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第三部 最終話
41 覚醒(ロマーリオ目線)
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周囲のどよめきと視線から、自身も予想していなかったタイミングで告白してしまったことに内心動揺した。
しまったと思ったが、表に出さないように意識した。
嘘ではないし、口に出してしまったものは取り返せない。ならば堂々としているほうがいい。
リカルドに身体を向けて、胸を張る。
「ナイトは下心があったみたいだぞ」
リカルドはにやにやしながら、イレーネに向けて言葉を放った。
隣にいるイレーネが見上げてくるのがわかった。その視線をあえて無視して、
「ディーノを連れてくる。帰る準備をして待っていろ」とリカルドに告げた。
「長くは待てないからな」
そう云ってくるリカルドを無視して、イレーネに小声で告げた。
「必ず正気にして戻ってくるから。あいつについていくなよ、絶対に」
イレーネがこくんと頷くのを確認してから踵を返し、リュートを抱えて全速力で走った。
イレーネの居候先の玄関を何度も叩いて扉を開けてもらい、驚く家人に目もくれず、イレーネの部屋に飛び込んだ。
前に来たときと同じように、ディーノは寝台に腰をかけ、ぼんやりしていた。
飛び込んできたロマーリオに驚く顔も見せない。
一見呑気そうにも見えるディーノの態度にイラつきながらもそれを押し隠し、ロマーリオはディーノの向かいに腰を下ろした。
「ディーノ。イレーネが好きでもない男に結婚を迫られてる。お前が来ないと収まらない。行ってリュートを弾いてくれ」
リュートを差し出した。あまり時間がない。リュートを見た途端に覚醒、ということにならないだろうかと期待していた。
ゆっくりと眸を動かし、ディーノの視線がリュートを捉えたように見えた。
さあ来い。身構えたロマーリオの意に反して、ディーノの反応は思ってもいないものだった。
ゆっくりと瞼と口を見開いた後、表情が突然くしゃっとつぶれた。見たくないものを遮断するかのように、眉間に皺を寄せ、固く目を閉じる。その顔が見る見るうちに崩れた。眉尻を下げ、唇は歪み、ぽろぽろ涙を流し始める。
呆気にとられて、ロマーリオは言葉を失くした。
なぜ? どうして? あんなに好きだったリュートを見て泣くんだ、こいつは?
啜り泣きを始めたディーノが、「師匠・・・・・・師匠」と、まるで迷子の幼児が母親を探し求めるかのように、師匠と連呼している。
これはダメかもしれない。一瞬頭を過ぎる。
開けてはいけない抽斗を引いてしまったかもしれない。そう思いはしたが、後には引けなかった。
とにかく無理やりにでも連れて行くしかない。リュートは弾けないかもしれないけれど、ディーノ本人であることに間違いはないのだから。
「とにかく来てくれ、ディーノ」
しかしディーノはしくしく泣くばかりで、立とうとしなかった。
ロマーリオは息を飲み込んだ。冷静になろうと努めた。
無理だった。我慢ならなかった。
イレーネのピンチに、こいつは泣きべそをかいて、ぐずぐずと鼻を鳴らしている。俺はこんなやつにイレーネを託そうとしていたのか。もうダメだ。
ロマーリオはリュートを寝台に置き、膝を伸ばした。立ち上がりながら両手を伸ばし、ディーノの胸倉を掴んだ。そのまま引き上げる。
「お前しっかりしろよ。イレーネが俺たちの前からいなくなってもいいのか! 二度と会えなくなってもいいのか。俺は嫌だからな! お前が不在の間、イレーネは俺が守ると決めたんだ。そのお前が今動かないなら、俺はもうお前に遠慮しない。俺がイレーネをもらう。それでいいんだなっ!」
掴んだ胸倉をがくがくと揺さぶった。
されるがままに身体をゆさぶられていたディーノの手が、ロマーリオの手にかけられた。
ロマーリオは動かす手を止めた。胸倉から指を離す。
ディーノが皺のついたシャツの胸元に手を入れた。紐を引っ張り出し、するすると何かを引き上げる。そうして出てきた物をじっと見つめた。
人の形をした木の板か?
