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第三部 最終話
48 事故の後
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もともと食の細かったディーノは、今回のことでさらに細くなった。噛み締めるようにゆっくりゆっくり食事をし、ほとんどの時間、料理がみんなの胃に収まっていくのを眺めていた。
ロマーリオの食べっぷりは見事なもので、彼の前にある料理は片っ端から消えていった。
テーブルの上も片付けられ、代わりに飲み物が並ぶ。
食事の間にディーノは考えていた。自分が殻に閉じこもってしまった訳。それを話せるかどうか。気持ちの整理がついたのかどうか自分でもわからなくて、迷う気持ちもあった。
けれど、ピエールもいてくれるし、話しにくいところはピエールに継いでもらえれば、乗り切れそうな気もした。ピエールの存在がとてもたのもしかった。
「あのさ、師匠は、とても素晴らしい人なんだ。リュートの腕はもちろんだけど、いつもオレたちを温かく包んでくれてた。よく食べる人でさ、オレが残したものを気にせず食べてくれた。最近じゃ当たり前になってたけど、最初はすごくびっくりして、だけど嬉しかったんだ。こんな人がいるんだって。
馬車の旅は過酷だったし、貴族にも嫌な人がいて、つらいこともあったけど、オレは師匠たちと一緒にいられて、八年間、楽しかった」
ピエールに目を向けると、彼は頷いて微笑んでくれた。
「少し前、って云ってももう三ヶ月ぐらい前になるのかな。オーストンから帰る途中で、師匠に聞かれたんだ。どういう音楽家になりたいのかって。どういう方法で収入を得たいのかって。オレ答えられなくて。どういう演奏をしたいのかってことなら答えられたんだけど、仕事となるとわからなくて。それに四人で一緒にいられなくなるのかなって思うと寂しくなって。返事は保留にしてあったんだ。
そんな時、馬車が事故にあった。崖下に転落して、オレは右足に木片が刺さって怪我をした。師匠は馬車から投げ出されてた。頭から血が溢れ出て、地面にどんどん染みこんでいくんだ。どうしたらいいのかわからなくて、とにかく血を止めようとして手で押さえた。だけど止まらなくて、着ていた服を脱いで必死で押さえた。それでも血が溢れてくるんだ・・・・・・」
事故のことを思い出して、胸が苦しくなった。師匠に申し訳なくて、どうしてオレじゃなかったんだと自分を責めた日もあった。思い返すとつらくなり、ディーノは話せなくなった。
「続きは僕が話します。ディーノつらかったら外に行くかい?」
ピエールの優しい言葉に、しかしディーノは首を横に振った。
「それじゃ、続けるね。僕と御者のマウロは軽い怪我ですんだので、先生の出血を抑えようとしましたが、傷は一箇所だけではありませんでした。しかし息はあったので、近くの街に連れて行こうと、出血を抑えながら崖の上を通る馬車を捕まえました。高さは背の高い人二人分といったぐらいの、低い崖でしたが、それでも人を崖上にひっぱり上げるのは簡単にはいかず、焦る心を抑えながら引き上げてもらいました。重症の先生とディーノを先に運んでもらい、我々が後からきた馬車に引き上げてもらって同じ街に着いたときには、ディーノは高熱を出して意識を失っていて、先生は馬車の中ですでに息を引き取っていました」
「えっ!?」
イレーネが小さく驚きの声を上げた。
ディーノはつらくて顔を上げられなかった。隣のイレーネが手を繋いでくれた。その手をぎゅっと握り返す。
「公爵様や、先生の地元に連絡を取り、先生の故郷で葬儀を行うことになったので、大急ぎでご遺体を運びました。葬儀が行われたのは五日後でした。ディーノは事故から四日後に目を覚ましたそうですが、高熱でぼんやりとしていたそうです。そんな状態のディーノを葬儀に連れて行くわけにはいかず、我々だけが参列しました。
ディーノの熱が下がり始めて一安心できたのは、目を覚ましてから三日後。僕は事後処理のため不在だったのですが、マウロがずっとついていてくれました」
「すまないけどね、馬車が転落した原因はわかっているのかい?」
話の腰を折ったのはロゼッタだった。
