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第三部 最終話
37 ディーノの様子(ロマーリオ目線)
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イレーネが仕事を終える時間よりも少し早めに着いたロマーリオは、いつものように「よおっ」とひょっこり顔を出した。
「あら。久しぶりね」
「ディーノ帰ってきたんだろう。家行ってもいいか?」
「ええ。大丈夫よ。もう少し待ってて」
「了解」
いつもと同じように振る舞えただろうか。心臓はけっこうどきどきしていた。
久しぶりのイレーネは、変わらず可愛い笑顔で、ディーノに託そうと決めたばかりなのに、もう気持ちが揺らぎそうだった。
好きなものは好き。この気持ちはそう簡単にどうにかできるものではなかったようだ。
しばらく待っていると、仕事を終えたイレーネが職人たちと一緒に出てきた。
「おまたせ」
「お疲れさん。お菓子もらったから、おすそわけ」
ロマーリオが紙袋を掲げて見せると、イレーネはふわっと微笑んだ。
「ありがとう。みんなに分けてもいい?」
「そのつもりで持ってきた」
「ありがとうね」
一緒の方向に歩き出す。
「この間のあいつ、大丈夫だった?」
「あいつ? ああ、リカルドさんね。大丈夫よ。諦めてくれたんじゃないかしら」
「やけにあっさりしてるな。粘着質なタイプに見えたけど」
「実は、私しばらく休ませてもらっていたの。復帰したのは少し前よ」
「え? どうして?」
「帰ってきたディーノの体調が良くなかったの。看病が必要だったから」
「ディーノが? なんかの病気か?」
「お医者さんは長旅の疲れが出たんだろうって。でももう大丈夫よ。昼間は起きていられるみたいだし、ご飯も食べてくれるようになったし」
「飯食えなかったのか」
「ほとんど寝てたから」
「それは大変だったな」
「必死で看病したわ。やっと帰ってきたのに、死なせるわけにはいかないもの」
「元気になって良かったな」
「ええ。本当に」
自分に向ける笑顔とは違う優しい笑みを見せられて、ロマーリオの胸はずきんと痛んだ。
イレーネの居候先に着き、部屋に上がらせてもらう。
「ディーノ、ただいま。調子はどう? お昼は食べられた? 今日はお客さんが来てくれたのよ。お菓子もらったから、一緒に食べましょうね」
イレーネの話しかけに答える声が聞こえない。
ロマーリオは少し心配になった。
もしかしてすでに死んでいるのにイレーネが現実逃避しているんじゃ。と一瞬考えてしまった。
ディーノは寝台で足を投げ出すようにして、壁に背をつけて座っていた。イレーネに向けた笑みをうっすらと浮かべていた。瞬きもしている。
良かった。生きていた。
ほっと胸を撫で下ろした。
イレーネがいくつかお菓子を抜き取り、残りを居候先の家族に渡すために部屋を出て行った。
「よお、ディーノ。久しぶりだな」
「・・・・・・」
視線はこちらを向いているのに、反応がない。ディーノの正面に腰を下ろした。
「ロマーリオだよ。覚えてないとか云うなよ」
笑いながら、冗談に聞こえるように云ったつもりなのに、ディーノはまだ何の反応もしてくれなかった。
おいおい。大丈夫なのか?
じっとディーノの顔を覗き込んでみたり、目の前で手を振ってみたりした。
少しみじろぎをするものの、これといった反応をしない。
現実逃避をしていたのはイレーネではなくて、ディーノだった。
イレーネが夕餉の盆を携えて戻ってきた。
「本当に大丈夫なのか?」
「なにが?」
イレーネが気づいていないはずないだろうに。ざわと惚けているのか、やっぱりイレーネも直視できないでいるんだろうか。
「喋らないし、反応もない」
「まだ本調子じゃないのよ。これでも落ち着いたほうなのよ。ディーノ、ロマーリオが来てくれたのよ。嬉しいわね」
驚いたことに、イレーネの言葉には反応して、こくんと頷いた。しかし、ぼんやりしている感じはなくならない。
「さあ、夕餉もたくさん頂きましょうね」
イレーネの接し方は、姉が子供に対するとそれと代わらなかった。けれど相手は大きな図体の立派な大人で、違和感しかなかった。
ふと部屋を見渡すと、リュートが見当たらない。毎日のように抱えていたリュートをディーノが手放しているなんて。
「イレーネ。リュートはどうしたの?」
「リュート? そういえば荷物にはなかったわ。ディーノも何も云わないから、気づかなかった」
「嘘だろ? ディーノがリュートに触れないなんて、おかしいじゃないか」
「今は身体を治すほうが先よ。元気になったらまた弾いてくれるわよ」
「リュートとこいつは一心同体なんだよ。リュートあってこそのディーノだろ!」
「ディーノはディーノよ! リュートがなくたって、ディーノに違いないじゃない! どうしてそんな風に云うの?」
