【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第一部

2 差し入れ

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 痛みと寒さを我慢して毛布にくるまっていると、知らないうちに眠り込んでいた。

 ふと目覚めたとき、何かの音を耳が捉えた。
 鼠が立てるような音じゃなく。これは、声?

 がばっと身体を起こす。

「あててて」

 あちこちがまだ痛い。痛みを堪えて身体を捻り、真横にある石造りの階段の上部を見上げた。

 扉が開いたと思った。けれど、違った。
 木製の扉は固く閉ざされたまま。

 声が聞こえたと思ったのは、気のせいだったのだろうか。もう一度よく耳をこらす。

 声は階段側ではなく、向かいの壁から聞こえてきていた。

 顔を上げると、壁のレンガが一箇所だけ崩れている場所があった。
 そこから白い手が見え、ひらひらと踊っていた。
 声もそこから聞こえてくる。囁くようにレーヴェを呼ぶ。

 レーヴェは痛む身体に鞭を打つ気分で立ち上がり、壁際に向かった。 

 穴はレーヴェの身長の倍以上はあろうかという高さにあった。手を伸ばして到底届く距離ではない。
 白い手の大きさは、レーヴェよりも小さいように思えた。

「誰?」

 レーヴェが小声で問いかけると、

「起きたのね。よかった」
 弾むようなかわいい声が返ってきた。

「イレーネ!?」

「そうよ。大丈夫?」

「なんとかね」

「これ落とすから、受け取って」

 ひらひらしていた手が一旦引っ込み、再びにょきっと現れる。と、握られていた拳がぱっと開いた。

 レーヴェは落ちてきた小さい何かを、咄嗟に受け取った。

「取れた?」

 問いかけられて、「うん」と答える。手のひらを開くと、そこには瑞々しい艶を放つ大きな葡萄が一粒。

「まだあるから落とすね」

 囁かれて、慌てて顔を上げる。
 二つ、三つと落ちてきた葡萄を無事に受け取った。

「お水は無理だった。ごめんなさい」

「充分だよ。イレーネ、ありがとう」

「また、何か持ってくるわね」

「みつかったらイレーネが叱られるよ」

「見つからないようにうまくするわ。だけど早く出られるといいわね。寂しいでしょう?」

「ねず公と仲良くするよ」

 レーヴェの冗談に、イレーネがくすっと笑ったような気がした。

「それじゃ、行くわね」

「ありがとう」

 足音は聞こえなかったけれど、イレーネが遠ざかっていく気配がした。
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