「雨でぬかるみに足を取られた馬が転倒しかけたそうです。山道で曲がっている場所を走っていたので、籠が傾いて――最悪の事態となってしまいました」
「そうかい。雨道は気をつけないといけないね」
ぼそっとロゼッタが呟いた。
「マウロは自分のせいだとかなり落ち込みまして、それで、ディーノの看病を買って出てくれたんです。熱が下がってからもディーノはよくうなされていたそうです。先生とディーノの仕事をすべてキャンセルしなければならなくなったので、僕はその時のディーノにはついていてやることができませんでした。マウロもつらかっただろうと思います。
ディーノに先生の死を伝えたのは、事故から二十日ほどが経過していたと思います。右足の傷がかなり深かったので、寝台から動かせなかったのですが、身体を起こすことはできるようになっていました。告げてしばらくの間は静かなものでした。考え込んでいる様子ではありましたが、大きく取り乱すこともなく。我々はゆっくり受け入れようとしているのだと思いました」
「師匠のことを考えてたんだ」ディーノが口を挟んだ。「師匠はオレの将来を考えてくれていたのに返事ができなかった。最期のとき一緒にいたのに、別れの挨拶をすることもできなかった。見送りもできなかった。後悔ばかりで何もきなくて、どうすれば良かったんだろう、何を言えば良かったんだろうって。ずっとずっと考えてた。だけどわかんなくて。イレーネに看病してもらってる間もずっと考えてたと思うんだ」
「それは・・・・・・ディーノがこれからをどう生きるかで、答えが出るんじゃないかな」
リノがぽつりと呟いた。
「オレがどう生きるか・・・・・・」
「例えば、自棄になってリュートも止めて、酒におぼれて身体を壊して。そんな生き方だってありだとは思うんだ。本人がそれでいいなら。だけど、ロドヴィーゴさんに報告できる?」
ディーノは想像して首を横に振った。師匠はいつでも優しく包み込んでくれたけど、さすがに怒られるだろう。
「なら、報告できるような生き方をすればいいんだよ。そうすればきっと答えは出るから」
リノの云うことは、わかったようなわからないような、まだディーノの中で曖昧だったけれど、心が少し軽くなった気がした。ディーノはリノに力強く頷いて見せた。
ロマーリオの食べっぷりは見事なもので、彼の前にある料理は片っ端から消えていった。
テーブルの上も片付けられ、代わりに飲み物が並ぶ。
食事の間にディーノは考えていた。自分が殻に閉じこもってしまった訳。それを話せるかどうか。気持ちの整理がついたのかどうか自分でもわからなくて、迷う気持ちもあった。
けれど、ピエールもいてくれるし、話しにくいところはピエールに継いでもらえれば、乗り切れそうな気もした。ピエールの存在がとてもたのもしかった。
「あのさ、師匠は、とても素晴らしい人なんだ。リュートの腕はもちろんだけど、いつもオレたちを温かく包んでくれてた。よく食べる人でさ、オレが残したものを気にせず食べてくれた。最近じゃ当たり前になってたけど、最初はすごくびっくりして、だけど嬉しかったんだ。こんな人がいるんだって。
馬車の旅は過酷だったし、貴族にも嫌な人がいて、つらいこともあったけど、オレは師匠たちと一緒にいられて、八年間、楽しかった」
ピエールに目を向けると、彼は頷いて微笑んでくれた。
「少し前、って云ってももう三ヶ月ぐらい前になるのかな。オーストンから帰る途中で、師匠に聞かれたんだ。どういう音楽家になりたいのかって。どういう方法で収入を得たいのかって。オレ答えられなくて。どういう演奏をしたいのかってことなら答えられたんだけど、仕事となるとわからなくて。それに四人で一緒にいられなくなるのかなって思うと寂しくなって。返事は保留にしてあったんだ。
そんな時、馬車が事故にあった。崖下に転落して、オレは右足に木片が刺さって怪我をした。師匠は馬車から投げ出されてた。頭から血が溢れ出て、地面にどんどん染みこんでいくんだ。どうしたらいいのかわからなくて、とにかく血を止めようとして手で押さえた。だけど止まらなくて、着ていた服を脱いで必死で押さえた。それでも血が溢れてくるんだ・・・・・・」
