女性が頷いて笑っている。お互いの声も楽しそうで、二人を初めて見たレーヴェにも互いを信頼し合っている様子が窺えた。
再び頭に家族という言葉が浮かんでくる。
レーヴェは父も母も知らない。顔もどんな人物だったのかも。知っているのは奴隷であった母親が出産と同時に死んだことだけ。
それから奴隷商人の手によって育てられ、物心つく頃にオルシーニ家に売られた。
九番目に来た奴隷だからという理由で、レーヴェという名を与えられた。次に来たイレーネは十番目と呼ばれた。
最も古い記憶は顎一面に髭をたくわえた自分を育てた奴隷商人に殴られたことだった。何が理由だったのかは覚えていなかった。自分が言いつけを守らなかったのか、いけないことでもしたのか。あるいは男の機嫌がただ悪かっただけなのか。
強烈なビンタをくらい、近くにあった木箱の角に後頭部をぶつけた。殴られた右頬が熱をもってじんじんと痛かったが、角が刺さった後頭部の痛みのほうが何倍も上だった。出血はすぐに治まったものの、殴られたときにはあの時の痛みを思い出すこともあった。
幼い頃はどうして自分がこんな目にあうのか納得できず、せめてどちらかがいてくれさえすれば、こんな目にあわずにすんだのではないかと、日々生んだ母を呪ったものだった。
レーヴェは知らないことだったが、奴隷であった母親は複数の男から暴行をうけて望まぬ妊娠をした。父親が誰かなどわかるわけもなく、そこに愛情はなかった。母を憎むのはお門違いで、恨むのなら最低な男たちのほうだろう。
屋敷に売られた頃には、もう諦めていた。この身分からは一生抜け出すことはできない。休みなしで働かされるのも、気分のままに殴られるのも、それが自分の生き方だと受け止めるほかないのだろうと。幼いながらに人生を達観していた。
その考えが変わったのは、イレーネに出会ったからだった。
初めは同じくらいの歳の子がきたことが嬉しくて話しかけていた。次第にイレーネのために何かをしたいと思うようになった。そうしたら生きることに意味があるような気がしてきた。生きることが少しは楽しいと思えるようになった。イレーネのお陰だった。
イレーネは無事だろうか。別室で寝かされているらしいイレーネの話になる様子は、会話をしている二人にはない。
イレーネの顔を見たくなって、レーヴェは扉を開けて出ていった。
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再び頭に家族という言葉が浮かんでくる。
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イレーネの顔を見たくなって、レーヴェは扉を開けて出ていった。
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