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第一部

10 脱走

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「イレーネ。大丈夫? ちょっと休もうか」

「大丈夫。少しでも遠くに行きたいから。止まりたくない」

 木々がうっそうと生い茂り、日の光もろくに届かない森の中。二人は道なき道を突き進んだ。

 獣の声に恐怖し、自身がたてた音に怯え、寒さに震えながら、背後にある巨大な存在から逃れようと、懸命に足を動かし続けた。

 肌が露出しているところには真新しい切り傷をいくつも作り、全身は泥だらけ。

 手をつなぎ助け合いながら、草をかきわけ、巨木の根を越え、歩き続ける。

 方向はでたらめで、向かう先に何があるのかわからない。

 レーヴェが用意したパンを少しずつかじり、葉についた水滴で乾きを潤し、ときどき木の根元に座り込んで屋敷から盗んできた毛布に包まり交代で休憩をとりながら、二人は歩き続けた。

 数日たつと昼夜の感覚はなくなり、手持ちの食料もつきた。それでもわずかな水滴と気力だけで進み続けた。進んだ先に輝かしい未来が待っているはず、という希望だけを胸に、互いを励まし続けて。

 そして奇跡は起きた。神は二人を見放さなかった。

 憔悴しきった二人の眸に、開けた場所に建つ家々が映る。

 町と呼ぶより村といった佇まいのこぢんまりとした空間だった。

 二人は安心したのか、木々がなくなった途端、崩れ落ちるように倒れこんだ。手を繋ぎあったまま。
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