【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希

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第三部 最終話

53 新居

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 数日、ロゼッタとディーノは家探しに奔走し、ロマーリオの姉エレナの家の近くの借家に決めた。

 家探しは二人に任せて仕事に励んでいたイレーネも気に入った物件だった。

 昨日、ロマーリオを初め集落出身者の手を借りつつ、掃除の済んだ部屋にイレーネの荷物を運び込んだ。ばたばたと忙しかったが、新居が整ったことで気分的には落ち着いた。

 ディーノの荷物はほとんどないため、徐々に揃えていかなければならない。

 明日は集落に帰り、二人が所帯を持った祝いの宴が開かれることになっていた。

 夕餉も食べ終え、明日持って帰る荷物もまとめ終えた。後はもう寝るだけとなった頃、寝台に腰を掛けてディーノはイレーネを呼んだ。

「なあに」

 ちょこんと隣に腰掛けるイレーネがそこにいることがただただ嬉しくて、ディーノの頬は緩みっぱなしだった。自分でもちょっとだらしないかも、と思うほどに。

 イレーネを呼んだ本題を思い出し、首から紐を引っ張り出す。木彫りのペンダントを首から外し、イレーネの手を取って乗せる。

「これ、イレーネに返さないといけないとって思ってて」

「大事に持っていてくれてたのね」

 イレーネが目を細めて手のひらを見つめた後、胸元で抱きしめた。八年振りに両親と再会をしたのだから、嬉しいのだろう。

「これが二度もオレを救ってくれたんだ」

「二度も?」

 イレーネが顔を上げ、瞼をぱちくちさせた。

「一度目は本能を冷ましてくれた。二度目は思考の闇から引っ張り上げてくれた。オレの目を醒ましてくれたのは、ロマーリオのリュートじゃなくて、これだったんだ。きっかけは怒ったロマーリオに掴まれて揺すられたからだけど」

「そうだったの。あなたに渡して良かった」

 屈託のない笑顔を向けられ、ディーノの胸に愛おしさが込み上げた。幼い頃となにも変わらない、可愛らしい頬笑み。

「イレーネ。オレを待っていてくれてありがとう」

 イレーネの顔に触れようとして手を伸ばした。

 ところが、ぷいと背けられてしまう。

「私は待ってなかったわ。未来が繋がっていると信じていたから、私は私の道を進もうと思ったの」

 すねたような口調がとてつもなく可愛らしくて、ディーノが抱きしめようと腕を伸ばしたとき、イレーネが振り返った。がばりと抱きついてくる。

「嘘よ、半分は本当だけど。私が待ってるって云わなかったのは、あなたの負担になりたくなかったから。だけどいつか迎えに来てくれるんじゃないかしらって期待してた。手紙だけが頼りだったの」

 首筋にイレーネの息がかかる。その細い身体をそっと抱きしめた。

「あまり出さなくてごめんよ。不安だったろ」

「少し」

「もうどこにも行かないよ。イレーネと一緒にいる。あ、そうだ。渡すものがあったんだ」
 
 イレーネの身体から腕を離し、ポケットをごそごそすると、イレーネも身体を離した。

「パルディアで見つけたんだ。少しよれてるけど」

 帰ってきたときに着ていた服のポケットに入りっぱなしになっていたリュートのレース編みを見せる。
 レース編みに気づかなかったイレーネが服を洗濯をしてくれたお陰で、レースが少し歪んでしまっていた。

「あら、気づかなかったわ。ごめんなさい。ありがとう、嬉しい」

 ペンダントの乗っていないもう片方の手を取り、レース編みを乗せる。

「イレーネ、オレの奥さんになってくれる?」

 ずっと伝えたかった大切なこと。
 ようやくイレーネに伝えることができた。

 イレーネからの返事はすぐにきた。

「もちろんよ! 私、あなたと家族になりたかったんだから」

 明るい声だった。その笑顔は今まで見たどの顔よりもにこやかで、輝いている。

「だけど私、あなたにあげられる物、何もないわ」

「いらないよ。イレーネがいてくれるだけで十分だから」

「それじゃ、もう一度、これをあなたに」

 ディーノの首に、再びペンダントが戻ってくる。

「いいの?」

 イレーネが頷いた。

「二度もあなたを助けてくれたのなら、また父と母が守ってくれるわ。私には、これがあるから」

 愛しいものを愛でるように、レース編みを両手で包み込む。

「貴族の間では結婚するときに銀の指輪を贈り合うらしいんだ。今は無理だけど、いつかイレーネに贈りたいな」

「私は、あなたがいてくれるだけで十分よ」

「ありがとう、イレーネ。でも、いつか」

 イレーネの左手を取る。

「ここに、オレのイレーネである証を」

 透明の指輪を薬指に通す。

「ありがとう。じゃあ、楽しみに待っているわね」

「うん。待ってて」

 今度は待っていると云ってもらえた。待ってくれる人がいることが嬉しい。頑張らないと、と気合が入った。

「イレーネ・・・・・・」

 名前を呼ぶと、イレーネが顔を上げた。

 見つめ合っていると、イレーネの頬をつーっと涙が伝った。
 
 指の腹で拭ってやる。右を拭い。左を拭い。拭うはしから溢れ流れる。

「・・・・・・ディーノ」

 イレーネの口から熱い、吐息のような声が漏れ、ディーノは導かれるように顔を近づけた。

 柔らかく温かい唇に触れる。

 八年前、気持ちを通じ合わせてから、人目を忍んでしていた口づけ。
 これからは夫婦としていつでも触れることができる。そこから先のことも。

 ディーノは夢中でイレーネの唇を味わった。

 応じてくれるイレーネの呼吸が荒くなる。

 その吐息も愛おしくて、ディーノは興奮を抑えきれなくなった。

 イレーネの肩に手を置き、そっと力を加えた。

 抵抗なくイレーネの身体が寝台に横たわる。

 唇を離し、上から近距離で見つめる。

 濡れた眸、小さな鼻、柔らかい頬、うっすらと開いた唇。そのすべてが愛おしかった。

「愛してるよ。イレーネ」

 返事をしようとしたのか開いた唇を、我慢できずに自らの口で塞いだ。
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