それが、ディーノとイレーネを繋ぐ大切な物であることを、ロマーリオは知らなかった。
見つめているディーノの眸に、やがて意志が灯り始めた。針で突いた小さな点のようなそれがだんだんと大きくなり、そして一気に爆ぜたように見えた。
燃え上がった炎は上下左右に広がり、脳に達し、心臓に達し、腕に達し、足に達した。血色のなかった顔色が、一瞬で朱に染まる。
「イレーネは渡さない! イレーネはオレのだ!」
突如、大声を上げた。ついさっきまで気の抜けていた者とは思えないほどの声量だった。
見つめていた木の板をぐっと握り締めている。
戻った。ディーノの心が戻ってきた。
彼女がこの言葉を聞いていたらどれほど喜ぶだろうか。ロマーリオはこの場にいないイレーネを思った。
「ディーノよく聴け。リカルドって男がイレーネの意思を無視して強引に結婚しようとしている。粘着質なタイプの男だ。諦めさせることができるのはお前のリュートだけだ。お前の演奏で、あいつの心をばっきばきに折ってやれ」
「端折られ過ぎてて経緯がよくわからないけど、イレーネのためなら何だってするさ。任せろ」
ディーノは寝台に置いてあるリュートを手に取った。
「これを使えと云うことだな」
「俺が作ったんだ。親方のリュートに比べたらまだまだだと思うけど」
ディーノは軽く爪弾く。そして頷いた。
「大丈夫。こいつも少し緊張しているようだけど、いい子だ。お前の気持ちも背負って弾くよ」
「ありがとう」
「行こう。イレーネがオレたちを待ってる」
二人は家を飛び出し、足をひきずるディーノに気がついたロマーリオが手を貸し、全速力で店を目指した。
しまったと思ったが、表に出さないように意識した。
嘘ではないし、口に出してしまったものは取り返せない。ならば堂々としているほうがいい。
リカルドに身体を向けて、胸を張る。
「ナイトは下心があったみたいだぞ」
リカルドはにやにやしながら、イレーネに向けて言葉を放った。
隣にいるイレーネが見上げてくるのがわかった。その視線をあえて無視して、
「ディーノを連れてくる。帰る準備をして待っていろ」とリカルドに告げた。
「長くは待てないからな」
そう云ってくるリカルドを無視して、イレーネに小声で告げた。
「必ず正気にして戻ってくるから。あいつについていくなよ、絶対に」
イレーネがこくんと頷くのを確認してから踵を返し、リュートを抱えて全速力で走った。
イレーネの居候先の玄関を何度も叩いて扉を開けてもらい、驚く家人に目もくれず、イレーネの部屋に飛び込んだ。
前に来たときと同じように、ディーノは寝台に腰をかけ、ぼんやりしていた。
飛び込んできたロマーリオに驚く顔も見せない。
一見呑気そうにも見えるディーノの態度にイラつきながらもそれを押し隠し、ロマーリオはディーノの向かいに腰を下ろした。
「ディーノ。イレーネが好きでもない男に結婚を迫られてる。お前が来ないと収まらない。行ってリュートを弾いてくれ」
リュートを差し出した。あまり時間がない。リュートを見た途端に覚醒、ということにならないだろうかと期待していた。
ゆっくりと眸を動かし、ディーノの視線がリュートを捉えたように見えた。
さあ来い。身構えたロマーリオの意に反して、ディーノの反応は思ってもいないものだった。
ゆっくりと瞼と口を見開いた後、表情が突然くしゃっとつぶれた。見たくないものを遮断するかのように、眉間に皺を寄せ、固く目を閉じる。その顔が見る見るうちに崩れた。眉尻を下げ、唇は歪み、ぽろぽろ涙を流し始める。
呆気にとられて、ロマーリオは言葉を失くした。
なぜ? どうして? あんなに好きだったリュートを見て泣くんだ、こいつは?
啜り泣きを始めたディーノが、「師匠・・・・・・師匠」と、まるで迷子の幼児が母親を探し求めるかのように、師匠と連呼している。
これはダメかもしれない。一瞬頭を過ぎる。
開けてはいけない抽斗を引いてしまったかもしれない。そう思いはしたが、後には引けなかった。
とにかく無理やりにでも連れて行くしかない。リュートは弾けないかもしれないけれど、ディーノ本人であることに間違いはないのだから。
「とにかく来てくれ、ディーノ」
しかしディーノはしくしく泣くばかりで、立とうとしなかった。
ロマーリオは息を飲み込んだ。冷静になろうと努めた。
無理だった。我慢ならなかった。
イレーネのピンチに、こいつは泣きべそをかいて、ぐずぐずと鼻を鳴らしている。俺はこんなやつにイレーネを託そうとしていたのか。もうダメだ。
ロマーリオはリュートを寝台に置き、膝を伸ばした。立ち上がりながら両手を伸ばし、ディーノの胸倉を掴んだ。そのまま引き上げる。
「お前しっかりしろよ。イレーネが俺たちの前からいなくなってもいいのか! 二度と会えなくなってもいいのか。俺は嫌だからな! お前が不在の間、イレーネは俺が守ると決めたんだ。そのお前が今動かないなら、俺はもうお前に遠慮しない。俺がイレーネをもらう。それでいいんだなっ!」
掴んだ胸倉をがくがくと揺さぶった。
されるがままに身体をゆさぶられていたディーノの手が、ロマーリオの手にかけられた。
ロマーリオは動かす手を止めた。胸倉から指を離す。
ディーノが皺のついたシャツの胸元に手を入れた。紐を引っ張り出し、するすると何かを引き上げる。そうして出てきた物をじっと見つめた。
人の形をした木の板か?
それが、ディーノとイレーネを繋ぐ大切な物であることを、ロマーリオは知らなかった。
見つめているディーノの眸に、やがて意志が灯り始めた。針で突いた小さな点のようなそれがだんだんと大きくなり、そして一気に爆ぜたように見えた。
燃え上がった炎は上下左右に広がり、脳に達し、心臓に達し、腕に達し、足に達した。血色のなかった顔色が、一瞬で朱に染まる。
「イレーネは渡さない! イレーネはオレのだ!」
突如、大声を上げた。ついさっきまで気の抜けていた者とは思えないほどの声量だった。
見つめていた木の板をぐっと握り締めている。
戻った。ディーノの心が戻ってきた。
彼女がこの言葉を聞いていたらどれほど喜ぶだろうか。ロマーリオはこの場にいないイレーネを思った。
「ディーノよく聴け。リカルドって男がイレーネの意思を無視して強引に結婚しようとしている。粘着質なタイプの男だ。諦めさせることができるのはお前のリュートだけだ。お前の演奏で、あいつの心をばっきばきに折ってやれ」
「端折られ過ぎてて経緯がよくわからないけど、イレーネのためなら何だってするさ。任せろ」
ディーノは寝台に置いてあるリュートを手に取った。
「これを使えと云うことだな」
「俺が作ったんだ。親方のリュートに比べたらまだまだだと思うけど」
ディーノは軽く爪弾く。そして頷いた。
「大丈夫。こいつも少し緊張しているようだけど、いい子だ。お前の気持ちも背負って弾くよ」
「ありがとう」
「行こう。イレーネがオレたちを待ってる」
二人は家を飛び出し、足をひきずるディーノに気がついたロマーリオが手を貸し、全速力で店を目指した。
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