【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

文字の大きさ
上 下
147 / 157
第三部 最終話

48 事故の後

しおりを挟む
 もともと食の細かったディーノは、今回のことでさらに細くなった。噛み締めるようにゆっくりゆっくり食事をし、ほとんどの時間、料理がみんなの胃に収まっていくのを眺めていた。

 ロマーリオの食べっぷりは見事なもので、彼の前にある料理は片っ端から消えていった。

 テーブルの上も片付けられ、代わりに飲み物が並ぶ。

 食事の間にディーノは考えていた。
 自分が殻に閉じこもってしまった訳。それを話せるかどうか。
 気持ちの整理がついたのかどうか自分でもわからなくて、迷う気持ちもあった。

 けれど、ピエールもいてくれるし、話しにくいところはピエールに継いでもらえれば、乗り切れそうな気もした。
 ピエールの存在がとてもたのもしかった。

「師匠は、とても素晴らしい人なんだ。リュートの腕はもちろんだけど、いつもオレたちを温かく包んでくれてた。よく食べる人でさ、オレが残したものを気にせず食べてくれた。最近じゃ当たり前になってたけど、最初はすごくびっくりして、だけど嬉しかったんだ。こんな人がいるんだって。
 馬車の旅は過酷だったし、貴族にも嫌な人がいて、つらいこともあったけど、オレは師匠たちと一緒にいられて、八年間、楽しかった」

 ピエールに目を向けると、彼は頷いて微笑んでくれた。

「少し前、って云ってももう三ヶ月ぐらい前になるのかな。オーストンから帰る途中で、師匠に聞かれたんだ。どういう音楽家になりたいのかって。どういう方法で収入を得たいのかって。オレ答えられなくて。どういう演奏をしたいのかってことなら答えられたんだけど、仕事となるとわからなくて。それに四人で一緒にいられなくなるのかなって思うと寂しくなって。返事は保留にしてあったんだ。
 そんな時、馬車が事故にあった。崖下に転落して、オレは右足に木片が刺さって怪我をした。師匠は馬車から投げ出されてた。頭から血が溢れ出て、地面にどんどん染みこんでいくんだ。どうしたらいいのかわからなくて、とにかく血を止めようとして手で押さえた。だけど止まらなくて、着ていた服を脱いで必死で押さえた。それでも血が溢れてくるんだ・・・・・・」

 事故のことを思い出して、胸が苦しくなった。師匠に申し訳なくて、どうしてオレじゃなかったんだと自分を責めた日もあった。思い返すとつらくなり、ディーノは話せなくなった。

「続きは僕が話します。ディーノ、つらかったら外に行くかい?」

 ピエールの優しい言葉に、しかしディーノは首を横に振った。

「それじゃ、続けるね。僕と御者のマウロは軽い怪我ですんだので、先生の出血を抑えようとしましたが、傷は一箇所だけではありませんでした。しかし息はあったので、近くの街に連れて行こうと、出血を抑えながら崖の上を通る馬車を捕まえました。高さは背の高い人二人分といったぐらいの、低い崖でしたが、それでも人を崖上にひっぱり上げるのは簡単にはいかず、焦る心を抑えながら引き上げてもらいました。重症の先生とディーノを先に運んでもらい、我々が後からきた馬車に引き上げてもらって同じ街に着いたときには、ディーノは高熱を出して意識を失っていて、先生は馬車の中ですでに息を引き取っていました」

「えっ!?」

 イレーネが小さく驚きの声を上げた。

 ディーノはつらくて顔を上げられなかった。隣のイレーネが手を繋いでくれた。その手をぎゅっと握り返す。

「公爵や、先生の地元に連絡を取り、先生の故郷で葬儀を行うことになったので、大急ぎでご遺体を運びました。葬儀が行われたのは五日後でした。ディーノは事故から四日後に目を覚ましたそうですが、高熱でぼんやりとしていたそうです。そんな状態のディーノを葬儀に連れて行くわけにはいかず、僕だけが参列しました。
 ディーノの熱が下がり始めて一安心できたのは、目を覚ましてから三日後。僕は事後処理のため不在だったのですが、マウロがずっとついていてくれました」

「すまないけどね、馬車が転落した原因はわかっているのかい?」

 話の腰を折ったのはロゼッタだった。

「雨でぬかるみに足を取られた馬が転倒しかけたそうです。山道で曲がっている場所を走っていたので、籠が傾いて――最悪の事態となってしまいました」

「そうかい。雨道は気をつけないといけないね」
 
 ぼそっとロゼッタが呟いた。

「マウロは自分のせいだとかなり落ち込みまして、ディーノの看病を買って出てくれたんです。熱が下がってからもディーノはよくうなされていたそうです。先生とディーノの仕事をすべてキャンセルしなければならなくなったので、僕はその時のディーノにはついていてやることができませんでした。マウロもつらかっただろうと思います。
 ディーノに先生の死を伝えたのは、事故から二十日ほどが経過していたと思います。右足の傷がかなり深かったので、寝台から動かせなかったのですが、身体を起こすことはできるようになっていました。告げてしばらくの間は静かなものでした。考え込んでいる様子ではありましたが、大きく取り乱すこともなく。我々はゆっくり受け入れようとしているのだと思いました」

「師匠のことを考えてたんだ」
 ディーノが口を挟んだ。
「師匠はオレの将来を考えてくれていたのに返事ができなかった。最期のとき一緒にいたのに、別れの挨拶をすることもできなかった。見送りもできなかった。後悔ばかりで何もきなくて、どうすれば良かったんだろう、何を言えば良かったんだろうって。ずっとずっと考えてた。だけどわかんなくて。イレーネに看病してもらってる間もずっと考えてたと思うんだ」

「それは・・・・・・ディーノがこれからをどう生きるかで、答えが出るんじゃないかな」

 リノがぽつりと呟いた。

「オレがどう生きるか・・・・・・」

「例えば、自棄になってリュートも止めて、酒におぼれて身体を壊して。そんな生き方だってありだとは思うんだ。本人がそれでいいなら。だけど、ロドヴィーゴさんに報告できる?」

 ディーノは想像して首を横に振った。師匠はいつでも優しく包み込んでくれたけど、さすがに怒られるだろう。

「なら、報告できるような生き方をすればいいんだよ。そうすればきっと答えは出るから」

 リノの云うことは、わかったようなわからないような、まだディーノの中で曖昧だったけれど、心が少し軽くなった気がした。
 ディーノはリノに力強く頷いて見せた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった

今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。 しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。 それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。 一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。 しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。 加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。 レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

殿下はご存じないのでしょうか?

7
恋愛
「お前との婚約を破棄する!」 学園の卒業パーティーに、突如婚約破棄を言い渡されてしまった公爵令嬢、イディア・ディエンバラ。 婚約破棄の理由を聞くと、他に愛する女性ができたという。 その女性がどなたか尋ねると、第二殿下はある女性に愛の告白をする。 殿下はご存じないのでしょうか? その方は――。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

処理中です...