語気を荒らげたロマーリオに負けじと、イレーネも強く云った後、悲しそうな顔をして「今日は帰って」ぽつりと呟いた。
「あら。久しぶりね」
「ディーノ帰ってきたんだろう。家行ってもいいか?」
「ええ。大丈夫よ。もう少し待ってて」
「了解」
いつもと同じように振る舞えただろうか。心臓はけっこうどきどきしていた。
久しぶりのイレーネは、変わらず可愛い笑顔で、ディーノに託そうと決めたばかりなのに、もう気持ちが揺らぎそうだった。
好きなものは好き。この気持ちはそう簡単にどうにかできるものではなかったようだ。
しばらく待っていると、仕事を終えたイレーネが職人たちと一緒に出てきた。
「おまたせ」
「お疲れさん。お菓子もらったから、おすそわけ」
ロマーリオが紙袋を掲げて見せると、イレーネはふわっと微笑んだ。
「ありがとう。みんなに分けてもいい?」
「そのつもりで持ってきた」
「ありがとうね」
一緒の方向に歩き出す。
「この間のあいつ、大丈夫だった?」
「あいつ? ああ、リカルドさんね。大丈夫よ。諦めてくれたんじゃないかしら」
「やけにあっさりしてるな。粘着質なタイプに見えたけど」
「実は、私しばらく休ませてもらっていたの。復帰したのは少し前よ」
「え? どうして?」
「帰ってきたディーノの体調が良くなかったの。看病が必要だったから」
「ディーノが? なんかの病気か?」
「お医者さんは長旅の疲れが出たんだろうって。でももう大丈夫よ。昼間は起きていられるみたいだし、ご飯も食べてくれるようになったし」
「飯食えなかったのか」
「ほとんど寝てたから」
「それは大変だったな」
「必死で看病したわ。やっと帰ってきたのに、死なせるわけにはいかないもの」
「元気になって良かったな」
「ええ。本当に」
自分に向ける笑顔とは違う優しい笑みを見せられて、ロマーリオの胸はずきんと痛んだ。
イレーネの居候先に着き、部屋に上がらせてもらう。
「ディーノ、ただいま。調子はどう? お昼は食べられた? 今日はお客さんが来てくれたのよ。お菓子もらったから、一緒に食べましょうね」
イレーネの話しかけに答える声が聞こえない。
ロマーリオは少し心配になった。
もしかしてすでに死んでいるのにイレーネが現実逃避しているんじゃ。と一瞬考えてしまった。
ディーノは寝台で足を投げ出すようにして、壁に背をつけて座っていた。イレーネに向けた笑みをうっすらと浮かべていた。瞬きもしている。
良かった。生きていた。
ほっと胸を撫で下ろした。
イレーネがいくつかお菓子を抜き取り、残りを居候先の家族に渡すために部屋を出て行った。
「よお、ディーノ。久しぶりだな」
「・・・・・・」
視線はこちらを向いているのに、反応がない。ディーノの正面に腰を下ろした。
「ロマーリオだよ。覚えてないとか云うなよ」
笑いながら、冗談に聞こえるように云ったつもりなのに、ディーノはまだ何の反応もしてくれなかった。
おいおい。大丈夫なのか?
じっとディーノの顔を覗き込んでみたり、目の前で手を振ってみたりした。
少しみじろぎをするものの、これといった反応をしない。
現実逃避をしていたのはイレーネではなくて、ディーノだった。
イレーネが夕餉の盆を携えて戻ってきた。
「本当に大丈夫なのか?」
「なにが?」
イレーネが気づいていないはずないだろうに。ざわと惚けているのか、やっぱりイレーネも直視できないでいるんだろうか。
「喋らないし、反応もない」
「まだ本調子じゃないのよ。これでも落ち着いたほうなのよ。ディーノ、ロマーリオが来てくれたのよ。嬉しいわね」
驚いたことに、イレーネの言葉には反応して、こくんと頷いた。しかし、ぼんやりしている感じはなくならない。
「さあ、夕餉もたくさん頂きましょうね」
イレーネの接し方は、姉が子供に対するとそれと代わらなかった。けれど相手は大きな図体の立派な大人で、違和感しかなかった。
ふと部屋を見渡すと、リュートが見当たらない。毎日のように抱えていたリュートをディーノが手放しているなんて。
「イレーネ。リュートはどうしたの?」
「リュート? そういえば荷物にはなかったわ。ディーノも何も云わないから、気づかなかった」
「嘘だろ? ディーノがリュートに触れないなんて、おかしいじゃないか」
「今は身体を治すほうが先よ。元気になったらまた弾いてくれるわよ」
「リュートとこいつは一心同体なんだよ。リュートあってこそのディーノだろ!」
「ディーノはディーノよ! リュートがなくたって、ディーノに違いないじゃない! どうしてそんな風に云うの?」
語気を荒らげたロマーリオに負けじと、イレーネも強く云った後、悲しそうな顔をして「今日は帰って」ぽつりと呟いた。
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