事故のことを思い出して、胸が苦しくなった。師匠に申し訳なくて、どうしてオレじゃなかったんだと自分を責めた日もあった。思い返すとつらくなり、ディーノは話せなくなった。
「続きは僕が話します。ディーノつらかったら外に行くかい?」
ピエールの優しい言葉に、しかしディーノは首を横に振った。
「それじゃ、続けるね。僕と御者のマウロは軽い怪我ですんだので、先生の出血を抑えようとしましたが、傷は一箇所だけではありませんでした。しかし息はあったので、近くの街に連れて行こうと、出血を抑えながら崖の上を通る馬車を捕まえました。高さは背の高い人二人分といったぐらいの、低い崖でしたが、それでも人を崖上にひっぱり上げるのは簡単にはいかず、焦る心を抑えながら引き上げてもらいました。重症の先生とディーノを先に運んでもらい、我々が後からきた馬車に引き上げてもらって同じ街に着いたときには、ディーノは高熱を出して意識を失っていて、先生は馬車の中ですでに息を引き取っていました」
「えっ!?」
イレーネが小さく驚きの声を上げた。
ディーノはつらくて顔を上げられなかった。隣のイレーネが手を繋いでくれた。その手をぎゅっと握り返す。
「公爵様や、先生の地元に連絡を取り、先生の故郷で葬儀を行うことになったので、大急ぎでご遺体を運びました。葬儀が行われたのは五日後でした。ディーノは事故から四日後に目を覚ましたそうですが、高熱でぼんやりとしていたそうです。そんな状態のディーノを葬儀に連れて行くわけにはいかず、我々だけが参列しました。
ディーノの熱が下がり始めて一安心できたのは、目を覚ましてから三日後。僕は事後処理のため不在だったのですが、マウロがずっとついていてくれました」
「すまないけどね、馬車が転落した原因はわかっているのかい?」
話の腰を折ったのはロゼッタだった。
「雨でぬかるみに足を取られた馬が転倒しかけたそうです。山道で曲がっている場所を走っていたので、籠が傾いて――最悪の事態となってしまいました」
「そうかい。雨道は気をつけないといけないね」
ぼそっとロゼッタが呟いた。
「マウロは自分のせいだとかなり落ち込みまして、それで、ディーノの看病を買って出てくれたんです。熱が下がってからもディーノはよくうなされていたそうです。先生とディーノの仕事をすべてキャンセルしなければならなくなったので、僕はその時のディーノにはついていてやることができませんでした。マウロもつらかっただろうと思います。
ディーノに先生の死を伝えたのは、事故から二十日ほどが経過していたと思います。右足の傷がかなり深かったので、寝台から動かせなかったのですが、身体を起こすことはできるようになっていました。告げてしばらくの間は静かなものでした。考え込んでいる様子ではありましたが、大きく取り乱すこともなく。我々はゆっくり受け入れようとしているのだと思いました」
「師匠のことを考えてたんだ」ディーノが口を挟んだ。「師匠はオレの将来を考えてくれていたのに返事ができなかった。最期のとき一緒にいたのに、別れの挨拶をすることもできなかった。見送りもできなかった。後悔ばかりで何もきなくて、どうすれば良かったんだろう、何を言えば良かったんだろうって。ずっとずっと考えてた。だけどわかんなくて。イレーネに看病してもらってる間もずっと考えてたと思うんだ」
「それは・・・・・・ディーノがこれからをどう生きるかで、答えが出るんじゃないかな」
リノがぽつりと呟いた。
「オレがどう生きるか・・・・・・」
「例えば、自棄になってリュートも止めて、酒におぼれて身体を壊して。そんな生き方だってありだとは思うんだ。本人がそれでいいなら。だけど、ロドヴィーゴさんに報告できる?」
ディーノは想像して首を横に振った。師匠はいつでも優しく包み込んでくれたけど、さすがに怒られるだろう。
「なら、報告できるような生き方をすればいいんだよ。そうすればきっと答えは出るから」
リノの云うことは、わかったようなわからないような、まだディーノの中で曖昧だったけれど、心が少し軽くなった気がした。ディーノはリノに力強く頷いて見せた。
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