【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第三部 最終話

51 開かれた音楽

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 ディーノの考えを聞いたピエールは、しばらくなにやら思案している様子を見せた後、口を開いた。

「この街に劇場はありますか?」

 誰にともなく訊ねる。
 答えたのはロゼッタだった。

「劇場はないねえ。たまに教会や広場で演劇をやってるけど、専門の建物となるとないね」

「では公爵に提案してみましょう。ディーノや腕のある音楽家・役者を呼んで、演劇やオペラを上映すれば、新たな収益を生むことができるかもしれない。貴族たちがこぞってやってくれば、宿屋も潤い、付随する業界も上向くだろう。成功すれば、芸人たちの収益も地位も上ると思うんだ。ここは楽器製作家がたくさんいる。これは、他の街にはない特徴だから、きっと売りになるよ」

 ピエールは自信満々の顔をして、楽しそうに話す。

 音楽家や役者たちの収入や地位が上るのは願ってもないことだ。しかし、ディーノの考えていることとは方向が違った。

「ピエールさん。その劇場は貴族だけのもの?」

 ディーノの言葉に、ピエールは「え?」と小首を傾げた。

「平民も安く入れるんなら、演奏させてもらうけど、貴族だけのものならやらない。オレは貴族の専属になるつもりは、もうない」

 ピエールは驚いたのか目を見開いたが、ディーノは気にせず話を続ける。

「オレは庶民のための音楽を、本音を云うと、身分のない貴族も庶民も一緒に楽しめる演奏をしたいなと思うんだ。だけど、現実にはありえないでしょ。貴族たちと平民が同じ場所に集うなんて。だったらオレは庶民側に立ちたい。開かれた音楽をやりたいんだ」

「きみは・・・・・・なんて難しいことを考えて・・・・・・」

「さっき、演奏し終わったときに聴いてくれた人たちの顔を見て思ったんだよ。庶民だって音楽を求めてたんだって。オレはこの人たちが喜んでくれる演奏をしたいって」

「だけど、お金を払って聴く余裕はないと思うんだが」
 ピエールの顔から戸惑いが消えない。

「そうだね」

「だったら、貴族から支援を受けながら、それを庶民に還元という形を取るほうが生活が安定するだろう」

「それを貴族が許してくれる? 自分たちのものだけにするでしょう。サロンで演奏する音楽を、道端で聴かせるのかって」

「あぁ、それは・・・・・・」

「だから支援は受けられない」

「しかし、君ほどの腕を手放すのはもったいない」

 ピエールが嘆くように云う。

「そこまで買ってくれてるなんて、嬉しいよ。だけどさ、音楽って貴族だけのものじゃないでしょ」

「理屈はわかるんだ。音楽は特定の誰かだけのものじゃない。身分で聴くものじゃないのはわかる。だけど、実際君はそれでイレーネさんを養っていけるのかい?」

「難しいのはわかってるよ。でも収入の安定だけが全てじゃないでしょ」

「私は、仕事を続けるわ。だけどディーノと、もう離れたくないの」

 黙って聞いていたイレーネが口を挟んだ。その熱い口調にディーノの胸も熱くなる。

 ピエールはディーノとイレーネにじっと視線を向けてくる。ややあって、

「わかったよ」
 仕方ないという風に頷いた。
「だけど交渉次第でどうにかできるかもしれない。理解のある貴族だっていらっしゃるかもしれない。僕に任せてくれないか?」

「こんな勝手なことを云う音楽家を支援する貴族なんていないよ」

「しかし、君をこのまま放っておくのは、先生に顔向けができない。僕にも、先生に報告できる生き方をさせてくれよ」

「ずるいや。師匠を持ち出されたら、否とは云えないよ」

「約束はできないけど、君たちが生活の基盤を整えられるように、できる限りのことはするから」

「ありがとう。ピエールさん」

 ピエールがなぜここまで必死になってくれるのかわからないけれど、ディーノはその申し出をありがたく受けることにした。どういう結果になっても気にしない。自分の手で切り開く決断をしたから。
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